春来る君と春待ちのお決まりを
鳥路
卯月の章:今までから変わる春
4月1日:噓じゃないんだぞ、羽依里
扉を勢いよく開けた先に、彼女は待っている
いや、待っているという表現はおかしいかもしれない
待っていたなら、彼女が大事にしているぬいぐるみが俺に向かって飛んでくるわけがない
ペンギンのぬいぐるみを床に落ちる前にキャッチして、それを両手に彼女を見る
よかった。今日もちゃんと起きている
腰より下、膝より上の長さを持つ、プラチナブロンドの髪は今日もふわふわ
寝起きだからか、それはいつも以上にふわふわ感が増しており、右往左往に跳ねていた
澄みきった空のような瞳はこちらにしっかりと向けられている
しかしまだ眠いようで、少しずつ目が細められていった
・・・睨んでいるだけかもしれないが
「・・・今何時だと思っているの?」
「朝六時だな」
スマホの画面を見せつけて、今の時刻を
それを見て、彼女は可愛そうなものを見るように俺を見つめ続けた
「・・・迷惑すぎるの、わかってる?」
「だから若干小声で話しているんじゃないか」
「私の迷惑を考えてくれないかな?」
「俺は出張中のおじさんたちに代わって羽依里のお世話を任命されているので。羽依里がちゃんと起きているかどうか確認に来た」
「せめて七時に来て」
「早く羽依里に会いたくて」
「・・・なんで、どうして、どんな関係だからそうするの?」
「羽依里の幼馴染だ。ちなみに、許可をとってるからその辺りは安心してくれ」
「・・・なんで許可取るの?面倒だったでしょ?」
「おじさんたちは目を離すと食事すら疎かにする羽依里が心配。俺は、一人にするとポンコツ気味な羽依里が心配でお世話したい。利害が一致してるからな。手をまわしてくれた」
「ぐぬぬぬ・・・」
「悔しがっても無駄。ほら、お着換えしような」
彼女の近くに歩み寄りながら、鞄の中のそれを手に取ろうとする
預かってきた服が入っている青い袋
それをスクールバッグから出すと、羽依里はそれをひったくるように奪ってくる
「・・・中、見てない?」
「今日は可愛いワンピースだぞ。春っぽくて俺はいいと思う。それ以外は見てないよ。流石にな」
「そう・・・わかったから出て行って。これは一人でできるから」
「わかったよ」
流石に女の子の着替えをまじまじと見る趣味はないし、覗き見する趣味もない
部屋の外に出て、羽依里が着替え終わるのをのんびり待つことにする
・・・一人で着替えられているかな。声をかけておくか
「そういえば羽依里」
「何?」
「ボタン、ちゃんと留められるか?しょっちゅう一つズレてるからさ、気になって」
「それぐらいできる!」
・・・今さっき、凄い布擦れの音がしたような
俺の一声でボタンの掛け違いが判明して急いで直したのだろう
うん、今日も羽依里は可愛い
「
「んー?」
「着替え終わったから、入ってきて」
「はいはい」
羽依里の許可を貰って、再び部屋の中に入る
用意した服と同じ若草色のスカートに、白色のブラウスを身に着け、ベッドサイドに座る羽依里が待っていた
上着はまだ羽織っていないようで、膝にかけられている
若干不服そうだが、羽依里は淡々と話し始めてくれた
「・・・寝巻は籠の中に入れておいた」
「ちゃんと網にいれるのは入れたか?」
「い、入れたから。確認しなくていいんだからね、おばか・・・」
「そうだよな。すまないな」
「デリカシーの欠片もないのは、いい加減直した方がいいと思うけど」
「だって今更だろ。何年の付き合いだと思っているんだ」
「昨日で十七年」
「そう。十七年だ。産まれた時から一緒なんだぞ。今更的な部分もあるだろ?」
「・・・この話に関しては同性でも若干嫌なのに、異性なら猶更言えないと思うけど」
「そういうものなのか?」
「悠真は言えるの?自分の身に着けている・・・その、下着の、色、とか」
「今日は情熱の赤だが」
「悠真に聞いた馬鹿だった・・・しかも何、情熱の赤って・・・普通の赤じゃないの?」
「情熱が籠もった赤だぞ?」
「はあ・・・」
羽依里は頭を抱えて、呆れたように俺を睨む
「どうしたんだ、羽依里。具合悪いのか?熱測るか?」
「悠真が帰れば治る頭痛を患っていると思う。早く帰ってくれないかな?」
「それは困る。十時から学校に行く用事はあるが、それまで暇だし」
さりげなく、羽依里の隣に腰かけて話の続きをする
睨んでいたけれど、羽依里に嫌がる素振りはない
だって、いつものことだから
「もう少し家でゆっくりするか、勉強するかしたら?悠真の将来が切実に心配だよ」
「いや、今日はその勉強の件で呼び出されてて・・・」
四月一日。まだ新学期すら始まっていない状況で呼び出しを受けているのだ
多分、あの件だと思うけど
羽依里と会う時間が減るから行きたくないんだよな、あそこ
「道理で制服だったわけか。悠真は・・・もしかしなくても、成績ぎりぎりだったりするの?」
「いいや。学年一位」
「・・・勉強だけはできるんだ」
「だけとはなんだ。それ以外もちゃんとできている」
