第12話「そして奇跡は組み上がる」

 サレナとエルベリヲンは反撃に転じた。

 見るも無惨な被弾の数々を演出し、自ら暴発させた火器で瀕死を装った。そうして、敵の艦砲射撃が収まった瞬間、その間隙かんげきに動き出したのだ。

 無論、協商軍は驚いた筈だ。

 ビームの集中砲火で、今まさに沈まんとしていた戦艦が牙をいたのだ。

 それも、全くその力は衰えておらず、ダメージも感じさせない。

 実際のダメージはあったが、サレナはかたわらのエルベを信じていた。


「両舷全速、照準補正! エンテ少尉、再射撃です!」

「あいよー、至近弾夾叉きょうさ、次は当たるよんー? 次弾装填、誤差修正完了」

っ、てえええええええっ!」


 サレナの絶叫と共に、再び砲弾が放たれる。

 前回同様、ビームではなく質量を持つ実体弾だ。鋼鉄の何倍も比重の大きい、特殊合金で造られた徹甲弾である。その重く凝縮された一矢いっしを、エルベリヲンの主砲は超電導で射出する。

 レールガンにもなる主砲から放たれた高密度の殺意が、目標を貫いた。


「直撃っすよ! 敵旗艦トゥルーノア、被弾! 速力落ちてるっす!」

「今ですっ! 機関最大出力、包囲網の一番もろい場所に突撃してください!」

「包囲艦隊の足が止まってるっす! 一番薄い場所へ……吶喊とっかんします!」

「艦首魚雷発射管、1番から8番まで注水、安全距離設定を0へ、発射!」


 魚雷には、安全距離の設定がある。発射した艦艇の安全を守るため、定められた距離の内側では爆発しないようになっているのだ。

 だが、サレナはそれを無視して魚雷を放った。

 超弩級戦艦ちょうどきゅうせんかんエルベリヲンの艦首、喫水線きっすいせんの下でエーテルに泳ぐ魚雷が解放される。

 放たれた魚雷は、そのスピードに追い付き追い越さんとするエルベリヲンの鼻先で爆発した。手当たり次第に協商軍の艦船に突き刺さり、炸薬を起爆して炎を呼び込んだのである。

 だが、そのさなかでエルベリヲンは前進を続けていた。


「正面、ぶつけますっ! このまま……みんなの道を、こじ開けますっ!」


 被弾のダメージで燃え盛りながらも、エルベリヲンの力は全く衰えていなかった。魚雷攻撃で被弾して慌てる艦隊に、真っ直ぐ正面からぶつかってゆく。

 そこから先は、見るも無惨な力勝負だった。

 なまじ密集して密着し、概念力場フラクタル・フィールドを互いに重ね合っていた協商軍。

 その身動きが取れない状態に、雷撃と共にエルベリヲンが突っ込んできたのである。しかも、その魚雷は……撃ったエルベリヲンが爆発の範囲内にいても無条件で炎を上げる。

 あっという間に、エーテルの海は獄炎に満ちて燃え広がった。


「サレナ艦長、敵艦から反撃ありません! しかし」

「このまま包囲の外へと突切ります!」


 まるで、凍てつく氷海を割るがごとくだった。

 フルパワーで突撃するエルベリヲンを前にしては、協商軍の軍艦は全てが等しく無力だった。ただ、障害として乗り越えられる……邪魔なものとして、切り裂かれてゆく。

 だが、そのエルベリヲンの艦橋ブリッジでサレナはまだ臨戦態勢を解いていなかった。


「敵旗艦、トゥルーノアから目を離さないでください! 魔女はまだ、死んではいません」

「まもなく、包囲を突破します……あちゃー、ドーナッツに風穴が空いちゃったよー」

「エンテ少尉、そういうのはいいすから! それより、あっ……いわゆる空母的な連中を集めた艦隊、反転してきまっす! 同時に、艦載機の発進を確認!」


 魔女と呼ばれた提督、リズ・ヴェーダの判断力は流石さすがだった。

 大艦隊の艦艇で包囲し、その外側から空爆を重ねるアウトレンジ戦法を諦めた。この局面で、もはや不要と切り捨てたのである。

 素晴らしい判断だ。

 称賛に値する。

 これが、暁紅ぎょうこう戦姫せんきたたえられたエクセリアーデと並ぶ英雄、魔女の本当の実力なのだ。

 その英断がサレナに言語化できぬ痺れた感情をささくれ立たせる。


「トゥルーノアを中心とした艦隊、多数の艦載機が発艦!」

「包囲の輪を作っていた艦艇は、反転してきません! 多分これ、概念力場を重ねるために密集した結果、反転するためのスペースがないんだと思います!」

「でもでもー、敵機が無数に襲来だよー?」


 今ならまだ、艦体前部の一番砲塔と二番砲塔、主砲1番から6番までの散弾ビームで半数は叩き落とせる。

 そして、残ったもう半分の航空機が容赦なくエルベリヲンを襲うだろう。

 今、サレナは全身全霊で魔女と呼ばれた最強の提督に相克そうこくしていた。

 飛び級だエリートだと言われていても、サレナは孤児院育ちの平民である。だから、その血が特別な血筋を背負っている訳ではない。

 だが、短い時間とはいえエクセリアーデと交流して言葉を交わした。

 今はもういない彼女の全てを、自分が引き継いだという自負があった。


「機関最大戦速! 対空火器、フルオートで迎撃してください! そして……」


 あとはもう、選択肢はなかった。

 このまま、目の前に迫るトゥルーノアにエルベリヲンをぶつける。距離を潰せば誤爆を恐れて攻撃が鈍るし、艦と艦との純粋なスペックではエルベリヲンの方が上だ。

 だが、被弾してダメージを受けていても、トゥルーノアと直掩の艦隊は生きていた。次々と攻撃機が発艦し、晦冥洋めいかいようの狭い空がカーキ色に染まってゆく。


「ここまで、かあ……ううん、まだ! まだなにか……っ!」


 サレナがくちびるを噛んで、それでも最善手を模索して頭脳を急速回転させる。

 ここまでずっと、遺宝戦艦いほうせんかんエルベリヲンという最高のカードを持ってきたし、その意味を十全に発揮させるために鬼札ジョーカーとして使ってきた。今までの戦術は全て、先史文明のオーパーツであるエルベリヲンを前提に考えられてきた。

