第5話 生きろ

 ひんのわらすはくれえ玉


 すいのわらすはしれえ玉


 くれえ玉ひいがらおぢる


 しれえ玉すいがらあがる


 ニジがくわえて運ぶだじぇ



 リウはなにを考えるでもおもうでもなく、いわでものことそうしていられるだけの余剰などつゆさらなくて、ただただ無意識に歌っていた。声にならない声で。傍からみれば、わずかに唇がうごいているだけにみえたことだろう。血の気がひき、朱みがうすくなっていたため震えているようにもみえたかもしれない。

 が、その実、胸中では歌っていた。母親の歌う声に和して。母親がそばにきてくれているようなかんじがする。そばには父親もいて。いつの間にかニジも来ていて、脛のあたりに尾をからませ、頭をこすりつけしてくる。

 ああ、そうか。片手でおさまるほどであるかもしれないけれど、自分を、こんな自分であっても、大事におもってくれるものはあったのだな。稠密な冥暗のなかでこころづく。闇というあたたかな安らかな泥に包みこまれていて、沁みとおってくるものがある。親しいものらからのおもい。

 ーー生きろ。生きよ。

 それはリウの願いともなる。生きたい。

 後にそのときを振りかえると、リウは自分がでに不思議におもったものだった。今生になんの未練もなかったのに、どうしてつよく生きることを願ったのだろうか、と。不思議でありながら、同時に、わかるような気もされていた。そうつよく願われたからだと。自分という存在は、ひとりで出でひとりでおおきくなったわけではない。生まれ生みだされ、ふれ合い混じりあいとりどりのつながりのなかで初めて成り立つ。親しいひとのおもいが、すなわち、自らのおもいとなるのは、ごくごく平凡な、自然な道理であろうと。

 と、内部を覆う躰にふれたものがある。冷ややかな刃物、ではなかった。あたたかいひと肌だった。

 あ、とリウは深いところで閃く。やっと出会えたのだ、とかんじる。永年別たれていた、本来ひとつであるかたわれと。割れ目がぴたりと重なりあう。昏い水底から、まばゆい光の玉がうかび出て、水面から大気へとあらわれいずる。

 さりながら、リウが浅いところで連想したものは、肉親だった。とっちゃが迎えにきてくれただな。とっちゃ、とっちゃと訴えながらしがみつく。ひとたび離されそうになりながらもいやいやをし、必死でつよくしがみつく。熱くこみ上げ噴き出すもので、声にはならなかったが。

 とっちゃ、もうどこにも行がねぇで。

 背に腕をまわされる。幼子のように抱き上げられる。野っ原でうたた寝をしていて、長い長い、奇妙な夢をみていただけなのかもしれない。そうだ、そうにちがいない。これからわが家に帰るのだな。

 リウはちからを抜き、相手の肩にこうべをおとし、そして相手に前身をゆだねる。やさしいぬくもり、やさしい匂い。

 とんとん、肩甲骨のあたりをゆっくりした拍子で、かるくやわらかくはたかれる。


 

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