#KAC20234 美少女ぞろぞろ

高宮零司

美少女ぞろぞろ

「いやまあね……私もいい年してVチューバーを追っかけてるもので、美女や美少女ってのは人並みに好きなんですよ。二次元も、まあ……たまに三次元もね」


 深夜のファミレスで、いささか髪の毛が寂しくなりつつある額の汗を拭いながら多喜田さんは、取材に訪れた私にこう切り出した。


 多喜田さんは御年四十五才、かつては婚活が実り結婚手前までいった事があるものの様々な事情で破談に至ったこともあったという。


 容姿は(髪の毛を除けば)それなりに整っているのだが、女性皆無の職場ばかり渡り歩いてきたせいか結婚には縁が無いそうだ。


「だからといってねぇ、まあ物事には限度があるってもんです」


 多喜田さんはそうぼやきながら、その奇妙な体験を語り出した。

 彼の住むアパートの近くにはO川という川が流れている。その川の向こうにコンビニがあり、少し遠いもののよく利用していたそうである。


 ある日会社から夜遅く帰宅した時に、一杯やりたくなり多喜田さんはそこまで歩いて行くことにしたのだという。


「あの晩は春先で、良い月も出ていて明るかったのを覚えてますね。深夜の散歩にはちょうどいい気温でしたし、風もない日でした」


 多喜田さんは元々深夜のコンビニに散歩がてら出かけるのが好きで、その日もコンビニで缶ビールやおつまみを買い込んでから帰宅の途についたそうである。


「そのときは何故か遠回りしたくなって川べりの遊歩道を歩くことにしたんです。そんなことは滅多にしないんですけど、何故かその日だけ……ね」


 多喜田さんが川の流れる音を聞きながら月や川を眺めつつ散歩を楽しんでいるとき に、その異様な光景は現れた。遊歩道を降りた一段低くなっている川縁に、人影を見つけたのである。


「あ、Vチューバーの春日部みくるちゃんに似た子がいるな、と暢気に考えてました。だけど喪服なんて着てるから、通夜か葬儀の帰りかな?と思ったんですが……」

 

 だが、多喜田さんは腕時計を見てその考えを改めた。

 時刻は既に午前一時半、どう考えても通夜や葬儀の帰りという時間ではない。


「しかも、そのみくるちゃん似の子だけではなく、見目麗しい二十代前半っぽい美女や、もっと幼いように見える子まで。多種多様な美女や美少女がざっと見て三十人近くいたんです。動画投稿サイトかテレビの撮影かな?と思ったんですが、それにしてはカメラも見当たらない。そして、彼女たち全員が喪服、しかも和装というのが異様でした」


 多喜田さんはその異様な光景に呆気とられていたが、これは見ていけないものを見てしまったと感じ、足早にその場を立ち去ろうとしたという。


「その瞬間に、彼女たちが一斉に私の方を向いて笑顔を浮かべたんです。普段ならそんな女性たちに笑顔を向けられて悪い気はしないはずなんですが


……あれは、なんというか、笑顔というにはあまりに禍々しいものでしたね。腰が抜けるかと思いました。なんとか全力疾走でアパートまで帰りましたけどね。飲む気はとうに失せていたので、その日はおとなしく寝ました」


 多喜田さんは翌日、日が昇ってから恐る恐るその女たちがいた川縁に訪れた。

 だが、あれだけの人数がいたにしては草が踏み荒らされた様子も無かったという。


「あれは……結局何だったんですかねぇ」


 多喜田さんの言葉に、私は曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。


 なおこの事件以来、多喜田さんはコンビニには原付で行くことにしているそうである。

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