第3話
「えーっと、つまり……マリーはタイムリープができるってこと?」
「うん……」
マリーは今朝、怪しい老婆からもらった【時間のブレスレット】でタイムリープが出来るようになったことをアンヌに伝える。
「わ、分かってるよ! そんなこと急に言われたって信じられないよね……でも」
「いや、たぶん本当だと思うわ」
「え?」
「今日の試験の最終問題、あの古代数式をマリーに解ける訳ないわ。あれはタイムリープ前の私から聞いたのね?」
「う、うん……さすが鋭いね……」
「タイムリープはとても信じられないけどマリーが古代数式を解くという方が信じ難いからね」
「……失礼だね」
なにはともあれタイムリープを信じてもらえたマリー。
モーリスを助けるためにはどうすればいいのか?
天才のアンヌに相談をする。
「……難しいわね。モーリス様は貴族で大富豪、ある意味この国の王よりも力がある一族の長男だからね。命を狙うやつらも少なくない」
「そうだよね……でも私がタイムリープをすれば救えないかな?」
「うーん……今日の昼に殺さることは防げるかもしれないけど……根本的な解決にはならないような気も……犯人を捕まえないとまた命を狙われるだけじゃないかしら?」
さすがアンヌ、確かにその通りだ。アンヌに相談してよかったよマリーは思った。
「そっか……そういえば、モーリス様って取り巻きの女子からランチの誘いを用があるって断ってたでしょ? お昼に誰かに会ってその時殺されちゃったんじゃないか……?」
モーリスファンの女とのやり取りを思い出す。
「ランチの誘いを断った? そんな事あったっかしら?」
「あっ……あれはタイムリープする前の世界の話だ……」
「あースシがどうとかって……そういうことか。まあでも前の世界も今の世界も昼の予定は同じだろうからその推理はあり得るわ……便利なものね、タイムリープってのは」
「じゃあさっそくタイムリープして……でも待って、タイムリープしてモーリス様になんて伝えればいいのかな……? タイムリープなんて信じてくれないよね……?」
「うーん……いや、マリーが言えば信じてくれんじゃないかしら?」
「え? どうして?」
「いや、なんとなく……モーリス様はマリーのこと……結構大切に思ってる気がするわよ?」
「そそそ、そうかな!?」
顔を赤くするマリーをかわいい奴だなぁと思うアンヌ。
「あとさ……タイムリープしてもまたアンヌも協力してくれるよね!?」
「それはどうかしら……? いきなり言われても頭がおかしくなったのかとしか思わないわよ……まあそれはいつものことかもしれないけど……」
「そんなぁ……一人じゃ無理だよ……」
いくらやり直せたってアンヌの頭脳が無ければモーリスを助けることは難しいとマリーは感じていた。
「タイムリープは今朝の試験開始時に戻るのよね……よし! じゃあタイムリープしたら私にこう言いなさい」
アンヌは自分へのメッセージをマリーに伝えた。
1つは当然、試験問題の古代数式の答え。
これだけでも多分アンヌは信じるだろうが念のためもう1つ。
今朝、アンヌは制服に着替えるときにブレザーのボタンが取れてしまい、自分で直したようだ。
「今朝ボタンが取れて、直したのを知ってるのは世界で私だけよ。
誰にも話してないからね。これを『未来の私から聞いた』と伝えれば私はタイムリープを信じるはずよ」
アンヌにだけ分かる秘密の暗号だ。
「なるほど! さすがアンヌ! じゃあまずアンヌに伝えてそのあとモーリス様に殺される事を伝えよう」
「そうね、モーリス様が殺されるのはお昼。試験は朝イチだから時間の余裕はあるわね。私だってモーリス様が殺されては困るんだから」
「そうだよね……アンヌのお家はモーリス様のお家と付き合いあるもんね」
アンヌの一族は世界トップの金融業。当然、政府や貴族との結びつきの強い。
次期ガブリエル家当主のモーリスがいなくなるのは痛手だろう。
「まあ……それもあるけど……モーリス様がいないとマリーが悲しそうだしね……」
「え?」
「あ、あんたの元気がないとつまないでしょ!」
アンヌは珍しく顔を赤らめる。
「アンヌ……ありがとう……」
「ふん……でも1つ気をつけてね?」
「え?」
「この学園は上流階級の生徒が多く通う。警備だって半端じゃない。そうそう外部の人間が侵入してモーリス様を殺せるとは思えないわ」
「それってつまり……」
「ええ、犯人はこの学園の生徒……あるいは教師あたりじゃないかしら?」
「そんな……」
「だから大っぴらにタイムリープやモーリス様が殺されるなんて言いちゃダメよ? 犯人が聞いたら未来が変わってしまうかもしれないわ」
「そ、そうだね……うん。気をつけるよ」
「……まあタイムリープなんてそうそう信じてくれないと思うけどね……」
「じゃあ、行ってくるね!」
マリーはブレスレットに手をやる。
「それを触って念じればタイムリープできるなんて……信じられないわね……ちょっと貸してみて」
「えっえっ!? ちょっと!」
アンヌはブレスレットに触り念じる。
「……ダメみたいね……これはマリーしか使えないのかしら?」
「もう! タイムリープしちゃったらどうすんの!」
「ふふ、タイムリープしてみたいわね」
「よし、じゃあ行ってくるね……」
「ええ、危ないことはしちゃダメよ?
