『弱みと思い』

私――深川奏は雪村真白に憧れていた。"高嶺の花"という言葉がぴったりと当てはまるような、美しい少女だった。



彼女は、その美貌を鼻にかけるでもなく、いつも笑顔を絶やさず、誰にでも分け隔てなく優しく接した。



そんな彼女の性格もあってか、男子生徒のみならず女子生徒たちからも絶大な人気を誇っていた。だが、そんな彼女でも小説のことになると"優しさ"を捨てて熱中する姿があった。



いつもの優しい口調もなくなり、厳しさしかなく、まるで別人のような雰囲気になるのだ。でも、それは小説に対して真剣だから。



そんな真白の姿は好きだったし、私はその姿に憧れていた。ただ――。



「うわ~ん……聞いて!奏~~!また菜乃花ちゃんに厳しいこと言っちゃったよぉ~」



涙目になりながら私に飛びついてくるその姿はとてもじゃないが"高嶺の花"のかけらもなく、情けないものだった。



「ったく、真白。また菜乃花に厳しいこと言ったのか?てゆうか、菜乃花は全く傷ついてないと思うけどな」



「そんなことわかってるも~~ん!真白だって褒めたいのよ?だけど、どうしても厳しくなっちゃうんだもん……」



「……真白先輩って弱っているときこんな感じなんですか~?可愛いですねー。揶揄いがいがありそうだし」



そう言ってケラケラと笑うのは白鳥真美。私達の後輩だ。天使のような見た目とは裏腹に腹黒いところがあるから要注意人物でもある。



「揶揄ってもいいけど、クソ面倒くさいことに付き合わされるぞ?」



「え~?!それなら辞めておこうかな~…奏先輩みたいに私心、広くないし。菜乃花先輩なら大歓迎なんですけどね。泣きついてくるのは」



ゾクゾクするし、と言いながら興奮したようにそう言った真美。……こいつは変わらないな……。



「今日だって菜乃花ちゃん来てないし~~!私のことが嫌いになったに違いない……もうおしまいだよ……」



「いや、それはねーって。ライン見てみろよ。真白の言葉に火をつけられたみたいだし。今日は来ねーけど、明日なら来るだろ」



菜乃花――というか文芸部の部員は全員負けず嫌いなところがある。真白の小説に対する熱意は皆が認めていることだ。だから、真白に発破をかけられた菜乃花は今日は来ない。それぐらい菜乃花も小説に真剣なのだ。



「菜乃花先輩は小説に真剣なんですよー。私菜乃花先輩のそういうところが大好きですけど~~……愛の言葉を囁けないのが唯一の欠点ですねー。まあ、そこも含めて好きなんですけど!」



真美がニヤリと笑って言った言葉を聞いて、私と真白は揃って頷く。ここにいる全員が菜乃花のことが好きなのだ。勿論、恋愛感情としてだ。



「でも~~……!真白はぁ……」



目が潤み、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。これは重症だな……。



「真白は菜乃花ちゃんのこと大好きなんだも~ん。本当は菜乃花ちゃんのことむちゃくちゃにしたいし……!それに……!」



「それに……?」 



「…菜乃花ちゃんのこと独占したい……」



独占欲。それは誰でもあることだ。私だって菜乃花のこと独り占めにしたいし、誰にも見せたくない。この気持ちはきっと他の奴らも一緒だろう。



「まぁ、それは私もそうですけど。可能なら監禁したいですよー」



「……監禁って……それは辞めておけよ?」



……真美の場合本当にやりかねないから怖いんだよな……。



「分かってますよー。菜乃花先輩が嫌がることはしませんよ。でもー、菜乃花先輩が私達の元から離れたら私は菜乃花先輩を監禁しますよ?…もう二度と会えなくなるぐらいなら監禁して永遠に自分のものにした方がマシでしょ?」



「…………狂ってるな」



狂気的な笑みを浮かべながら淡々とそんなことを言う真美。その瞳には確かな本気さを感じた。



「うう……真美ちゃんが怖い……」



「真白先輩もいつまで弱ってるんですか~?真白先輩がそんなんだと私が菜乃花先輩のこと取ってしまいますよ?いいんですか?」



「は?私を忘れるなよ。真美。私だって菜乃花のことが好きなんだ。これは譲れないぞ」



「ち、ちょっと待ってよ!私も!菜乃花ちゃんのこと好きなんだけど!?」



見えない火花が散り合う。……このやり取りも何回目だろうか。でも仕方がないと思う。皆同じ人を好きになってしまったのだから。こんなことを繰り返しても無意味だと分かっている。だけど、やめられない。この気持ちを抑えることができないのだ。



「菜乃花先輩も焦ってるの丸わかりですし~。そういうところが可愛いんですけどね?」



「まぁ、確かに焦ってるな。私としてはそんな焦らなくても菜乃花を離すつもりはないけど」



「奏も真美ちゃんも余裕そうな態度取って~!真白だって菜乃花ちゃんのことは諦めてないんだから!」



そんな会話をした後私達はそれぞれため息を吐くのであった。

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