ポワソン・ダブリル ~人魚の恋は四月の嘘~
[短編] [ミディアム] [ファンタジー度★★★]
どこにも、嘘はなかったの。
「これは人間の脚」
そう言葉もなく周りに思い込ませた私を除いて。
嵐の海に投げ出された人間の王子様。水底からすくい上げた人魚の私。
恐ろしい嵐の過ぎ去った、満ちゆく月の照らす静かな浜辺。私はそこに王子様の体をそっと横たえた。
見つめる私の前、海から上がった砂の上で、王子様は青白い顔ながらも胸を上下させて息を吹き返した。私は嬉しくて嬉しくて、その美しいお額の額に心を込めてキスをしたの。
でもその時、海での騒ぎを見て海岸沿いのお城から何人も人間の方々が駆けつけて、王子様を連れて行ってしまった。
私はそれを、岩陰に隠れて見ていたわ。そうするしかなかった。ただ眺めているだけしか。だって私は人魚。「人間に捕まったら見世物にされてしまうよ」そう海底の仲間たちから、口を酸っぱくして言い聞かされ育ってきた人魚。
運ばれていく王子様。その横で心配そうに寄り添う人間の女の人。そのお召しになっているドレスのシルエットが、月明かりの照らす中で、夜風にふぅわりとひらめいた。まるで、たっぷりとした魚のヒレみたい。その様子をさみしい気持ちで眺めながら、私はぼんやりとそう思った。
そうして、私は閃いたの。
「私を、人間に見えるようにしてください」
私は海の底のお姫様でもなんでもない。ただの一人の人魚の女の子。人間の脚をもらうためのお金も特別なものも何にもない。だから私は、海の魔女に目くらましの魔法をかけてもらって、地上に上がった。
でも、ちょっと遅すぎたのかもしれない。お姫様でも何でもない私は海の魔女がどこにいるのかなんて知るあてもなかったし、なけなしのお金をすべて出しても魔法をかけてもらうにはまだ足りなかったし。
私が地上に上がる頃には、航海の旅に出ていた王子様と、海沿いの国のお姫様との、結婚式が執り行われていた。
見つめるみんなの前、高砂に立って王子様は頬を薔薇色に染めてこう言った。
「お優しい海沿いの国のみなさん。僕をこの国へ迎え入れていただいて、ありがとうございます」
「特に姫には、嵐に見舞われた僕を温かく看病していただきました。見ず知らずの、遠い国の生まれのこの僕を……」
「ここに、生涯変わることのない愛を、誓います」
そうしてお二人は、それはそれは幸せなキスを交わしたの。
私はそれを、柱の陰に隠れて見ていたわ……。そうするしかなかった。ただ眺めているだけしか。だって、私は、人魚。
その時。まぶしい太陽の光の差し込む中、お城の鐘が十二時を告げる。
どこにも、嘘はなかったの。
「あっ、人魚だ、人魚が紛れ込んでいるぞ!」
人間のフリをしてお城に入った私を除いて。
お城の中は騒然となった。誰も彼もが私の背に向かって指を差す中、私は開かれたお城のバルコニーから、ざんぶと海に身を投げた。
魔女には目くらましの魔法をかけてもらっただけ。その魔法ももう溶けた。誰の目にもそう見える魚のヒレで、私は水をかいて海の底に戻った。
太陽の光のきらめく中、水をかいてふぅわりとひらめく私の魚のヒレは、きっと美しかったと思うわ。その様子を、王子様も眺めていらしたのかしら。どうかしら。そうだったら、私はとても嬉しい。
正午の鐘が鳴り終わる。エイプリルフールは午前中でおしまい。午後になったらこの恋の思い出だけをあぶくに変えて、私はまた人魚として生きていこうと思う。
温かい、春の日の出来事。
テーマ:エイプリルフール
フランスのエイプリルフールは「ポワソン・ダブリル」と言い、ポワソン(魚)にちなんだお菓子を食べる伝統があります。
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