「その調子で常識も身に着けてくれないかな?具体的には、きちんと面会時間を守るとか」
「常識はちゃんとあるぞ。許可も取ったって言っただろう?」
「朝六時から病院に押しかけるような人は常識はずれです」
「そうか?」
「うん」
なんか若干心外な事を言われた気がする・・・気のせいじゃないみたいだけど
「悠真は特進クラスだっけ?」
「んや、普通。放課後補習受けたくないし」
特進連中、俺が一番取るとねちっこく絡んでくるんだよな
・・・あいつらもあいつらで「ねちタイム」を勉強時間に回せよって感じ。だから俺程度にも負けるんだ
「なんであの高校に進学したんだろう」
「家から電車とかバスに乗らずにいける。徒歩で行けるほど近いから、でしょ?もう・・・」
羽依里は呆れ果てた目で俺を見て、小さくため息を吐く
「羽依里は、俺に行ってほしい?特進クラス」
「・・・それは悠真が決めることだし、悠真の夢が広がる可能性がある場所だと思うから、行くのを進めた方がいいのかもしれない」
「そうか」
「でも、私個人の意見としては、静かなのは嫌だし、いつもの時間にいつも通り来てくれないとさびっ・・・困る・・・から。それに、復学した時に悠真がいないと、私、一人でこま・・・お父さんたちが心配になるから、悠真が一緒の方がいいの!」
話が終わるかと思ったらあった話の続き
本心を隠しているつもりのようだが、全然隠せていないことに笑ったら羽依里はきっと拗ねてしまう
けれど、そんなことを言われたら、絶対にどんなことがあろうとも彼女との時間は取り続けないといけないと思うし、彼女が帰ってきた時の為にできることをしてあげておきたいと思う
「よし!」
「えっ・・・」
「特進にはいかない!絶対、最後まで普通で頑張る!それから、一位は誰にも譲らない。そして一番のまま羽依里を待つ。だから早く学校来いよ、羽依里」
「そう。頑張って、悠真。私も頑張るからね」
時間が出来たことに安堵したのか、久々の笑みを浮かべながら彼女は俺の決意を喜んでくれる
今なら、行ける気がする!成功する気がする!
「羽依里!」
「何?」
そう。これが俺のいつもの習慣
羽依里の元に行って、顔を見て、話して、生活の面倒を見るだけじゃない
もう一つ、俺が決めた「はーちゃんに毎日告げる言葉」をこのタイミングで
「
「嫌」
「・・・・」
やっぱり今日もダメだった
項垂れると同時に、羽依里が背中を撫でてくれる
そういう優しさをなんで告白を受け入れる方向に回してくれないのか・・・俺は知りたい
「何度言ってもダメ。そろそろ諦めて」
「嫌だ。小さい頃約束したじゃないか!大きくなったら結婚しようって!」
「子供の戯言を本気で受け止めているのは悠真ぐらいだと思うけど」
「・・・子供の戯言だとしても、俺は羽依里の事が好きだ。ずっと好き。結婚したいぐらい好き」
「・・・・」
羽依里がベッドの上に置かれているボタンを押そうと身構える
「ちょいちょい待って羽依里。流石に有事じゃないんだから押すのは躊躇おうぜ」
「そうだね。悠真如きで忙しい看護師さんたちのお仕事を邪魔するわけにはいかないもんね。しかも、時間外に来ている悠真の相手なんて!」
「さりげなく如き扱い・・・結構くるなあ・・・」
とりあえず羽依里にナースコールのボタンを押さないように説得した後、のんびり朝食の時間が来るのを待つ
「一応、言っておく」
「何を?」
「今日はエイプリルフールだから。誤解したかもしれないけれど、俺の気持ちは嘘じゃないんだぞ、羽依里」
「・・・それでも返事は変わらないからね」
「わかってる。わかった上で、毎日伝えてる」
「九歳の時から八年間・・・ご丁寧に毎日ありがとう」
「いえいえ。どういたしまして。そろそろいい返事を聞かせてくれるとなお嬉しい」
「それはない」
そうか。もう八年が経過したのか
それはつまり、羽依里が病気で入院してもう八年ということになる
病名はわからない。おじさんたちも難病とだけしか教えてくれなかった
同時に、二十歳まで生きれたら奇跡だとも・・・言われた
俺といる間だけ元気なふりをしているのかわからないけれど、今の羽依里は少しずつ元気を取り戻していると思っている
一応高校は俺と同じ高校へ進学している
オンラインの授業と、俺が配達している課題で進級させてもらっている特別待遇で、一度も教室で授業を受けたことはないけれど
けれど、最近の羽依里は以前より元気になっている気がする
この調子で体力を取り戻すことが出来れば、学校にだってもう一度通えるかもしれない
小学生以来の授業を受けられるかもしれないのだ
隣に羽依里がいる授業
それだけでも、絶対に高校卒業前には手に入れておきたい思い出だ
今年でどうあがいても卒業。中学時代には叶えられなかった学校でできる思い出作りができる最後のチャンス
高校三年生の春
まだ新学期は始まっていないけれど、俺の高校最後の生活はもう、始まっている
彼女と過ごす高校最後の一年は、もう幕を開けているのだ
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