モーリス様を救えるのはマリーだけよ。がんばって!」
「うん! 絶対協力してね」
【タイムリープ】
◆
「えー、みなさん。今日は抜き打ち試験を行います」
ざわつく教室。二度目のタイムリープ、三度目の試験だ。
マリーは後ろの席のアンヌに目をやる。
「ん? なによマリー? 大胆なカンニング?」
「……試験が終わったら話がある」
「……はあ」
マリーは試験を解く。三度目の試験は勉強が苦手なマリーでも解ける。
もちろん、最終問題の古代数式もバッチリだ。
「はい。そこまでです」
答案用紙が回収される。
「アンヌ! 来て」
人の少ない廊下にアンヌを連れ出す。
「マリー、どうしたの?」
「最後の問題は古代数式で答えは今日の日付!」
「え!?」
「アンヌは今朝ボダンが取れて自分で直した!」
「ええ!?!?」
天才少女のアンヌもこの時ばかりは驚いた。
マリーはタイムリープのこと、モーリスが殺されることを伝えた。
「タイムリープ……? 未来の私がそう伝えろと……?」
「うん!」
「……うーん。とても信じられないけど……すごい私が言いそう……うん、多分本当なんでしょうね」
アンヌは再び信じてくれた。
「ちょっと私にもそのブレスレットでタイムリープさせてよ」
アンヌはブレスレットを触る。
「ふふ……これは私しかタイムリープ出来ないのよ」
「そっか……残念だわ」
「ふっふっふ、成長しないね! アンヌちゃん!」
初めてアンヌに勝ち誇ったマリーであった。
「な、なによ?」
「じゃあ、話を整理すると……今日の昼にモーリス様が何者かと校舎裏で会う。そこで殺されてしまう……と?」
「うん! まずモーリス様にそのことを伝えて阻止したいの!」
「なるほど……でも、モーリス様は信じてくれるかしら? ……いや、マリーが言えば信じる……?」
アンヌの言葉を思い出し、再び顔を赤くするマリー。
「モーリス様、ちょっとお話が……」
「お、どうしたのマリー?」
「すみませんが人の少ないところへ……」
「え? う、うん」
(もしかして……告白……!?)
「モーリス様……モーリス様は今日のお昼に殺されます」
「え!?」
衝撃的な告白に間違いなかったが驚くモーリス。
「マ、マリー!? どういうこと……?」
「実は……」
マリーはモーリスに伝えた。
タイムリープのこと、モーリスが殺されること、アンヌだけがタイムリープを知っていること。
「モーリス様、マリーの言ってることは真実だと思いますわ」
「アンヌ……」
「マリーは絶対に私しか知らない秘密や……バカには解けない問題も解けました」
「バカって……」
「……うん。僕も信じるよ。マリーがいたずらでそんなことを言う子じゃないのは僕が一番分かってるよ」
「モーリス様……」
乙女の顔になるマリー。
「……甘酸っぱいですわ……こいつら……」
呆れるアンヌ。
「モーリス様、犯人に心当たりはありませんか? 例えば今日の昼に誰かに会う予定とか……」
「なんで昼に会う事知ってるの……? あ、タイムリープか。便利なもんだね。
うん、今日の昼に従妹のフレデリックに話があるから、会う約束をしてるけど……まさかフレデリックが僕を!?」
「……モーリス様は昼に校舎裏で殺されました。その従妹が怪しいですね」
「フレデリック・ガブリエル……確か一学年上の先輩ですわね。あまりいい噂は聞きませんが……失礼ですがどんなお話をするつもりなんですか?」
アンヌが聞く。
「いや……それは……」
モーリスは口ごもる。
当然だ、この時のモーリスはフレデリック親子が敵国と繋がりがあるかも知れないというだけで確信はない。部外者のマリーとアンヌに話せない。
「……二人とも、僕は予定通りフレデリックと会いに行くよ」
「!? モーリス様?」
「危ないのは分かってるけど……確かめなくてはいけないことがあるんだ……」
「で、でも……」
「大丈夫! 何も知らない前の世界の僕は殺されてしまったみたいだけど、用心して会う僕を殺すのは簡単じゃないよ。僕だって多少の武術の心得はあるんだ」
「……分かりました。でも私もそばで見張ってます。危なくなったら助けますから!」
