老残退魔奇譚-夜に散歩はいかがかね?

千八軒

闇を歩く

「散歩をするには、深夜という時間は向かないものだね」


 私はずるりと隠剣おんけんを引き抜く。血の替わりだろうか。ヘドロのような黒い液体を噴き上げ、人の真似事をしていたソレは地に伏し、やがて動かなくなった。


 ――なんとも弱い。

 最近の妖魔は軟弱である。

 私が現役の頃は、一撃で絶命する妖魔などいなかったが。


「おじ様が強いんだよ。すごい」

「君にそう言ってもらえると、いささかの自信になるね」


 十代の頃から続けた闇の狩人という業。人を喰らい害する、人ならざる怪物たちを相手に大立ち回りを演じていたのはもはや六〇年も昔になる。最高の狩人と称えられた私だったが、肉体の衰えには逆らえず、第ー線をひくことになった。その後はたまに後進の指導などもしたが、最近ではそれすらもやめてしまった。


 今ではひとり寂しい隠居の身だ。


 まったく、家族でも作ればよかったのに。

 私は生涯独り身だった。ゆえに孤独。失う事を恐れた臆病者おくびょうものの末路である。


 そんな私の元にあらわれたのは、ひとりの少女だった。


 春先の午後六時、誰ソ彼レ時たそがれどき

 私の目の前にいたのは、年のころ十五ほどの少女。名をおつと言った。


かたきを探しているの。おじ様、助けて』


 切実な願いである。

 聞けば彼女は幼くして天涯孤独の身になったらしい。

 原因になったのは妖魔だ。以来それを仇と探し回っている


 やる事もなく、日々を過ごしていた私だ。狩人としての最後の仕事だと思い、彼女を助ける事にした。



 彼女の仇は、日中は人の姿を取る。判別は不可能だ。

 だが、真夜中だけは正体をあらわし、獲物を求めて徘徊するのだという。


「仕事がら、夜中に出歩くことは多かったが、こんなものを見るのは初めてだね」


 なるほど、言われた通りに真夜中零時に外を出ると、ちらほらと人型の影がうごめく。彼女が言うには、彼らは沢山居るのだという。


「あれは狩ってはダメ。向かってくる奴らだけを狩って」


 乙の指示通り、向かってこない影は見逃す。妖魔どもの中にも、害をなさないものも居る。そういう類なのだろうか。


 数日にわたり、深夜の散歩を楽しんでいた。

 結果、ついに私に対し、明確な敵意を向けてくる個体に遭遇する。

 

 最初は私を見て、大いに戸惑ったようだった。少しの逡巡しゅんじゅんの後、攻撃を仕掛けてきた。なんとも大振りな攻撃だ。腕の先から伸びる影が得物のようだ。衰えたといえど、最高の狩人と呼ばれた私の敵ではない。


 軽くいなし、懐に入り込む。

 影の中心を、袖に仕込んだ隠剣で貫いた。怪異はしぶとい。これしきの攻撃で仕留めたとは思っていなかったのだが、ソレはそのまま起き上がる事は無かった。


 ◆◆◆


「これで、もう十人は倒してるわ。襲ってくる回数も増えてきた。もうすぐ本体が出てくると思う」


 夜が訪れると、乙は陽気にしゃべりだす。

 枯れた私にとって、若い娘である乙との交流は得難いものだ。老骨に鞭をうち、夜の狩りをする価値があると思える。


「そうかい。それでは今日も行こうかね」


 隠剣おんけんと、退魔符たいまふ。それらを懐に仕込む。

 今日もまた、乙と共に深夜の散歩に出かける。


 続

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