転生物語

白銀隼斗

第1話 転生祭への準備

 高層ビルの間を風と共に巨大なカラスが通過する。ばさばさと音を起てて雑居ビルの屋上に着地した。

 無骨な脚を出して一人の男に近づいた。

「ご苦労」

 嘴を撫でる。カラスは喉の奥で甘えた声を出す。銀髪の男は街を見下した。


 年に一度の転生祭が今夜も幕を開ける。テレビも新聞もラジオもそればかりで、小さな街の殺人事件など夕刻の時にさらりと報道されるだけだった。

「今年は新たな神を迎えるんだろう。確か名前は……」

 第一都市とスラム街を繋ぐチャイナタウンにある饅頭屋の店主が空を仰いだ。スラム街からのM80が風に乗って広がっており、青空だと言うのに薄く膜がかかっているように見えた。またチャイナタウンの南側には工場地帯があり、そこからのガスがより一層空気を悪くさせていた。

「タツノトリノカミだよ。お前いつか治療を受けるぞ」

 饅頭屋の隣で商売をやっているタトゥースタジオの男が、呆れたような表情と口ぶりで言った。転生祭は身体にペイントを施すのが恒例であり、主に彫師の仕事だ。夜に間に合うようせっせと準備をする男に対して、饅頭屋の店主はのんびりとしていた。

「うーん、俺はどうにも覚えが悪くてなあ。前神ゼンシンの名前も朧げなんだよなあ」

 頭頂部の禿げた頭を擦る。男は中年太りをしたその背中を白い眼で睨みつけ、溜息を吐いた。

「お前が除教師ジョキョウシに眼をつけられないのが不思議でならないな」

 かぶりを振りながらよっこいしょと持ち上げた。中に入っている幾つもの瓶が身体をぶつけあって、軽快な音を奏でた。然し。

「おい止まれ!」

 男の怒声と共にざわめきが広がる。饅頭屋の店主とタトゥースタジオの男が気が付いて振り向き始めた頃には、必死に逃げる少年がすぐそこまで迫っていた。

「あっ」

 男と少年が眼を見開いた時には遅く、思い切り衝突した。尻もちをつく少年の頭上に、打ち上げられて飛び出した瓶が踊る。様々な塗料の入ったそれはスモッグを貫通する太陽光に照らされ、きらきらと輝いた。

 眼を奪われるような美しさに動けないでいると、それらは一瞬にして落ちてきた。大きな音を起てて少年の上に覆いかぶさる。ガラス瓶は割れて中の塗料が辺りに散った。

「あーあ!」

 男は大きな声をあげて溜息を吐いた。殆どの瓶は中身をぶちまけており、少年はカラフルなそれに埋もれていた。

「また迷惑かけたのね?」

 ぐりぐりと消毒液の染みた綿で傷口を抉られる。少年は反応して顔を逃がしたが、若い女は構わず傷口を消毒すると、次は大きめの絆創膏を貼り付けた。

「もう、どうしてあんな事ばかりするのよ」

 黒く長い髪に白い肌。そして海のように綺麗な青い瞳が特徴的な女、木ノ上 はるかは軽く腕を組んで問い詰めるように少年を見た。然し彼はむっすりと口を紡ぐばかりで答えようとしない。腕を解きながら溜息を吐くと背中を向けた。

「まあいいわ。お腹が空いたでしょう。何か作ってあげるわね」

 キッチンの近くに置いてあるエプロンを取って、鼻歌を歌いながら準備を始めた。そんな彼女を右眼は白、左眼は赤という珍しい色合いで見つめると静かに立ち去った。

 少年、龍恩寺 湊は小さな洗面所の前に立つと鏡を見た。幾ら磨いても隅の方は汚れて役目を果たそうとしない、チャイナタウンの東側、スラム街と繋がっている方はボロ屋が多いし貧困層も多い。

 湊はじっと鏡を見たあとべっと舌を出した。まるで蛇のように別れた舌は生まれつきだ。所謂スプタンというやつでわざわざやる人間もいるが、彼の場合はオッドアイと同じく最初から持っているものだ。

 然しちかちかと頭上の白熱灯が点滅し、次にはか細い声をあげて灯りを消してしまった。舌をしまって見上げる。洗面所、トイレ、シャワー室には日差しが入らないので昼間でも薄暗い、キッチンに行ってはるかを呼んだ。

「なあに」

 チャイナタウンのソウルフードとも言える小姑娘面包コムスメパンを作っている最中で、こんなボロアパートの一室に住んでいるとは思えない程機嫌が良く、正面から差し込む陽の光でとても美しく見えた。

「洗面所の電気が」

 少し掠れた声に手をとめて振り向く。

「あら? この前変えたばかりだけど」

 怪訝な表情で水道を捻って軽く手を洗った。時々濁った水がごぼごぼと音を起てて流れてくる事もあるが、今日は調子がいいらしくスムーズに顔を出した。

 はるかは洗面所に行って白熱灯を見上げた。薄く太陽光が伸びており、ぼんやりとした輪郭が見えた。壁を探るようにして触ってスイッチを確認すると、ONの状態だった。

「ここも古いからねえ……ちょっと待っててね。外を見て来るわ」

 湊に対して掌を見せるとエプロンを付けたまま玄関に向かった。拉麺屋の老婆から貰った古臭いサンダルを引っかけてドアノブを捻ると、軋んだ嫌な音が鳴り響いた。

「あらこんにちは」

 外に出ると隣人に住んでいる青年と出くわした。いつもは工場で働いているので昼間はいないし、定休日は基本籠っているから出会う事はあまりない。然し今日は転生祭なので工場は稼働しておらず、青年は困った表情で振り向いた。