「ありがとうマリー。でも危ないことはしないでね。マリーが傷つくのが一番つらいよ」
「モーリス様……」
目がハートマークになるマリー。
アンヌはもう何も言わなかった……
昼になり、モーリスは予定通り校舎裏に向かう。
マリーとアンヌは離れた所から見守る。
「どうしたんだ、モーリス? こんなところに呼び出して」
フレデリックがやってきた。
フレデリックの父親の怪しい金、敵国との取引のこと。
殺されるかもしれないという思いからか、前回よりも緊張感のあるモーリス。
「大丈夫かな……モーリス様……」
「モーリス様の武術は並みじゃないはずよ。ナイフで刺されるかもと分かっていれば大丈夫でしょう。いや、むしろナイフを取り出してくれれば犯人はフレデリックで確定してくれて助かるわね……」
「やめてよ! アンヌ!」
「冗談……でもないわ。根本的な解決をしないとダメでしょう」
「……まあそうだよね……あっ!!!」
その時、フレデリックがナイフを取り出す。
「やっぱり! フレデリックが犯人だ!」
フレデリックはナイフを振り回す。
用心していたモーリスはフレデリックの腕をとる。
もつれあうモーリスとフレデリック。
「モーリス様ァ!!」
たまらずマリーが飛び出す。
フレデリックはマリーとアンヌに気づいた。
「誰だあの女達は!? クソッ!!」
フレデリックはモーリスの腕を払い、学園の外へ走り去っていく。
「モーリス様! 大丈夫ですか!?」
マリーが駆け寄る。
「はぁはぁ……うん、大丈夫だよ……まさか本当にフレデリックが……許せない」
「これで犯人はフレデリックに確定しましたわね。モーリス様、すぐに学園警備、警察に連絡された方がいいかと」
アンヌが言う。
「……ああ、でもこれはガブリエル家の話なんだ……二人には話しておかないとね……」
モーリスはマリーとアンヌにフレデリックの家族が敵国との怪しい取引の疑いがあることを告げる。
「そんなことが……」
「僕の思い過ごしであって欲しかったけど……僕を殺そうとしたということは間違いないだろう。今夜、父が帰ってきたら相談して対策を打つよ。罪を償ってもらう。
悪いけど2人ともこのことは他言しないでくれるかな?」
「でも……」
「大丈夫! 今夜すべて解決するよ。マリーのおかげで僕の命……いや、ガブリエル一族も、もしかしたらこの国の未来を守れたかもしれない。ありがとう」
敵国への武器の密輸。この国の平和を乱すフレデリック親子を止めなければ……モーリスは決心した。
その日の下校、庶民のマリーはいつも歩いて帰るが今日は話が違う。
フレデリックに顔を見られたのだ。心配するモーリスは自分の馬車でマリーの家まで送る。
ちなみに大富豪のアンヌはいつも通り自分の送迎で帰った。
つまり初めての一緒に下校だ。
「す、すみません……私なんか……」
「何を言うんだマリー! フレデリックに顔を見られているんだ。一人でなんか帰せないよ」
「あ、ありがとうございます……モーリス様……」
「……そのモーリス様って、やめてくれないか? 昔はモーリスって呼んでくれてじゃないか?」
「それは……子供でしたし」
モーリスの父親は貴族であっても一般市民との交流を大切にしていた。
偉そうにしているだけの貴族は国を支えることはできないと考え、幼いモーリスはいつもマリーや一般市民と泥だらけなりながら遊んでした。
そんなモーリスやモーリスの父親は市民からも愛され絶大な信頼を得ていた。
「……フレデリックの問題が解決したら……話があるんだ」
「な、なんですか?」
「ふふ、全部解決したらね。ちゃんと話すよ」
「は、はい……」
マリーもいつまでも子どもではない。
これはきっと……そう思い馬車に揺られながら家につく。
その夜、ベッドで眠ろうとするマリー。
「モーリス様……お父様にお話しできたかな……」
ウトウトと眠りにつくその時、外が騒がしいことに気づく。
「んー?」
マリーは窓を開け外を見る。大勢の人が騒いでいる。
「なんだろう……?」
ただならぬ気配を感じマリーは外へ出る。
「マリー!!」
「アンヌ!? どうしたのこんな時間に!?」
