第47話 自分の飛竜


「ベックさんの話を聞いた時は、本当に驚いたんだ。君みたいな小さい女の子が飛竜テュールを呼べるなんて……って。ほんと、偏見だったよ」


 カールは、エルマがベックの飛竜を呼び出した時の話を聞いたらしく、その時の驚きや感動をとつとつと話してくれた。

 カールはけっしてお喋り上手ではなかったが、その言葉の端々からは彼の誠実さや優しさが滲み出ている。


 初めて会った時は少し気弱そうな人だと感じたけれど、それは思い違いだったようだ。


(意地悪イエルと同じくらいの年なのに、ちゃんとしてるよなぁ。こんな貴族の人もいるんだなぁ)


 プライドに凝り固まった普通の貴族ならば、自分の偏見を認めたり、わざわざ平民の少女に会いに来たりはしない。平民ですら、流民の娘と対等に接する人などいないのだ。


(ミンツェ王女さまやヌーラさんだけが特別じゃないんだ。世の中には優しい人がたくさんいるんだなぁ)


 さっきまで、下級衛士たちから向けられる視線にびくびくしていたエルマだが、今は心がほっこりと温かい。


「────でね、今までだったら、ヤズの機嫌が悪い理由がわからなかったんだけど、今はわかるようになったんだ。心が繋がってるって言うか、とにかくそう感じることが出来るようになったんだ!」


 カールは頬を紅潮させて飛竜ヤズとの関係を熱く語る。その姿は年下のエルマから見ても微笑ましいものだった。


「ベックさんにその話をしたら、ベックさんは最初からそうだったって言うから驚いたよ。僕は、儀式の実験に選ばれて本当に幸運だったよ。君のこともいろいろ教えてもらえたし」


「カールさんは、本当に飛竜テュールがお好きなんですね」


「うん。子供の頃は、竜衛士が騎乗した飛竜が空を駆けて行くのを見るのが大好きだったんだ。ずっと憧れてて、竜衛士になりたいと思ったのもその頃なんだ。

 ああ……でも、飛竜のことが好きなのはエルマも同じでしょ? 僕なんかよりずっと知識があるし、もしかして、君も自分の飛竜を持ってるの?」


「えっ?」


 カールの意外な問いかけに、エルマは虚を突かれた。


(あたしの……飛竜?)


 どうして今まで考えたことがなかったのだろう。そのことを不思議に思うほど、カールの言葉はエルマに衝撃を与えた。



 エルマは、幼い頃から飛竜が大好きだった。

 ソー老師にせがんで、彼の飛竜に何度も乗せてもらった。

 飛竜を呼ぶ儀式は何度経験しても感動するし、竜目石探しも楽しくて大好きだった。


 でも何故か、いつか自分の飛竜に出会えるかも知れないと思ったことは一度もなかった。

 飛竜を所有できるのはお金持ちだけ。そう思い込んでいたからかも知れない。

 そんなエルマの考えを、カールのひと言があっさりと打ち破った。


 もしかしたら、天空の神が住まう世界や、この世のどこかに、エルマと絆を結ぶ飛竜がいるかも知れない。そう思うだけで心が沸き立ってくる。


「────それか、もしかして、まだ共鳴する竜目石と出会ってないのかな?」

「はい、そうなんです!」


 カールの問いかけに、エルマは空色の瞳をキラキラさせて頷いた。

 頭に思い浮かんだのは、セリオスが店に入った途端に青い光を放った竜目石の輝きだった。いつか、あんな光を放つ自分の竜目石に出会えるかも知れない。そう思うだけで、顔がだらしなく緩んでしまう。


「あたしも、早く自分の竜目石と出会いたいです!」

「うん。エルマの飛竜はきっと幸せだね」


 カールはにっこりと微笑みながら頷いた。




 この夜、カールが発した言葉は、エルマの頭からなかなか離れなかった。

 宿舎の寝台に横になってからも、翌朝目覚めてからも、まるで一晩中考えていたかのようにすぐさまエルマを夢中にさせた。


 エルマは夢見心地のまま朝食を食べ、うっとりしたままマイラム竜導師長の執務室へ足を向けた。


 近衛府の廊下を歩いていた時、エルマは体格の良い衛士とすれ違った。

 すれ違いざま、彼の腕がエルマの肩に勢いよくぶつかった。ぼんやりしていたエルマは勢いよく跳ね飛ばされ、彼女は廊下に尻餅をついた。


「どこ見て歩いてる! 流民白っちょのガキが、デカい顔してんじゃねぇぞ!」


 わざとぶつかって来た衛士は、文句を言いつつ去って行ったが、エルマは心臓がバクバクしてしばらく動けなかった。


「────どこにでも無粋な輩はいるものだ。手を貸そうか? 小さな同業者」


 耳慣れない声と同時に、濃厚な香水の香りが降ってくる。

 慌てて顔を上げたエルマは、思わずヒェッと叫びそうになった。


 一難去ってまた一難。

 エルマの目の前には黒いマントに身を包んだ銀髪の男、王弟殿下お抱えの異国の竜導師が立っていた。

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