マリンとパール

夏伐

第1話

 大気に湿った空気が満ちている。

 マリンは森の奥深くに住んでいた。彼女は肩で切りそろえた髪が湿気でカールしてしまうのが嫌なのか、しきりに指で伸ばしている。


 木の上に作成されたツリーハウスは球状で、その屋根に上ってマリンはどこか遠くを眺めるのが好きだった。

 それでも、周囲はもっと高い木で覆われていたのでマリンは時折、村から離れた場所に獣の姿を見ることがせいぜいだ。


「ん……?」


 目を凝らすと白い何かが木々の間を走っている。よく見ればそれは白い少女だ。


 何かから追われるように走っている。そのまま真っすぐに行けば村の横を通り過ぎ、森の奥へ行くことだろう。

 この森は人を阻むように最深部に行けば行くほど、獣が凶暴に、そして大きくなっていく。

 植物人体に有害な毒を持つ。


 この村は毒された土地の境にあるような位置にあった。


 マリンは少女を追いかけた。土地勘があり、普段から走り慣れているマリンはすぐに白い少女に追い付いた。


 少女は後ろから迫りくる人間の足音に驚いて振り向いた。


「何してるの?」


 マリンが少女の正面に回り込んで、その進路を妨害した。マリンは少女とぶつかり合ってごろごろと地面を転がる。


 すぐ近くで、白い少女の顔を見たマリンは驚いた。

 その顔はマリンにそっくりだったのだ。マリンとは違い、日に焼けておらず真っ白な肌。森の民特有の緑の髪のマリンとは違い、彼女は透けるような白い髪をしていた。

 対照的な二人であったが、白い少女の方もマリンと同じように、鏡を見たような反応をする。


「あなた、誰?」


「私はマリン! あなたの名前は?」


「私、パール……」


 白い少女――パールは吐き捨てるように言った。


「ここから先は、人間が行けるような場所じゃないよ。パールみたいな子なら特に」


 マリンはパールの足に目を向ける。

 どこからか何の準備もしてこなかったのだろう。歩きにくそうなヒールの靴にスカートから出ている素足は、草の葉や石で切ったのが細かな傷がついて汚れていた。靴ずれもひどく、かかとの部分に血がついている。


「とりあえずうちの村に来てよ」


 マリンはパールの手を引いて、村へと歩き始めた。パールは、周囲をキョロキョロと見まわす。近くに村のようなものなど見えなかったからだ。


 村に入った二人をたくさんのツリーハウスが見下ろしていた。そのうちの一番大きく高い木の上に建てられたツリーハウスに向かってマリンは進んだ。


「パールは外の人だから村長に挨拶しなきゃいけないんだよ。面倒だよね」


「外部を遮断しているような場所であれば普通の対応だと思います」


 丁度、村長は在宅していた。

 老人は、双子のようにそっくりな二人を見て、驚いていた。パールの傷の手当をしてから、彼女に詳しい話を聞く。


「その髪は……王族の方ですね」


「はい」


 パールが老人の問いに静かに応えた。マリンはその雰囲気に話す二人を交互に見るだけで精一杯だった。

 森で頼りなさげに見えた少女は、いざ村長と対峙すると、まるで大人のような話し方をする。


「それがどうしてこの森に?」


「……母の故郷を見たくて」


「それだけではないでしょう?」


「隣の国に嫁がされる前に、最後に見ておきたくて……」


「――パールはまだ子供なのに、もうケッコンするの!?」


 マリンが驚きの声を上げると、村長にポカリと小突かれる。「静かにしなさい」パールは横目でそんなマリンと村長を眺めていた。


「あなたの母親はこの子の母親と双子でね。本当によく似ていた。まさか死ぬ時期まで一緒だとは思いもしませんでしたがね」


「じゃあパールは私の従姉妹ってこと?」


「つながり的にはそうだねぇ」


 村長はしみじみとマリンに言った。パールは驚いたようにマリンを見る。自分と同じ姿をしているが、全く違う人生を歩む者。

 そのマリンはパールに向かって照れながら微笑んだ。

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