第22話 香水の店

 ある時、沙凪は彼女と買い物に出かけた。沙凪に合った化粧品を彼女に見立ててもらうためだ。彼女が化粧品を選んでいくのを、沙凪はぼんやりと聞いていた。アルバイト先に「仕事中は化粧をしろ」と言われてしまったからこうしているけど、本当は気が進まなかった。

 後ろ向きな気持ちを引きずりながら歩いていたら、棚にあった香水のビンをバッグで引っかけて落としてしまった。店の中央のテーブルに飾られていた金魚のガラス細工と目が合い、どきりとする。全部見ていたぞ。ガラスの目がそう言ったような気がした。

 ビンは割れてしまい、弁償するよう求められたが、到底、沙凪に買えるような金額ではなかった。謝罪してそれを伝えると、太った女性店主は激昂して沙凪を罵った。沙凪がまるで言い逃れをしているかのように責め立てる。店主が手を大げさに振ったり、こちらを指さしたりするたび、指にいくつもはめられた大きな石つきの指輪が、ぎらぎらと照明に反射した。

 そこに彼女が割りこんできた。事情を説明すると、彼女は他の客の目もはばからず、店主に食ってかかった。

「この子は素直に謝ってるじゃない。なのになんなのその態度? 言っていいことと悪いことがあるでしょ。あんたがどれだけ偉いか知らないけど、他人の人間性を否定する権利なんかどこにもないんだからね」

 大きな声で反論する彼女を頼もしく、また恐ろしくもあった。他の客たちの注目を集めてしまっているのがいたたまれず、沙凪は状況を黙って見ていることしかできなかった。

 最終的には、根負けした店主に沙凪への中傷を謝罪させると気が済んだらしく、彼女は割れた香水の代金を財布からぽんとだして、店をあとにした。

 彼女は今しがたまでの大騒ぎなどけろっと忘れて、次はどんな店に行こうか、ということを言いながら街を歩いていく。本当なら沙凪ひとりの問題なのに、気づけば彼女の独壇場どくだんじょうになり、今ではこんなに清々しい顔をしている。

 沙凪はそうした彼女の強さや奔放ほんぽうさに憧れるのと同時に、少しうとましさを感じるようになっていた。

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