「はぁはぁ……大変よ……」
汗だくで駆け寄ってくるアンヌ。嫌な予感がした。
「どうしたの?」
「……モーリス様のお屋敷が火事よ!」
「え……?」
二人はモーリスの屋敷に走る。
「どうしてこんなことに……解決できなかったの?」
屋敷は火に包まれていた。
「うそ……モーリス様……」
「これはやばいな……助からないだろ?」
「ガブリエル様にもしものことがあったら……この国はどうなっちまうんだ?」
「うぅうう……ガブリエル様」
野次馬たちも絶望に包まれる。
「マリー……タイムリープしよう……やりなおすんだ……この炎ではきっと……」
「う、うん……」
泣きじゃくるマリーの肩をそっと抱くアンヌ。
「皆の衆!! 聞けぇ!」
野次馬の前に一人の男が現れる。
立派な長いヒゲが目立つ男だ。
「私はピエール・ガブリエル! 残念ながら、兄は死んだ……甥のモーリスもだ!」
「あれは……フレデリックのお父さん?」
ナイフでモーリスを殺そうとしたフレデリックの父親だ。
燃え盛るモーリスの屋敷をバックに彼は演説を続ける。
「皆の衆、悲しいだろう……兄は立派な男だった。だが、心配はいらない! 私と息子のフレデリックが兄の跡を継ぎ、このガブリエル家を、この国を守って見せる!」
どこからともなく現れた息子のフレデリックがピエールに駆け寄る。
「うおおおお! ピエール様ぁああ! フレデリック様ぁああ!」
沸き立つ民衆。新しい権力者が誕生した瞬間だった。
「あいつら……何言ってるの……!? あの親子が火をつけたんでしょ?」
「……恐ろしい男ね……民衆の洗脳まで……」
その時、息子のフレデリックがマリーとアンヌを見つける。
「マリー、まずいわ! フレデリックに気づかれた。あいつは昼のナイフ事件の時、私達の顔を見てるわ! 狙われる前にタイムリープしましょう」
「うん……あっ! ブレスレット家に置いてある……」
寝る直前だったマリーはブレスレットを外してあった。
「くっ……走るわよ!」
二人は野次馬をかき分けマリーの家へと走る。
「はぁはぁ……ごめんね、アンヌ……ブレスレットを忘れるなんて……」
マリーは自分の不甲斐なさに泣いている。助けられる方法もあったはず。後悔しかない。
「はぁはぁ……こんな夜よ。仕方ないことだわ。それよりタイムリープしたらこの火事のことも私とモーリス様に伝えるのよ。もうこうなっては子供だけで解決できる問題じゃない! すぐにモーリス様のお父様に話をするべきだわ!」
闇夜を走るマリーとアンヌ。背後から追いかける気配が。
「まずいわね……フレデリックの差し金ね。私たちも消す気よ!」
「うそ……急がないと……」
全速力で走る二人、しかし女子の脚力。
「待て貴様ら!!」
剣を持った男はすぐに追い詰める。フレデリックの雇った殺し屋だ。
男はマリーを掴む。
「きゃー!!」
「ぐふふふ、お前らには死んでもらうぞ」
男はマリーに剣を振り上げる。
「うぅ……そんな……」
ドンッ。
「アンヌ!?」
アンヌが男に体当たりをする。
「マリー! 走ってぇぇえ!!」
体当たりされた男はバランスを崩し転ぶ。アンヌは男を抑えつける。
「くそ! ガキがッ! 離せッ!」
「マリー! 早く行くって!」
「でも……アンヌが……」
「大丈夫。ブレスレットさえあれば……元通りでしょ? 泣いてないで早く!」
アンヌはマリーに微笑む。
「うぅ……うん……」
マリーは走り出す。
背後からアンヌのうめき声が聞こえる。
マリーは振り返らない。
アンヌが命をかけて作ってくれたチャンスだ。
「アンヌ……ごめん……必ず助けるからね……」
親友を失ったマリー。
しかし、涙もう流さない。大丈夫、やりなおせる。
マリーは必死に走り家に着く、枕元に置いてあるブレスレットを握りしめる。
「はぁはぁ……モーリス様、アンヌ……私が守るからね……必ず!」
【タイムリープ】
これがマリーの最後のタイムリープとなることを、この時マリーは知らなかった。
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