鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜

プロローグ

 息を切らし、駆け抜ける。

 私――栗添くりぞえ萌香もかは、狭く細い坂道を上り、急ぎ目的地に向かった。


 こんな肝心な時に限って、滅多に行かない都市部のカフェでランチしていた。

 クラスメイトの友達と「やっぱり都会はお洒落だね」なんて話をしながら、写真映えするパンケーキを収めようとスマートフォンを手にした瞬間だった。

 病院から着信があり、嫌な予感がした私はすぐに通話ボタンを押した。

 電話口からこぼれ落ちた言葉に耳を疑いながらも、弾かれたように店を飛び出した。


 夢ならいいのに。

 どうか無事でいて。

 せめて間に合いますように。

 そんな思考が超高速のメリーゴーランドのように、頭の中を回り続けた。


 やっとのことでたどり着いた、おばあちゃん家の近くにある総合病院。

 消毒液の匂いがする廊下を、音を気にしつつも小走りに行く。

 タクシーを利用できるほどの持ち合わせがなく、電車とバスで乗り継ぎをしている間に手術は終わったようだ。

 受付で聞いたNCUと書かれた集中治療室に足を踏み入れると、そこには変わり果てた大好きな人の姿があった。

 

 吹き出す汗を拭うのも忘れ、全身をくだで繋がれたおばあちゃんの側に駆け寄った。

 ベッドにすがりつくようにして名前を呼んでみても、皺の刻まれた瞼が持ち上がることはなかった。

 そこに立っていたお医者さんが首を横に振っていたのなんて、目に入らなかった。

 「おばあちゃん、おばあちゃん」と何度口にした頃だろう。

 透明の人工呼吸器越しに見える乾いた唇が、うっすら開いたことに気づいた。


「おばあちゃん、私、おばあちゃんのお店継ぐからね、絶対に絶対に、潰さないから!」


 おばあちゃんの最後の言葉の動きを、私は見逃さないように必死に捕らえた。


『もか、だいじょうぶ、たいせつなことだけ』


 大切なこと?

 大切なことってなに?

 その答えを告げる前に、おばあちゃんは天国に旅立った。

 ……柚子香ゆずかおばあちゃん、私、絶対、おばあちゃんが大事にしてたもの、守ってみせるから――。

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