 だが、そのアドバンテージを使い切ったかもしれない。

 それでも、ダメージを受けて尚もエルベリヲンの攻撃力は健在である。

 ならば、それを活かす戦術を閃きたいが、状況はあまりにも絶望的だった。


『ご苦労さまですわ、艦長さん。ふふふ……サレナ、見事としか言えませんね』


 不意に突然、広域公共通信オープンチャンネルで声が走った。

 信じられなくて、一瞬サレナは思考が停止してしまう。

 艦橋の人員も同じだが、唯一傍らにふるえていたエルベが声を上げた。


「この声……エクセちゃん? エクセちゃんなの? どこに……嘘、生きてるの?」


 突然のことで混乱したのは、サレナたちだけではなかった。

 同じ通信を傍受した協商軍も、僅かに全艦の船足を乱す。

 流石の魔女も、死者からのメッセージに動揺を隠せないようだった。

 発信先をぼかしたまま、死せる戦姫の声が優雅に響き渡る。


『いかがかしら? 我が皇国軍が蘇らせた、遺宝戦艦の力は……ふふ、感謝してもよくてよ? あの子にわたくしが乗っていれば、今頃貴方たちはエーテルの藻屑もくずですもの』


 間違いない、この自信に満ちた横柄おうへいな物言い、エクセリアーデである。

 そして、突然メインモニターに外部からの映像が映り込んだ。

 それは、死んだと思われたエクセリアーデからのものだった。


『ごきげんよう、皆様……遺宝戦艦エルベリヲンの力、思い知っていただけたでしょうか。もし、協商軍に民間人の脱出を見逃す度量があれば、この力は眠っていたままでしたわね』


 映った映像は、以前と同じだ。

 脱出船団の第一陣が出港した時、その船からリアルタイムで放送されたとおぼしきエクセリアーデの姿である。以前見た通り、赤子を抱いている。そして、背後には無数の避難民が映っていいた。

 だが、突然カメラがゆっくりと下がってゆく。

 そして、驚愕の事実が明らかになった。


『協商軍の貴族様には興味がありませんの。ノブレス・オブリージュ……その高貴なる意志を忘れ、血筋と我が身を守ることしか考えられない者たち。千国協商ミレニアムの制度が許しても、わたくしが許しませんわ。そして』


 さらにカメラが引いてゆく。

 そして、本当の現実が明らかになった。

 避難民たちと共に赤子を抱いて笑うエクセリアーデ……その姿は、宇宙船と思しき室内で窮屈そうに身を寄せ合っている。

 しかし、カメラが引いてパンすれば、周囲の状況も映った。

 何重もの硬質硝子こうしつガラスを加工した船窓の外には、


「えっ……これ、出港した脱出船団の船内映像じゃない……ちょ、待ってください!」

「エクセちゃんらしいね……ふーん、なるほど。あ、ほら、見て……からくりがわかってきたわ」

「信じられない……全部フェイク画像じゃないですか!」


 先程、協商軍に不戦を誓って出港した脱出船団の第一陣……それは全て、無人だった。だれも人が乗ってない、オート操船だったのである。そして、もぬけの殻の無人船団は、まだ軍港にいるエクセリアーデの懇願こんがんを無視して殲滅せんめつされたのである。

 そのことを今、実は生きていたエクセリアーデは糾弾した。


「わたくしには、信用できる人間がわかります……魔女、貴女は信頼できる好敵手ライバル。しかし、そうでない者たちの毒牙に臣民をさらすわけにはいきません」


 同時に、異変が起こった。

 協商軍が全てのイニシアチブを掌握していたと思われていた、その宙域に無数の雷跡が疾走はしる。突然、なにもいないはずの宙域から協商軍は魚雷を受けた。

 放たれた魚雷は、トゥルーノアを取り巻く急造仕様の軽空母を襲う。

 あっという間に、魔女の艦隊は紅蓮の炎に包まれた。

 そして、今までエルベリヲンを包囲するドーナッツだった艦隊は、振り向くことができない。ギチギチに艦船を並べて概念力場を重ねがけしていた結果、あらゆる艦が回頭するスペースを得られなかったのだ。

 そして、復活の戦姫が高らかに叫ぶ。


『チェックメイトね、魔女……リズ・ヴェーダ准将。これから貴女あなたふねを無力化します。そこから先は貴女が選びなさい。さよなら、好敵手にして強敵とも。生き残ったら命を大切にするのねっ!』


 なにもない宙域から、魚雷が放たれた。そのポイントは、エルベリヲンのすぐ近くだった。そして、サレナは理解した……あらゆる艦が探知できない領域にひそむ、新機軸の戦略を背負った艦がいるということを。

 その奇跡を乗せた艦は、誰にも知られぬままに戦場に潜んでいるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る