3
ここら一体は小さな店がいくつも並び、下町の商店街になっている。
この喫茶店を出ると目の前にさほど大きくない道路があり、そこを越えた向かい側に本屋がある。
藍之介はそこの一人息子だ。
私が高校生まで住んでいた実家と呼ばれる場所は、歩いて三十分ほど先にある。
少々込み入った事情があり、小さな頃から自転車で頻繁におばあちゃんに会いに来ていた。
藍之介の両親もおばあちゃんと付き合いがあり、よくこの店に来ていたので、顔を合わせる機会が多くなり、自然と親しくなった。
学校は違ったものの、放課後にこの喫茶店に集まり話すことが習慣化し、それが未だに続いている。
私は高校を卒業してからこの店を継いだけれど、藍之介は現在、大学一年生だ。
名前を聞けば誰でも知っている、超のつく有名な国立大学の優等生。
学科は文系だが、理系も得意なオールマイティ。
だから私が苦手なエクセル、ワードなどというパソコンの扱いもお手のものなのだ。
どうしてこんなにハイスペックな彼が、なんの取り柄もない私にずっと付き合ってくれているのか、永遠の謎だと思っている。
藍之介は私のノートをパソコンの横に置き、お世辞にも綺麗とは言えない文字を追いながらかたかたとキーボードを打つ。
ふわりとした紺色寄りの癖っ毛が、藍之介の長いまつ毛と耳の側で揺れる。
「……なんか送風、来てない?」
「よく気づいたね、そろそろ暖房を入れてみようかと試したらね、風しか出ない上に止まらなくなっちゃって」
「壊れているね」
「私もそう思う」
エアコンが故障しているなら、修理した方がいいのは誰でもわかるだろう。
けれど私には先立つものがない。
なので業者を呼ぶのを渋っている。
そして電気代という名の風が放出され続ける悪循環に陥るのだ。
シャンプーとリンス代を節約したいがために自慢……と言えるほどではなかったけれど、伸ばしていた髪もばっさり切った。
毛染め代も高いので今では天然の黒一色だ。
メイク道具は百円均一。恥を凌いで言えば、下着の新調もあきらめている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます