53話 潜む毒牙
――生体反応、確認中――
ステラ・クルシフィクスはセラミックとチタンの複合装甲の中に格納された知覚機能を使って、仕留めた筈の3体のルークスを確認していた。超因果の閃光は破壊能力だけに限れば通常兵器を遥かに凌ぐ威力を誇る。その全力の一撃をあくまでも前方の一部分のみに留めて、アルデガルドそのものを吹き飛ばさないように調整して撃ち出されていた。
高度な演算機能と自律思考、そして内部に搭載された人格データは必死になって、爆炎立ち込める空間を
僅かな肉片、タンパク質のカケラさえあれば良い。
そうステラ・クルシフィクスが思っていた矢先、内蔵された心拍センサーが反応を示した。
――4体の生体反応を検知――
感知した瞬間、ステラ・クルシフィクスは素早くシールドを貼り直す。
その瞬間に自分の身体が浮き上がっている事に気付く。卓越した演算機能で算出された威力は150トン以上の衝撃を叩き出した。胴体部に咄嗟に張ったシールドで致命的損傷を避けたが、吹き飛んでいく勢いを殺すことは出来なかった。
「ロボットも油断するのね……!!」
衝撃を与えた犯人、メビュートは右手に炎を纏わせながら拳を振り抜いていた。炸裂する紅が視界に入り、弾けるような衝撃波と共にステラ・クルシフィクスは倒れ込んだ。
「ちぃ……かったいわねッ!!」
舌打ちしながら後退したメビュートの背後から、ロカリオが煙を払いながら現れる。煤の入った目を軽く拭った彼は、ため息を吐いて文句を言った。
「危うく消し炭になるとこだったぜ」
「ジーン、大丈夫?」
「は、はい……」
4人は多少煤まみれになりながらも、五体満足の状態で煙の中から現れた。ロボットの砲撃をロカリオの防御術で防ぎ切り、生まれた隙をメビュートが突く形になったが、いかんせん入りは甘かったせいで弾かれた。しっかりと胴体部を打ち抜くつもりだったが、装甲に薄く張られたシールドで防がれたからだ。
「シールドが厄介、出力された部位を破壊しないとジリ貧になる」
カーナの言い分に2人は同意する。そんな中でメビュートは自身の殴打が直撃する直前、ロボットが慌てたようにシールドを胴体部に張ったことを思い出していた。
まるで人間のように急所となる箇所を庇う様な仕草をした機械、間違いなく胴体部には活動に関わる大事な要素があると見ていた。
「2人とも狙うなら胴体よ、恐らく破壊されたら不味い物が入っている」
「シールドジェネレーターがあると?」
「それはわからない、けど庇うようにシールドを張ったって事は何かがあるって事でしょ。勘だけど」
3人は敵を観察する。腹から煙をあげた部分を摩りながら、ロボットも応えるように睨み返してきた。まるで自我を持っているような動きに微かな違和感を覚えるが、今は倒すことに集中すべきだ。
幸い地下空間は非常に広く、すぐさま崩落すると言った危険性は薄い。しかし長期戦になればメビュートの繰り出される術に耐えきれなくなって、アルデガルド全体が地下へと沈み込んで生き埋めという、間抜けかつ死者多数という笑えない結果になる。
「ロカリオ、私がアシストするから貴方がぶち抜いて」
「了解」
故に過剰な火力は無用、大雑把でガサツな性格に合わず、術のコントロールで言えばメビュートを上回る
メビュートは彼に攻撃を託した後、ロカリオの後ろにまわる。
「フゥ――行くぜ」
マグナ・ハスタを構えたロカリオは一息ついた後に、その場からかき消えた。最大速度で言えばメビュートには劣るが、ロボットのセンサーでは捉えきれない速さだ。
「ギ……」
ロカリオを排除すべく、機械は再び稼働した。脚部はまるで競走馬のように細くしなやかで、巨体に合わない動きを可能にしている。その優れた機能と腕から放出したエネルギーの刃、そして効率的良く敵を排除する論理的思考が迎え撃つ。
「へぇ……!」
ロカリオの乱れ撃つ刺突に合わせて、斬撃が切り結ぶ。ブラスターで撃ち合った時のような軽快な音と、飛び散る火花が無機質な空間を染める。
ロカリオの矛は一撃一撃が非常に重く、如何に堅牢な装甲でもダメージは免れない。それを切り結ぶ中で理解したステラ・クルシフィクスは、口内にエネルギーを充填させた。
(また? いやこれは――)
ロカリオがそれに気づいた瞬間、ピカッと口内が光り、閃光が放たれた。穂先で受け流したロカリオは次第にロボットの動きに磨きがかかってきている事を実感していた。
このままでは自身の動きは学習され、奴は強くなってしまう。そうなれば面倒極まりない事態に追い込まれて、負ける可能性が出てくる。
早く壊さなければ――ロカリオの目に冷たい光が灯る。
「オラァアアアア!」
メビュートの援護、無詠唱の火球が数発ロボットに着弾する。致命傷にはならなくともバランスを奪うには十分だ。苛烈になっていくメビュートの猛襲に合わせて、カーナは双剣を更に激しめに、かつ精錬された動きで切りつけていく。
「行くぜ――」
ロカリオは矛を持ち上げて投擲の構えを取る。腕の筋肉はギシギシと張り詰め、体内を循環するステラルムが見た目以上の力を引き出す。
狙うは胴体部、これほどのロボットが更なる兵装を展開すれば何が起きるか分からない。
「
この一撃で決める。
ロカリオの決意とステラルムが大地を穿つ槍へと姿を変える。惑星の地殻すら抉らんばかりの勢いを持って、ロカリオは音速を超える投擲を披露する。
「
地を砕き、立ちはだかる全てを潰す槍の一撃。刺し穿つというより、刺し砕くと言った表現が合うそれは空を切り裂きながらロボットの胴体部へと着弾した。
――
物理的接触の一切を拒絶する破格の防壁が、大地を砕く槍の一投を防ぐ――がロカリオが術に込めた効果は防壁破壊に特化している。
自分が持ちゆるステラルム全保有量よりも、下のレベル相手なら問答無用で破壊する術は、そんな破格のシールドを最も簡単に破った。
――緊急回避、不可――
ステラ・クルシフィクスは初めてまともな一撃を貰い、その場に頽れた瞬間に爆風に飲まれていった。
「きゃ……っ」
「危ない、ジーン」
とてつもない衝撃波がだだっ広い空間に行き渡っていくせいで、ジーンが吹き飛ばされそうになるがカーナが抱き抱えて防ぐ。近くに加減しているとは言え、ミサイルが炸裂したような物だ。
「わりぃ」
「大丈夫……」
ロカリオは内心罪悪感が満ちたが、カーナのおかげである程度は飲み込めた。か弱い少女であるジーンを怪我なんかさせて仕舞えば男失格――そんな気持ちでいたロカリオとしては、自分の術が怪我に繋がるような事になるのは防ぎたかった。
「いい一撃ね、大したもんだわ」
「お前には負けるんだよなぁ。まぁ当たりどころもよかったし、どうなってるかな」
辺りはすっかり火の海になりつつある。高熱を遮断している為メビュート達は平気そうにしているが、ジーンはそうもいかない。
なるべく早い内に、その場を後にしないといけない――そんな考えを中断させたのは、よろめきながらも立ち上がったロボットだった。
「ギギギ、ア……ガ」
「頑丈だな、おい」
ロカリオは呆れ半分驚愕半分な心境だった。
頭部のバイザーは剥げて、内部のプレートやケーブルが剥き出しになっている。口からは青い液体が血液のようにポタポタと垂れており、何処か有機体な要素を感じさせた。
「……何、あれ」
ただ1人、メビュートは他のメンバーとは違って絶句した表情を浮かべていた。ロカリオ、カーナ、ジーンは不思議に思いながらメビュートが凝視する先を見た。
「「な――」」
「ぇ……」
其処にあったのは――培養器に浸された子供だった。
胴体部の装甲は全て剥がれ、腑のようにケーブルが垂れ下がっていた。その中にある円柱状の容器に子供がいたのだ。
身体中には夥しいコード、アーマーのような外骨格がへばりつき、口には人工呼吸器のような管が通されている。
頭には特に太いコードが刺さったままで、子供はただ白目を剥きながら譫言のように何かの言葉を繰り返しているように見えた。
『実に背徳的で美しいと思わないか……ルークス』
どこからともなくコヴの声が再び響く。あまりにも人道を外れた物言いに、メビュート達は怒りのあまり視界が赤くなるような気がしていた。
『この小さな肉体に、星を征する力が宿ってるのだ。生命の神秘を感じないか?』
「……本当クソ野朗だな……お前」
メビュートは怒りで血走った眼で浮かび上がるホログラムを睨みつける。
『秩序の番人らしからぬ発言だな……、しかし何とも青い正義感だ』
コヴの全身を映したホログラムが突如、息を荒げるように機体を上下させるステラ・クルシフィクスの肩に現れた。コヴは皺の深い手で機体をゆっくりと撫でながら、再び口を開いた。
『高々子供1体、我々のような裏の仕事に携わる者であれば大した価値などない存在なのに……かの銀河の守護者と渡り合える兵器を作り出せるのだ』
まるで光悦としたような表情をする彼は、側から見れば異常者のそれであり、メビュート達に気味の悪い感情を抱かせるには充分だった。
「気色悪い……、でももうあんたらはお終いよ」
『というと?』
「もう必要な物は回収した、直に連合がフェルズにやってくる」
メビュートはニヤリと不敵な笑みを向ける。
そう、既に証拠は既に回収している。膨大なデータの中から連合の捜査機関が必要な情報を抜き出し、遠くない内にクライアントの素性を明らかにするだろう。
その過程でフェルズにも調査が入り、アグアムは解体されるのは間違いない。数百年続いた歴史に幕を降ろす羽目になるのはアグアム側だ。
『ははは……そうか、お前たちならそう思うだろう。アグアムを潰せば私達は終わると――まぁ私にとってアグアムなどどうでもいいのだが……』
「……?」
それをわかっておきながら、コヴは未だに愉快そうに笑う始末。
何故だ、彼はアグアムの存続の為にいるのではないか――メビュートがそう考えていると、コヴがまた言う。
『最後に笑うのは、私だけでいいからな』
◆
「また揺れが……!」
「気をつけろ、崩落したらただじゃ済まない」
メビュート達が激闘を繰り広げている中で、アルとローク、ブレイスの3名は地下施設の中を疾走していた。彼女から来た救援要請を受け、微かに感じ取れたステラルムの力と、音の鳴る方向を目指す。
戦闘時の衝撃が起こる度に、施設内を照らしている照明がパチパチと明滅する。余程強敵なのだろう、アルは段々と振動が大きくなる度に、身が引き締まるような思いを抱いていた。
「……何か妙です」
ニナがポツリと言うと、アルは不思議そうな顔をして見やった。
「何かあったのか?」
「……端末にはメビュートから連絡来ているのですか?」
言われた通り、アルは腕につけたバンド型の端末を叩くとメッセージ画面が表示された。
確かにメビュートから「支援」と銘打った内容のメッセージが来てはいる。
「彼女は待機を命じていたのですよ?」
「でも何かあったら連絡するって」
「それにしては……内容がざっくりすぎます。戦いの最中だからとも言えますが、彼女の事なら退避するように言うのでは?」
アルは其処で気づく。確かに彼女の性格なら逃げるよう言ってもおかしくない。あれだけアルに対して無茶をするなと言った彼女だ、何故態々支援要請してきたのか――そう考えていると、ロークが片手を翳して「止まれ」と指示する。
「どうした……?」
「揺れが収まった……」
アルは耳を澄ませる。
確かに彼の言う通り、断続的に続いていた凄まじい爆音と揺れが静まり返り、明滅する照明が鳴らす音だけになっていた。
「一体何が――」
そう思った矢先――突如アル達がいた区域の照明が落ちてしまい、辺りは漆黒の闇に包まれた。
「な!」
「アル……気をつけて。誰かが私達を狙っている」
ニナは既に衰えたと思っていた悪意を察知する能力が、再び目を覚ます。
暗闇の中で誰かが見ている――アルは内心でニナの言葉を反芻していると、聞き慣れた声がアルを呼ぶ。
「アル……! こっちだ」
「ローク!」
「声がする所まで来るんだ!」
ロークもそんな何者かの存在を感知しているのか、焦ったような声色で呼びかけてきていた。ひとまず今は仲間と合流すべきなのは間違いない。
アルは急ぎ目にロークの元へと駆け寄る。
幸い暗闇の中でも居場所がわかるくらい、はっきりとロークの声が聞こえてきた為、迷う事なく向かう事は出来る。
見えない中を手探りしながら足早に進むと、また声が聞こえる。
「こっちだ」
「ローク……!」
やっと着いた――アルが安堵すると、照明が再び息を吹き返した。
「……なんだここ」
其処でアルは絶句する。
だだっ広い円形の部屋、壁にはアルミ製を思わせる鈍い銀色をしており、用途が全く分からない部屋だった。
「なぁ、ニナ――」
「アルッ!!!」
ニナの劈くような悲鳴、たまらず振り返ると其処に居たのは。
「悪く思うな、アル」
ブラスターを此方に向けるロークがいた。
次の瞬間には赤いマズルフラッシュが煌めき、アルの胸を撃ち抜いた。
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