六話 師匠と強奪の魔人
泉に潜んでいた
「純粋な疑問なのですが魔術師のイデアがずっとこちらに滞在しても良いのですか?」
「うーん、魔術師にも色々あってね。私は冒険者ギルドに所属する魔術師だから何をしようと私の自由よ」
近隣の村へ繋がる一本道を戻りながらふと思った疑問にイデアは堂々と答えた。
「森の調査に協力してくれるのはありがたいですがそこまで俺に固執することはないのでは?」
「最初に言ったはずよ、私はアルレルトを諦めないってね」
ここ一ヶ月間アルレルトは同じようなことを言い続けてきたが、イデアは答えはいつも一緒だった。
「森の調査はどこまで進んだの?」
「あの森は奥は魔獣が住めないほど木々が生い茂っているので昨日であらかたの調査は終わりました。消去法で元凶がいる場所を見つけたので今日はそこに行きます」
「その元凶を討伐したら一件落着ね、絶対に討伐するわよ!」
意気込むイデアをよそにアルレルトはこれからどうするか、悩んでいた。
(イデアは間違いなく善人だ、明るく元気で優しい、村人たちとすぐに仲良くなっていたのもその人柄があったから。森の調査に協力してくれたのも善意だ、そこに下心はない。不思議な女です)
アルレルトは知り合いが少ないとはいえ、イデアという人間を正確に分析していた。
(ここまで協力してくれたイデアに何も報いないのは不誠実ではないのでは?)
丁寧で真面目な性格なアルレルトがそんな思考にたどり着くのは最早必然であった。
そして今や家に残りたいという気持ちとせめぎ合うほどに大きくなっていた。
「アルレルトって本当に優しい人よね」
「……突然何ですか?」
「村の人達にアルレルトが全滅させた盗賊団の話を聞いたのよ、そうしたら自分たちが盗賊団に困ってるって話をしただけで盗賊団を全滅させたそうじゃない」
「自分の実力が知りたかったので、それに俺は村の方々にお世話になっています」
「それも聞いたわ、お師匠様と赤ん坊の頃にやって来たらしいわね」
「……随分と仲良くなったようですね、師匠と村の方々のお陰で俺は今ここにいるのようなものです」
白桜の下で何度も見た哀愁が漂うアルレルトの表情にイデアは一歩踏み込んでみた。
「アルレルトの師匠ってどんな人だったの?」
「ーーー」
その一言でアルレルトは歩みを止めてしまったがイデアはそんなアルレルトの答えをゆっくり待った。
「師匠は…そうですね…とても誇り高くて厳しい人でした」
師匠の姿を思い出しているのか、アルレルトの頬は緩んでいた。
「母親でもないのに俺を育て
「答えるのが辛いかもしれないけど、その師匠様は?」
「イデアも薄々勘づいてる通り白桜の墓の下です、若い頃に負った傷が原因でちょうど一年ほど前に亡くなりました」
アルレルトは悔しくて仕方がないとばかりに表情を歪め、拳を握り締めた。
「悔しいなんてものではありませんでした、己の無力を呪いましたし家からほとんど出ませんでした。イデアと出会ったのは久しぶりに村に行った日です」
「…私は自分が思ってたよりも幸運な女だったのね、話してくれてありがとう」
「自分の本音を誰かに言えたのは初めてです、感謝するのは俺の方ですよ」
二人の間に柔らかい空気が流れていると突然冷たい風が吹きつけてきた。
「この風は…!、不吉な冷たい風です。嫌な予感がします」
風が吹いたからなんだとイデアが言う前にアルレルトは走っていったので、イデアは慌てて追いかけた。
「あっ、やっと来たよ。帰ってくるのが遅いよ、人間のくせに僕を待たせるとは何様のつもりさ?」
「貴様こそ、人の家を破壊してよくそんな口がきけますね」
イデアの目に飛び込んできたのは徹底的に破壊されたアルレルトの家と荒れた庭に木々、さらに破壊された家の瓦礫の上に居座る一人の男だった。
イデアはその男の正体を感じた気配から戦慄と共に言い当てた。
「"
イデアは賢者フルルに弟子入りしていた頃、文献で読んだことがあった。
五百年前、人類との大戦争を引き起こし一時は人類を滅亡寸前まで追い込んだ人の言葉を話す魔獣"
「その感じは魔術師だね、正解!、僕の名前はキッドって言うんだ!、ご褒美に君の命を奪ってあげるよ」
「誰だろうと関係ありません、俺の家から離れろ!」
アルレルトの覇気の篭った叫びはビリビリと空間を震わせた。
