第4話 オカケンの紗友さん

 ――放課後の写真部。


 入部希望者は現れる気配もなく、うっすらと寒い室内には私ひとりきり。

 こうしている間にも、写真部消滅のタイムリミットは刻一刻と迫りつつある。


「……オカケンの紗友さんに相談してみようかな」

「おかけん?」


 つぶやいた途端、目の前にぱっとユウが現れた。

 こっちも慣れたもので、この程度のことでは驚かなくなっている。

 平然としている私を見て、ユウはちょっと不満そう。


「オカケンっていうのは、〈オカルト研究会〉の略だよ」

「ふぅん」

「ユウの正体がなんなのか、そこで訊いてみようと思う」

「だけど他人に僕のことを話すのは――」


 まだCIAを心配してる……。


「大丈夫、ユウのことは伏せて、一般的な幽霊について話を聞いてみるだけだから」

「それならいいけど……」

「じゃ、さっそくオカケンに行ってみよう」

「その紗友さんっていうのは、美里の知り合いなの?」

「前にいちど会ったことがあるだけ」

「……美里、コミュ障じゃなかったっけ?」

「の、はずだけど……あ、若城さんと、みっこセンパイは別ね。でも今は、他人と絡むのがそんなに苦じゃない……気がする」

「良かったじゃない」

「ユウとこうして話しているのが、効いているのかもしれない」

「そうか! そうだよ、僕のおかげじゃないか!」

「不本意だけどね」

「なんだよ、素直に感謝すればいいのに……」



 部室を出て、校舎の階段をどんどん上ってゆく。

 なぜかというと、屋上へ出る扉の前にあるちょっとした踊り場が、オカルト研究会の会室になっているからだ。


 オカケンは学校公認の部活動じゃないから、部室を持つことができない。

 なので、踊り場のわずかなスペースにパイプ椅子と折りたたみの小さな机を持ち込み、会室として使っているのだ。

 しかしこの会室――どんな手段を使ったのかは不明だが、いちおう学校からの許可は取っているらしい。


 ……呪いとかじゃなければいいんだけど。


 1年生の時、みっこセンパイに連れられて、オカケンの集まりに顔を出したことがある。

 コミュ障のせいで、私が会話に加わることはなかったが、話を聞いているだけでけっこう楽しかった。


 UFOがメキシコで良く目撃されているとか、そんな話題だったと思う。

 〈宇宙人の写真〉というのも見せてもらったが、めちゃくちゃはっきり写ってて驚いたのを覚えている。


 もし、私がUFOとか宇宙人に遭遇したら、冷静に写真を撮ることができるだろうか……正直、自信がない。

 驚きのあまり、ピント合わせもままならないのではないだろうか。

 デジカメやスマホだったら、そんな心配はいらないんだろうな。


 屋上への階段を上りきると、紗友さんがひとり、パイプ椅子に座ってオカルト雑誌を読んでいた。


 細身で長身、サラサラの長い髪は眉の上で切りそろえられている。

 整っているがゆえに、キツめに見えてしまう顔立ち。

 ぱっと見には、ちょっと近寄り難い印象。


 私に気づいた紗友さんが、読んでいた雑誌から顔を上げる。


「あれ……君、たしか――」

「……こ、こんにちは」


 もごもごと挨拶らしき言葉をつぶやきつつ、ぺこりと頭を下げる。

 壁に立てかけてあったパイプ椅子を勧められ、紗友さんと向かい合う形で腰掛けた。


「前に、みっこと一緒にオカルト研究会ウチに来たことあるよね?」

「は、はい」

「名前、何だったかな――」

「三代川美里です」

「そうそう、美里ちゃん! 久しぶりだね~」

「その節はその……たいへんお世話に……」

「固いなぁ……緊張してる?」

「……はい……あの私その……さっ、紗友さんに幽霊のことについてあっ、あれ……」


 コミュ障を脱しつつあると思っていたけど、やっぱりダメだ。

 知らない人――紗友さんとは面識があるけど、話をするのは始めてだから、初対面みたいなものだ――の前ではアガってしまって、言葉がうまく出てこない。


「ヘロヤメレ・ネーロヤ・ダケーワ」

「え……あ、あの……」

「心を落ち着かせる呪文、言ってみて……ヘロヤメレ・ネーロヤ・ダケーワ」

「ヘロヤメ……えっと……」

「ヘロヤメレ・ネーロヤ・ダケーワ」

「ヘ、ヘロ……ヤメレ・ネーロヤ……ダケーワ……」

「そうそう、それを11回繰り返す」

「そんなに!」

「ほら、唱えて」

「は、はい……ヘロヤメレ・ネーロヤ・ダケーワ、ヘロヤメレ・ネーロヤ・ダケーワ――」


 11回繰り返した。

 唱え終わると、たしかに落ち着いた……気がする。

 単にうんざりして投げやりな気持ちになっただけかもしれないが、緊張がほぐれたのは確かだ。


「効いたでしょ?」

「たぶん……」

「みっこには会ってる?」

「さいきん会ってません……みっこセンパイ、受験勉強が忙しいみたいで」

「追い込み時期で、気が立ってるからね。みっこって野生動物みたいなとこあるから」

「……はい」

「…………」

「…………」

「…………あのさ」

「えっ」

「君の方から訪ねてきたんだから、要件を言いなよ」

「あっ、そ、そうでした……」

「ふふっ、君って変な子。ウチに入る?」

「入るって……オカケンに、ですか」

「そう」

「それは……」

「ウチ、いま人材不足なんだよね」

「はぁ」

「新入生も入らないし、幽霊会員ばっかだし――幽霊会員っていえば、さっき幽霊がどうとか言いかけてた?」

「はい……あの、心霊写真についてなんですけど――」

「カメラぶら下げてるし、写真部だっけ?」

「はい」

「心霊写真、撮ったことある?」

「え……そ、それは……その……なっ、なっ……ない……です」

「おっ、急に挙動不審」

「そ、そんなコト……」

「ほら、呪文唱えて」

「ヘロヤメレ・ネーロヤ・ダケーワ……」


 また11回。

 確かに落ち着く……この呪文、ホントに効果があるのかも。


「心霊写真ってさ、なかなか良いのがないんだよね」

「どんなのがいい写真なんですか」

「それはもう、はっきりと写ってるかどうかが全てだよ」

「へぇ……」

「あと、怖いことね」

「はえぇ……」

「怖くないと心霊写真の価値ナシ」

「そんなものですか……」

「考えてもみなよ、いくら幽霊がはっきり写ってても、その幽霊がアホ面でピースサインなんてしてたら、心霊写真としてのありがたみがないでしょ」

「ありがたみ……ですか」

「そっ! ありがたみ。見た瞬間、背筋がぞぞっとして……思わず後ろを振り返りたくなる……でも、何かいるのが怖くて振り返れない……そんなのが最高の心霊写真なんだ」

「なるほど……」


 だったら、ユウの写真は論外だ……これっぽっちも〈ありがたみ〉がないもん。


「まぁ、そんな写真は滅多にないんだけどね。心霊写真と言われるものの多くは、木の陰なんかが人の顔に見えるとか、そんなのばかり」

「行きつけのカメラ屋さんも、同じようなことを言ってました」

「さもありなん……はっきり写ってても、それはそれでいわゆる合成っぽかったりして。難しいね。たとえ本物の心霊写真でも、はっきり写りすぎてると偽物だと思われちゃうんだから」

