第2話

 私はあらためてモンスターの群れと向かい合う。

 中層にしては、随分と数が多い。



(というか下層のモンスターが混じってる?)

(まさか、イレギュラーモンスター!)


 通常、ダンジョンは階層ごとに出没するモンスターが決まっており、潜れば潜るほど強力になっていくと言われている。

 イレギュラーモンスターとは、1つ上の階層に迷い込むモンスターのことだ。



「ふっふっふ。もっと連れてきても良いよ?」


 下層のモンスターぐらいなら、さしたる問題はない。

 数が多いのは、むしろ好都合だ。



 ドガッ バキッ ドゴンッ! 

 私は、素手でモンスターを殴り飛ばしていく。

 次々とモンスターたちが壁に叩きつけられ、それだけで耐えられずに肉片へと姿を変えていく。



「あっはっはっはっはっは!」


 この瞬間がたまらないのだ。

 モンスターをたこ殴りにしている間は、どんな嫌なことだって忘れられる。

 私は高笑いしながら、モンスターを物言わぬ屍に変えていく。



「い、いったい何者!? って、後ろ――危ないっ!」

「大丈夫」


 たまたま居合わせた探索者さんは良い人だ。

 心配するような声に応えて、私は狼型モンスターの突進をくるっと回って回避。

 その勢いを殺さぬまま、拳を浴びせてやる。


 それだけで狼型モンスターは体内からポンッと弾け飛び、ぴくりとも動かなくなった。


「あ、あなたはいったい――」


 愕然とした様子のダンジョン探索者さん。

 そんな彼女をよそに、私はイレギュラーモンスターに向き直る。


「これで残るはあなただけ」


 見た目は、恐竜のような姿。 

 もっとも私は、その見た目がただのコケ脅しであると知っている。

 こいつについて、詳しく語る必要があるとすれば……、


「どこにも食用部位がないのよね、あなた」


 そう、どう頑張っても食えないのである。


 身体を覆う鱗は、どう調理しても食せないほどに硬い。

 その鱗を剥いでみても、肉は腐り落ちたゾンビのような味がする。

 数多のゲテモノ料理を食べてきた私であるが、その刺激的な味はどう調理をしても食べられる気がしない。


 よって、見かけたときの対処は殲滅一択。



「ばかっ、本気で挑むつもりなの!? 相手は、下層のドラゴンゾンビ。私のことはもう良いから、早く逃げ――」


 後ろからそんな声が聞こえてきたが、

 

(逃げる? とんでもない)

(ここで辞めたら消化不良でどうにかなっちゃう!)



 私は、壁を蹴ってブレス攻撃を回避する。

 勢いそのままに宙を蹴り、天井付近まで飛び上がる。


 頼るのは鍛えあげたこの拳。

 狙うは弱点である細長い首元。

 あそこだけは鱗が薄く、攻撃が通りやすいのだ。



「滅ッ!」


 気功を込めた拳がドラゴンを撃ち抜く。



 ギエェェェェエエッ!


 それだけで禍々しい咆哮とともに、モンスターはあっさりと地に倒れ伏した。


 あまり長期戦になったら、後ろの探索者を巻き込んでしまう可能性があるからね。

 本当は丈夫な鱗をむちゃくちゃに殴りつけるのが気持ち良いのだが、私だって時と場合はわきまえている。



(ふう。暴れた暴れた!)


 スッキリした顔で、私は探索者を振り返る。



「あ、あなたはいったい――」

「お願い。このことは内緒にしておいてね」


 口止めも忘れない。


 これでも私は、癒し系配信者で売っているのだ(そこっ、売れてないとか言わない!)

 こんな姿が知られでもしたら、イメージダウン待ったなし。

 一夜の幻だと想って、そのまま忘れていただきたい。



「そんな!? どうか私の事務所でお礼を……!」

「事務所?」


(何だろう?)

(それより、家帰って次の配信ネタ考えないと……)


 首を傾げながら、私はいそいそとダンジョンを後にするのだった。




***


 助けられた少女――望月雪乃は、ただただ驚愕していた。

 そして何より圧倒されていた。


「なに、今の……」


 雪乃は、ダンチューバーとして活動している探索者だ。

 そのチャンネル登録者数は80万――この数字は、日本の女性ダンチューバーではトップクラスと言える。

 まさしく超大人気ダンチューバーの1人であった。


 彼女の配信スタイルは、ソロプレイを中心にしたダンジョン配信だ。


 雪乃は双剣使いとして、一流の探索者も認める実力を持っていた。

 ベテランの探索者も舌を巻くほどの精密な斬撃に、卓越した危機探知能力。

 初心者にも優しくアドバイスを欠かさず、おまけに実力を鼻にかけないカラッとした性格。

 一度でも彼女の配信を見た者は、またたく間にファンに姿を変える――それが望月雪乃という配信者であった。



「もしかして……、夢?」


 雪乃は、ぱちくりと目を瞬いた。


 イレギュラーモンスターに襲われて、少し前まで絶体絶命の危機だったのだ。

 実はもう命を落としているのではないか、なんていう馬鹿らしい考えすら頭をよぎる。

 それほどまでに現れたモンスターは、絶望そのものだったのだ。



 ドラゴンゾンビ――恐竜のような姿が特徴的な、イレギュラーモンスターだ。

 それは下層の中でも、1・2を争う危険なモンスターだと言われている。

 下層の冒険に乗り出したベテラン探索者が、何人もこのモンスターの犠牲になっているという。

 その危険度から、探索者組合からは「SS級」というランクが与えられているほどだ。


 雪乃1人では逆立ちしても勝てない相手。

 そんな存在を、1人の少女がボコボコにして去っていったのだ。

 ――拳で。



”ゆきのん、大丈夫だった!?”

"怪我はない!?"


 配信のコメントには、雪乃を気遣うような書き込み。


"何者なんだ、さっきの探索者は……"

"倒れてるの、本当にドラゴンゾンビだよな??"

"俺は夢でも見ていたのか!?"

"何にせよゆきのんが無事で本当に良かった!"


 あまりにも衝撃的な光景に、コメント欄の流れは早い。


「だよね、私も目で追えなかった!」


"ゆきのんですら!?"

"ダンジョンイーグルズの奴らじゃないか?"

"仮にそうだとしてもドラゴンゾンビをワンパンは無理だろ……"


 雪乃の周囲には、今も魔術で動く配信カメラが飛び回っていた。

 カメラは、レイナが暴れている一部始終を、しっかりと映し出していたのである。



"もう切り抜き上がってる"

"ヤバすぎてコラ疑われてて草"

"特定班はよ"


「あの……? あの人、あまり目立ちたくないみたいだから――」

 

 そう言う雪乃だったが、熱を持ったコメント欄に収まる様子はない。


 衝撃的な光景は、見事に視聴者の心を鷲掴みにしていたのだ。

 止める間もなく一瞬で拡散されつつあり、とても収拾がつかない。


 ――ごめん。

 雪乃は名も知らぬ少女に、内心でそう謝るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る