「ああ、どうも」

 ぺこりと頭をさげる。友達がいないのか少ないのか分からないが、誰かを家に呼んで騒ぐ事もないのでこの歳の男子にしては受け入れられていた。

「どうしたの? 何か困りごと?」

 はるかはかなりの世話好きで彼が寝込んだ時には看病をした事もあった。それを湊が拗ねた猫のように恨めしく思って青年を睨みつけてからは、なるべくそういう行為をしないよう努めている。然し彼女は何かあれば手を差し伸べる。十代の男子に限っては。

「いや、急にテレビがつかなくなって……ポンコツだし型落ちだから仕方ないのかなって思ったんですけど、どうにもそんな感じじゃなくて」

 表に出てきて電力の根元を見ようと思った。案の定見てみるとメーターが動いておらず、電力が届いていない事を意味する赤いゾーンに針が振りきっていた。はるかも自身の家の方を見てみると同じ状態だった。

「これは……電力会社に電話しなきゃいけないかも」

 そうはるかが呟くと青年が小銭を握り締めて背を向けた。

「俺、電話してきます」

 さっさと走っていく様子に手を伸ばしたが若い男の脚力には追い付けない。「気が早いわね」と息を吐き、もう一度メーターを見た。

 ラサルタ国第一都市にある大手電力会社、PP社には一時間前から怒涛の電話がかかって来ていた。コールセンターは圧迫され対応が追い付かない。一つ終わったと思えば瞬間的に別の電話番号からかかってくる。きりがなかった。

「ちょっと、ボクがいない間に何が起こってるの」

 センター分けに垂れた黄色い瞳が色気を誘う高身長の男は、腰に手をやったまま騒然とする社内を見ていた。ストライプ柄のスーツという派手な出で立ちだと言うのに違和感はなく、いい意味でよく目立った。重役の一人が彼を見つけて慌てた様子で頭をさげた。

「黒田社長、こちらへ」

 男、黒田 如月は重役の案内に従って歩を進めた。いつもなら挨拶をする部下達が、今は慌てふためいてただただ自分を過ぎていく。普段上がりがちな眉は下がっており、眉間に皺が寄っていた。

「社長」

 そこには他重役と技術班のトップが数名集まっていた。如月は睨みつけるように彼らを見て、「どういう事か説明してもらえるかな」と低く言った。

 今から二時間程前、スラム街やチャイナタウンの一部地域、第二、第三都市の一部地域でライトがつかなくなったり電化製品が停止したりと不具合が発生した。その頃からちらほらとPP社に電話があり、何人か下請けの業者を向かわせていた。

 然し一時間もしないうちに被害は拡大。あっという間に供給がストップし、第二、第三の支部でもエラーが発生した。現時刻は十四時、そうこうするうちに夜が来るし、転生祭には多くのライトや街灯が使われる。このままでは暗闇のなかで新たな神を迎える事になる。

 如月は握り拳を作ったあと、テーブルにそれを叩きつけた。

「なぜ最初の段階で供給システムのチェックをしなかった! 業者の派遣が出来るならそれも出来たはずだ!」

 いつも柔らかく飄々とした性格の彼が、今回ばかりは鬼のように声を荒げて怒鳴った。重役達は返す言葉もなく、しんっと静まり返った。

 拳を解きながら溜息を吐く。張り詰めた空気に技術班のトップを見た。

「現場に連れて行ってくれ」

 供給システムは全てエラー。予備電力によって保っているが、それも時間の問題だ。

「どうやら魔石に何かが干渉したようです」

 淡々とした報告に端末を触り、顔をあげた。眼前には巨大な筒のようなものがあり、その中心には魔石が浮いていた。本来なら黄金色を放つのだが今はどす黒く光を失っている。

「その何かを洗いだす事は出来ないの」

「それ専門の魔法族を呼ばないと……」

 如月は舌打ちをすると反響するのも厭わず大きく言った。

「だったら会議室でボクを待ってる間にも連絡取れよ。ボクが何か言わないと行動出来ないの」

 ぎろりと睨まれ、小さく謝る事しか出来なかった。彼はまた溜息を吐くと端末を操作した。

「一先ずその時の状態を保管して魔石自体は復活させる」

 如月はPP社で唯一魔法族と契約を結んでいる人間であり、両手に特殊合成素材の手袋を嵌めているのは魔法族の力が自身に跳ね返らない為だ。一応他の者を下がらせて掌を魔石に向けた。

「雷電、魔石を復活させて」

 瞬間、ばちんっと火花が散るようにして電気が走り、一つの稲妻が魔石に落ちた。空気全体が帯電しており、ぴりぴりと肌が刺激される。ややあって魔石が光りはじめ、エラーがセーフに切り替わった。

『稼働開始しました。担当者は各フロアのロックを解除してください』

 自動音声が鳴り響く。重役達はほっと息を吐き、如月は腕をおろした。これで転生祭には一先ず間に合うだろう。然し誰が魔石に干渉したのか……ゆっくりと回転し始めるのを見つめ、眉根を寄せた。

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