バックシャン

[短編] [ミディアム] [ファンタジー度☆☆☆]




「地元に帰っても、別に誰とも会えねンだわ」

 盆、暮れ、正月。ちょうどその時期に俺の仕事のヤマが来る。そうしてすでに何年にもなる。だからもう、慣れたものだ。

「仕方がねンだ」

 あの街の中では絶対に使わない口調で俺はひとりつぶやいて、ビールを一口すすった。


 地元の海。俺はその浜辺に一人突っ立っている。今は晩秋。季節外れ、バカみたいに暖かい。


 仕事のヤマが来る少し前、秋の時期を使って、俺は実家に顔を見せに帰ってきた。ここ最近は面倒臭さが勝って足を運ばなかったんだ。実に数年ぶりの帰省だ。

(うお、懐かし!)と感激していたのは、正直言うと実家に帰り着いた昨日までで。一晩明けて――正確に言えば昼過ぎ遅くになって起き出してきて――からは極々普通の、慣れ親しみ過ぎて飽きてすらきた退屈な光景が、これまで途切れることなくずっと続いてきたかのような錯覚を伴って、見えるだけ。

 昨晩は豪勢なメシをテーブルいっぱいに並べて俺と同じようにはしゃいでいた父母も、今日になってからはスッと熱の引いたもので。『ああそう言えば息子、帰ってきてたンだわ』くらいのテンションに落ち着いていた。

 ま、盆、暮れ、正月みたいな世間サマが浮かれきった休みではない普通の日なんだから、頷ける話ではあるんだよな。歓迎されっぱなしよりも、この方が俺も落ち着く。

 しかしそれでも、くどくどと愚痴や文句に近い説教をかまされてはかなわない。

「俺、散歩いってくるわ」

 そう言って、外のけだるい暖かさに任せてちょいと上着を羽織るくらいで、俺は家を出てきた。


 地元の海。俺はその浜辺に一人突っ立っている。今は晩秋。季節外れ、バカみたいに暖かい。


 田舎ではあるが、その田舎であるがゆえに観光地としてはそこそこ・・・・な我が地元。海沿いの通りに立ち並んだ色とりどりが色あせた・・・・・・・・・・観光売店のうちの一軒で、イカの浜焼きと缶ビールを買って浜に降りる。

(こうしてると、夏みてぇだな)

 広がる海、波間に反射する太陽光に目を細めてそう思う。……少し視線を脇にずらすと見える、海に面した山肌の紅葉した色味に見ないフリをすれば。

 俺はイカを一口齧った。うん、うまいな。焼いた香ばしさと磯っぽい塩辛さが広がった口に、ビールを流し込む。うん、うまいな!

 そうして、早くも酔いの回りはじめて浮遊感の出てきた視界で、辺りを見回してみる。

 この、実家の居間で点いていたテレビの言葉を借りれば〝ポカポカ陽気〟で、時期外れの海水浴場には何人かの人影が訪れていた。左に目を向けて見れば、学生くらいのカップルが。右に目を向けて見れば、小さい子を連れた親子三人が。それぞれ寄せ来る波とたわむれているのが小さく俺の視界に映った。俺はまた正面、波間に踊る光を見て、ビールをすする。


「○○ちゃん、二人目産まれたのよ。また男の子だって」

 え、俺、一人目も知らんかったんだけど。というか結婚したことも聞いてねンだわ。

 母が世間話のトーンで、暗に俺を非難しがてら、それでも恐らくは何の気なしに放った言葉。

「この前のお盆に○○ちゃん、赤ちゃんと旦那サンも連れて帰ってきてたのよー。旦那サンの仕事が忙しいらしくって、せっかく来たのにたったの半日ぽっちしかいなかったんだって、○○ちゃんのお母さん言ってたわぁ」

 こんな田舎なモンだから、〝多様性〟なんて言葉はどこ吹く風。そしてこんな田舎では、ご近所の噂話なんてのは、吸って吐くそこらにある空気と同義だ。


 ○○。母の口にしたその名前は、俺の高校の時の彼女の名前。

 幼馴染で、小さい頃よくケンカして、中学でよそよそしくなったけど、高校で付き合って。そして高校卒業で俺もアイツも地元を離れて、別れる気は俺はなかったハズだったんだけれど、そのうちに自然消滅して。

 この海にもよく来てた。……いや、〝よく〟では全然ないな。もっぱらは町のショッピングモールに行っていた。アハハ、思い出が美化されてやがる。

 この海に俺とアイツの二人で来たのは、今日みたいに晴れた日に一度だけ。あれはどこかの年の夏休みの時だった。

 いつものお団子の髪型が、夏の陽射しの下で妙にまぶしくってさ。光に透けた後れ毛がなんだかとても可愛かったんだ。アイツ陸上部だったから元々日焼けしてて。そのシュッとした体に、普段のアイツのイメージとは違うフリフリのビキニを着てきて、俺は内心ドギマギしてた。ああでも、大人ぶって塗ってきた赤い口紅は、アイツのはにかんだ口元には全然似合ってなかったかな!

 ……ハハ、なんで俺こんな鮮明に思い返せるんだろ。キモいかな。こんな〝オッサン〟がさ。

 ビールをまた一口すする。買ったばかりの時よりももうずっとぬるくなってきていた。

 酒を飲みながら酒を飲んでいなかった頃の気持ちに浸るなんて、何だか矛盾してるよな。頭のどこかでそう思いながらも、やはりビールは俺の口に染みわたるように馴染んでうまい。


 地元の海。俺はその浜辺に一人突っ立っている。今は晩秋。季節外れ、バカみたいに暖かい。


 そこに一つ、風が吹く。俺は肩をすくめた。それは浜辺に吹いた風が、目に見える陽射しのきらめきの印象からはかけ離れて思いのほか冷たかったからで。その風はこう告げている。

『時は進んでいる。今はもう夏なんかじゃない』

 なんでもない、ただそれだけ、どこにでもある、ありふれたこと。

「仕方がねンだ」


 イカの浜焼きと缶ビールをたいらげ、俺は再び肩をすくめてクルリ、きびすを返した。浜辺に響く、元々小さく聞こえていた歓声が、俺の背中の後ろ後ろに遠ざかっていく。目の前には、綺麗に紅葉した山。そうして俺は家路についた。


 明日の朝、今度は上着だけのほぼ手ぶらじゃなく、持ってきた荷物を全部持って家を出て。そうして俺の帰省は終わる。


 空き缶と木の串を売店のゴミ箱に放って、俺は小さく、ひとりつぶやいた。

「地元に帰っても、別に誰とも会えねンだわ」



 明日雨が降ったら、きっと俺のせいだわ。ゴメンな。






お題:好きな楽曲を題材にした短編

   サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」・「TSUNAMI」の二曲

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