抜刀と共に突っ込んだアルレルトは一瞬で距離を詰めた。
「速い動きだね、でも武器を取られた何も出来ないのね?」
「!?」
アルレルトはつい先程まで握っていた刀が消え、声が響いた瞬間振り向くと蹴りが飛んできた。
「わぁ、変な形の剣だ。
「貴方!、何が目的でこんなことをするの!」
吹き飛んだアルレルトを見て、黒杖と白杖を抜いたイデアは目の前の
「目的?、この森の魔獣を使って人間をたーくさん殺す為だよ。ウォード様が慎重にやれって言うから隠れてやったけどお前らが邪魔したから殺すね」
笑顔で殺すと言ってきた
「そんな小手先の魔術じゃ傷一つつけられないよ?」
魔力弾が全て
「"古の理よ・真を歪めて・疾く走れ・
二本の杖の先から翠緑の轟雷が放たれ、魔人ディアボロスを呑み込んだ。
「古代魔術か。面倒臭いね」
「杖が…!?、貴方の"権能”ね!」
「またまた正解、"
「人間は杖が無いと魔術が使えないだっけ?、不便だね、僕たちはこんな棒切れに頼らなくたって簡単に魔術が使えるのにさ!」
イデアの二本の杖を放り投げた魔人ディアボロスは上から踏みつけた。
「その足を退けなさい!、
「人間ごときが僕に命令するなよ、目障りだな。死んじゃえよ」
突如豹変した強奪の
「ぐはぁ!?」
「剣がないから戦えないと思いましたか?」
刀の鞘による横薙ぎを食らった
「うぐっ、お前はさっき蹴り殺した筈…!」
「死んだか確認しない方が悪いのです」
横薙ぎを払った衝撃で壊れた鞘を捨てると地面に落ちていた愛刀を拾った。
「何度斬りかかってきても同じだよ、また奪ってやる!」
「確かにその権能とやらは厄介ですが…同時に盗める数には限界があるのでは?」
アルレルトは致命的な問い掛けを放つと共に再び斬りかかった。
「だから何度やっても同じ…!?」
二方向からの同時攻撃は一ヶ月の間ずっと二人で戦ってきたからこそ、叶った咄嗟の連携攻撃だった。
強制的に二択を迫られた
しかしそんな魔人ディアボロスの考えは甘かった。
「なっ!?」
刀を振り下ろす姿勢だったアルレルトはそのまま腕を下ろして、
予想外過ぎるアルレルトの打撃とその威力に戸惑っている隙にイデアの古代魔術が命中した。
「アルレルトって剣が無くても戦えるのね」
「あらゆる状況を想定しろというのが師匠の口癖でした、それより怪我はありませんか?」
「殆ど無傷よ、アルレルトはどうなの?」
「俺も無傷です、蹴られた時に力を抜いて地面に流したので」
「さらっと言ってるけどそれってとんでもなくすごい技なんじゃ…」
アルレルトとイデアが軽口を叩きあっていると、何とか古代魔術を防いだ
「お前ら絶対に殺す!、四肢を引き裂いて魔獣共の餌にしてやる!!」
アルレルトから奪った刀を今度は捨てずに持ったままの状態で
「イデア、君が鍵です。チャンスは俺が作ります」
小声で伝えたアルレルトは真っ直ぐ
「突っ込んでくるなんてバカめ!、死んじゃえ」
「魔術障壁を張っている間は魔術は放てないのでしょう?」
イデアの古代魔術を警戒して魔術障壁を張った魔人ディアボロスは魔術は使えないが、それでもアルレルトを殺せる自信があった、しかしアルレルトの徒手空拳の実力は
地面を砕く
「脆い剣だなぁ!、ぐわぁ!?」
嘲笑う
折れた刀の半身を拾ったアルレルトは無表情でそれを構えた。
「折れた剣で何が…」
「
魔術障壁で古代魔術を防いだ
(自分より格上の魔術障壁を破るには斬撃のイメージで!)
「"古の理よ・天を裂く・亡びを吹け・
杖から放たれた赤い風が
「ぐぎゃあ!?、魔術師がぁ!、許さな…」
「終わりです、"神風流
折れた半身の刀でありながら怒涛の連撃を食らわせたアルレルトは血潮を浴びながらも止まらなかった。
「アルレルト、もうやめて!」
ほとんど
「止めなさい!、アル!」
「!!!」
村で聞いたアルレルトの愛称を咄嗟に叫ぶとアルレルトは動きを止めた。
「家を壊された恨みは分かるわ、師匠との思い出を壊されたんだもの。でもそれ以上貴方の剣を穢さないで」
「………すみません。取り乱しました」
謝罪と共に全身血みどろのアルレルトは半身の刀を下ろすのだった。
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