「適度にぼんやりしてて、怖いのが良い心霊写真なんですね」

「その通り! 美里ちゃん、飲み込みが早いね! やっぱりオカケンに入りなよ」

「私、写真部の部長ですから」

「いいでしょ、別に。みっこだって掛け持ちしてたんだから」

「考えときます……それで、心霊写真なんですけど――」

「うんうん」

「どうして目に見えない幽霊が、フィルムに写るんでしょうか」

「さてねぇ……美里ちゃんは、念写って知ってる?」

「ねんしゃ、ですか」

「超能力の一種なんだけど、術者が心に思い浮かべたものをフィルムに焼き付けるってやつ」

「へぇ……そんな超能力があるんですね」

「それだと、人間の目には見えなくても幽霊が写真に写るっていう現象は説明できる……ただ、これはこれで問題があるんだよね」

「ありますか」

「あるね。念写によって写った幽霊ってのは、そもそも幽霊じゃないんだよ」

「……あっ、そうか!」

「わかった?」

「はい。その幽霊は幽霊じゃなくて、超能力者が思い浮かべた画像でしかないんですね」

「その通り! やっぱり美里ちゃんは、オカケンに必要な人材だよ」

「そう……なんですかね」

「入って損はないよ?」

「う~ん……」

「ま、それはいいとして――だから念写による心霊写真は、形の上では心霊写真なんだけど、幽霊が写っていないという理由から心霊写真とは言えないんだ。あえて言うなら、合成写真と一緒で、偽物なんだよ」

「なるほど……」

「まぁ、幽霊が写る理由については、〈そういうもんだ〉と割り切るしかないと思う。幽霊の存在自体が、うさんくさいものなんだしさ」

「え……紗友さん、幽霊の存在を信じてないんですか?」

「私の立場はニュートラルかな。幽霊とか原人バーゴンとか、いたほうがそりゃ面白いよ。でもそういうのって、一般的には眉唾で、真面目に語ったりすれば、世間の人からはうさんくさい目でみられちゃう。でも楽しいよね、そういううさんくさいものについて語り合うのって」

「確かに……私いま、紗友さんとお話してて、すごく楽しいです」

「ふふ……美里ちゃん、ホントにウチ入らない?」

「……考えておきます」

「ちょっと進歩したね」

「考えるだけですよ……あと紗友さん、幽霊って結局のところ何なんでしょうか」

「強い残留思念……かなぁ……肉体が滅びても、恨みだとか心残りだとか、強い思いだけが残ったとか……テキトーなこと言ってるだけだけど」

「それがどうして写真に写るんですかね」

「わからないねぇ……あ、生き霊ってのもあるかな」

「生き霊って、生きてる幽霊ですか?」

「そんなとこ。恨みとか嫉妬とかをこじらせた結果、生きてるままに怨霊を発生させて、恨みの対象に悪さするっていう」

「生き霊も写真に写りますかね」

「さぁねぇ……写ったら面白いけど」


 しばらく紗友さんとオカルト関係の話をして、その場を後にした。

 別れ際、またオカケンに入るよう勧誘されたが、入りたいような気持ちになっている自分に驚いた。

 人と関わるのも新たな人間関係を築くのもひたすら苦手……そういうの向いていないってずっと思ってたから、自分の心の変化に戸惑っている。


 ここで、心霊写真についてわかったことを整理してみよう――


(1)適度にぼんやりしていて、怖いのが〈良い心霊写真〉であること。

 私の撮った心霊写真は、これに当てはまらない。紗友さんに見せたところで、本物だと信用されない。あるいは興味を持ってもらえない……ということになりそう。


(2)念写による写り込み説

 このケースだと、私が超能力者ということになる。

 最近になって、急に能力に目覚めたとか?

 あと、この説ではユウの存在を説明できない。


(3)生き霊がいる説

 ユウの正体が生き霊ということ。

 この場合は、どこかにユウの人間としての体があって、私と話しているのは、その本体の生き霊ということになる。


(4)強い思いが原因で発生した説

 ユウの過去に関わること。

 生きている時に何らかの恨みや心残りなどによって、ユウが幽霊になったという。

 原因を探って、その心残りを解消すれば、ユウは成仏できるのかもしれない。

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