八話 行商人と辺境都市グラール
「いやぁ、偶然冒険者殿たちが通りかかって助かりましたよ」
ガタガタと揺れる馬車の御者台に座る茶髪と笑顔が特徴の若旦那の言葉にアルレルトは気前よく頷いた。
「整備された街道で魔獣に襲われるとは災難でしたね」
「本当ですよ!、貴方たちがいなければ死んでいたところでした、感謝してもしきれません」
しきりに頭を下げる若旦那は見ての通り、街と街を渡り歩く行商人で偶然魔獣に襲われているところにアルレルトとイデアの二人が出くわしたのだ。
「国が管理する街道とはいえ護衛もなしに移動するのは自殺行為よ、どうして街で護衛を雇わなかったのかしら?」
「あはは、雇いたかったのはやまやまなのですが商いに失敗しまして、懐が寂しく…」
「積んでるのは
「はい、とんだ粗悪品を掴まされました」
肩を落とす行商人ジーノの未来はどうやら明るくないようだ。
「安心しなさい、辺境都市グラールではポーションは必需品よ。粗悪品でも冒険者ギルドなら相場より安くても買ってくれるわ」
「その言葉を聞いて少しは安心しました、ところでお二人はグラールに何をしに?」
「俺が冒険者になる為にギルドに行くのだそうです」
「え!?、アルレルト殿は冒険者ではないのですか!?」
「彼は特殊なケースよ、本来なら
驚くジーノにイデアは簡潔に説明したがジーノは妙に納得した。
「戦いの素人である僕には分かりませんが魔術師殿が言うのならばそうなのでしょうね」
そこで会話を打ち切りジーノは手網を取るのに集中した。
「ジーノさんは面白い人ですね、イデアはどう思いますか?」
「商人としては及第点ね、でも一人の人間としては今のところ好感を持ってるわ。それよりアルが見知らぬ人を助けるとは思わなかったわ」
「勝手な行動だったことは謝罪します」
「勘違いしないで謝って欲しかったわけじゃないわ、ただ驚いただけよ」
「何となく彼を助けろとそんな風が吹いたのです」
アルレルトは時折風が吹いたといって行動することがあった、
イデアはアルレルト独特の感性だろうと理解しているが、もしかしたらもっと別の何かなのかもしれない。
「風ね、アルレルトが感じてるものを私には分からないけど仲間なんだから次からは相談はして欲しいわ」
そっぽを向いて呟いたイデアにアルレルトは目を丸くして、次いで真剣な表情で頷いた。
「独断専行はしません、必ずイデアに相談します」
「約束してくれるなら…何も言わないわ」
「お二人は仲が良いんですね」
「うるさいわよ!、手網を取ることに集中しなさい!」
ジーノのヤジに頬を赤くしたイデアは噛みついた。
「それがですね…「死にたくなけりゃとっとと馬車から降りやがれ!」」
ジーノの言葉を遮って外から胴間声が響いてきた。
「行く手を遮るように六人の男が立ち塞がってます」
「はぁ、野盗ね。貴方はほとほと運が悪いわね」
「た、助けて下さい!、僕はまだ死にたくありません!」
泣き顔で擦り寄ってくるジーノを無視して、イデアは御者台に立った。
突然現れた絶世の美少女に野盗たちは色めきたち、下衆な視線を向けてきたがイデアは辛うじて堪えて口を開いた。
「この馬車が積んでるのは生憎粗悪なポーションと哀れな商人だけよ、命を賭けるほどの価値はないわ、そこを通してくれないかしら?」
「はは、そんな作り話信じる奴がいると思うか!、死にたくなけりゃさっさと降りやがれ!!」
「馬鹿につける薬はないわね」
一つの諦観と共に杖を抜いたイデアは野盗の一人を炎熱で吹き飛ばした。
「警告はしたわ、素直に従わなかった自分たちを恨みなさい」
次々と無慈悲に野盗を燃やすイデアに怯えた様子の野盗のリーダーだったが、その表情は完全には絶望していなかった。
「それと後ろに回した仲間のことは諦めなさい、もう死んでるわ」
「イデア、全員片付けましたよ」
馬車の影から鮮血に濡れた剣を持ったアルレルトが現れると、野盗のリーダーは絶望して即座に逃げ出した。
その背を電撃が貫き、野盗のリーダーは一瞬で息絶えた。
「ふん、無駄な時間を食ったわ。ジーノ、馬車を走らせて」
「あの数の野盗をほとんど一瞬で…僕はもしやすごい冒険者たちと出会ったのでは?」
「ジーノさん、血に惹かれて魔獣がやってくる前に移動しましょう」
優しく丁寧に告げるアルレルトにジーノはどこか安らぎを感じるのだった。
◆◆◆◆
「お二人共!、グラールが見えてきましたよ!」
野盗を退けてから暫く経って御者台に立つジーノが馬車の中にいる二人に声をかけた。
「あれが街ですか、大きいですね」
「グラールはアルテイル王国の辺境地域最大の街だから多くの人が集まるわ」
「どんな所か楽しみです」
アルレルトは初めて訪れる街というものにどのような場所なのか、期待して内心心踊っていた。
「すごい人の数です、どこを見ても人だらけです」
街の正門でジーノと別れると目に飛び込んできた大通りの人の数にアルレルトは視線を右往左往させた。
「アル、見物は後にしてちょうだい。先に用事を済ませましょう」
唯一アルレルトが助かったのはこれだけ多くの人混みの中でもイデアという美しい少女が埋もれなかったことだった。
「冒険者登録でしたか?」
「そうよ、これから何をするにしても冒険者ギルドに所属するに越したことはないわ」
「ーーー何やら色んな視線を感じますが…」
「悪意ある視線にだけ注意するだけでいいわ、人混みに紛れたスリにも注意してね」
イデアの言う通り、深呼吸をしたアルレルトは悪意ある視線以外、意識の外に追い出そうとした。
「これはなかなか面白いに鍛練になりそう…」
「何やってるのか知らないけど、早く行くわよ」
イデアはアルレルトの手を引っ張って、無理やりギルドの建物に連行した。
無論アルレルトが逆らわなかったからこそ出来る芸当であったが。
「「「ーーーー」」」
冒険者ギルドの建物に入ると外と同じで様々な視線たちがイデアたちを歓迎した。
視線の種類を分離することに集中していたアルレルトはイデアを見る視線に剣呑なものが含まれていることに気付いた。
「イデアはあまり歓迎されていないようですね」
「いいのよ、朝から酒場で飲んだくれている冒険者にどう思われていようと興味無いわ」
心底どうでもいいと言ったイデアに冒険者たちは立ち上がりかけたが、実力差は理解しているのか荒々しくジョッキを机に叩きつけるだけに留めた。
「イデアー、一ヶ月振りに帰ってきた途端にギルドの空気を悪くしないで欲しいんですけど」
「私の知ったことじゃないわよ、それより彼の冒険者登録をお願い」
受付嬢の抗議を軽く流したイデアは後ろに立つアルレルトを指さした。
「へぇー、イデアが男を連れてくるなんて珍しいこともあるのねー」
「無駄口叩く暇があったら仕事をして欲しいのだけど?」
青筋を立てて怒るイデアの姿も美しいが、恐ろしいことには変わりなく受付嬢は慌てて棚から羊皮紙を取り出した。
「この羊皮紙に必要事項を記入してください、アルテイル文字は書けますか?、必要ならば代行致しますよ」
「いいえ、読み書きは習いませんでしたので代行を…俺の顔に何か?」
目を丸くしてじっと見詰めてくる受付嬢にアルレルトが首を傾げて、聞くと受付嬢は素早くイデアに小声で話し掛けた。
「イデアー、どこでこんな冒険者離れした剣士を連れてきたのよ」
「あー、もううるさいわね!、仕事をしなさいよ、仕事を!」
僅かに頬を赤くして叫ぶイデアにアルレルトはますます首を傾げるのだった。
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