025
「アニマ家、ってシグの……」
「そう、シグの家。正確にはシグの親だ。二人は優秀でね。星読みとして最高峰の実力を持っていた。それこそ世界に誇れるレベルのね」
「…………………………………………」
あまり深く知りたくはない。アリシアさんが今その話をするのは必要だから。…………深く知ればわたしは彼をどういう目で見れば良いのか分からなくなる。彼の親が彼の生まれとほぼ同時に亡くなった。だからシグは親の顔を知らない。声を知らない。匂いを知らない。なのに、普通の子として生きている。だから、気味が悪かった。
「ごめん。この話は止そうか。…………、」
また、わたしの顔を見て、話を止めた。語る方が辛いだろう。アリシアさんは直接親から託されたって言っていた。それはつまり、目の前で、シグの親が死んだという事。そんなの、耐えられるはずがない。…………、逃げ出したいのはわたしじゃなくてアリシアさんの方なんだ。わたしが逃げてどうする。知るべきだ。知るべきなんだよ。だって家族だ。弟なんだ。だから知っておくべきだ。
「いえ、聞かせて、ください。わたしは、知りたい、です。シグが何故、アリシアさんの息子として生きていく事になったのか。周りのヒトのシグを見る目が、可哀想なモノを見る目なのか。教えてください」
「……………………、気付いてたんだね」
あの時、冬に孤児院の手伝いと銘打って採れた野菜を売りに出した時、お客さんのシグを見る目を見て、わたしは耐えられなかった。耐えられるわけが無かった。だって、全員が全員、シグを可哀想な目で見ていたから。
今更言い訳になると思う。ククルさんに炊き付けられて、わたしも一個くらいは売ってやるって、そう意気込んで、けど、あれを見たら、わたしにはとてもっ。
「あの時、原因不明の家屋の崩壊に巻き込まれた三人。シオン、アグベルド、シグルゼ。アグベルドは、シオンを守ろうとして瓦礫の山に潰され圧死、シオンは折れた柱に貫かれ出血多量のショック死。…………その手には、生まれたばかりのシグが抱きかかえられていた。親を一度に目の前で失った。名付けられたばかりなのに名付けた本人が居なくなってしまえば、シグルゼという名も消えて、彼の存在強度も低くなりやがて────だから、私は彼にシグルゼ・アシリオス・アニマの名を与えた」
アリシアさんの手は強く握られている。彼女にとってもトラウマなんだ。……、本当に聞くべきだったのかと、後悔しそうになる。
「ミーシャちゃん。たとえ、赤ん坊の時の事でも思い出せないだけで記憶は無くなることは無いんだ。積み重なっていく事で掘り出しにくくなるだけ。だから、彼の見た光景は、赤色として残ってる。そんなの、トラウマになるでしょ? 自分の親が目の前で真っ赤に染まっているんだ。そんなの、あんな小さい体で受け止めきれるわけがない。気付いたのは、彼が五歳になる頃だった。彼には凡そ心と呼べるモノが無い」
「……………は? で、でもっ、シグは普通に話して、普通に……っ!」
…………………いや、いいや、そうだ、わたしは、
「キミはシグが笑っている所を、見た事がある?」
「────────────っ、で、でもきちんと話して、そ、そうだ! あの時、わ、わたしが孤児院で冒険者ごっこに参加させられてた時! あの時はククルさんと楽しそうに話して……っ!」
アリシアさんがゆっくり首を横に振る。
「あれは全部、他人の真似事をしているだけだよ。こうであれば不自然ではない。こうすれば皆が納得してくれる。そうやって彼は真似をしているんだ」
「そん、な。だ、だって……っ」
わたしは今までシグが何を考えているか分からなかった。アリシアさんでも分かるようになってきた。セニオリスさんだって…………。…………………………シグだけ分からなかった。思いっきり打っ叩いてしまった時もあの作ったみたいな怯えた表情で──────。普通に過ごしている? そうか、気味が悪かったのは、彼の出生から来る違和感じゃない。機械みたいな、あの……っ!
「…………魔法が使えないのは、それに、関係してるん……ですかっ。なんで、星読みだけ出来るんですか。なんで……っ!」
「────────……………」
アリシアさんの目がこれまで見た事の無い程に濁っている。嫌だ、そんな表情、見たくない。アリシアさん、は。
「分からないんだ。精神的なのは、たぶんそうなんだけど……。彼には凡そ、魔力と呼べるものが無い」
「………………………え? で、でも星読みは出来ていてっ!」
「それが謎なんだ。分からないんだ。何故、星読みが出来るのか。何故、生きていられるのかさえっ!」
「生きて、いられる……? どういう……意味ですか」
アリシアさんの目がわたしから離れる。
「私が彼を拾った時、彼の体は殆ど壊れかけだったと言っても良い。私に手を伸ばしたのは、何故だったのか。何故あの状態で動けていたのか、私には、分からないんだっ」
「でも、だってっ! し、シグはあんなに元気でっ! 生きてっ!」
「…………………………ごめん」
アリシアさんが立ち上がる。
「アリシアさん……? ────、アリシアさんっ!」
彼女は杖を取り出してそのまま、消えてしまった。
「…………………………何、それ……っ」
話の途中だとか、逃げる事とか全部含めてごめん、と謝ってアリシアさんは転移した。
「シグ、は、だって……っ」
半年余りの時間の記憶を遡る。笑っていたはずだ、怒っていたはずだ、泣いていたはずだ、年相応に好き嫌いして、ニンジンを残してアリシアさんに怒られてっ! そういうのがあったはずだ。あったはずなんだっ! じゃないとダメだ。そうじゃないと、彼はっ、!。
「────────────── あ」
ある訳無いじゃん。そんなの。心臓がうるさい。わたしはどれだけわたしのことだけで手いっぱいなんだ。追い詰められていたのはアリシアさんだ。わたしじゃない。わたしじゃないんだよ。何回も言ってるじゃんッ! わたしはさいていだ。さいていだ、さいていだっ!
「さいっていっ!」
思いっきり自分の頬をビンタする。
「つ──────ぅう…………っ」
痛い。温かい嫌な痛みが頬を埋め尽くす。視界がじーんと滲む。半年も一緒に居て、気付かない程、わたしは鈍感なの? 本当に? 本当にそうなの?
「………………………………シグ、は」
自分の事をきちんと自覚していないんじゃないだろうか。そうだ、思えばおかしいじゃないか。殆ど生まれた時から一緒であるはずのアリシアさんとセニオリスさんに対してなんであんなに丁寧に接するんだ? 自然すぎて気付かなかった。だって出会った時も丁寧な言葉遣いで話してくれていた。…………シグは、何を思っているんだろう。わたしの事をどう思っているんだろう。いや、せめて嫌われていても良い。何とも思われていないのだけは嫌だ。
「──────う、うぅ、ぁ────つっ」
苦しい。神子だとか選択だとかそういうので迷っている時よりも心が痛い。貫かれてしまったかのように痛い。なんで?
「わたし、は……」
理由は簡単。あんなでも、わたしは彼を弟として、見ていて。そうだよ、だって嬉しかったじゃん。一人っ子のわたしに弟が出来るって、シグにもそう言ったじゃん。
「 」
ドアが開く。
「あれ、シアちゃんが……」
セニオリスさんが、入って来た。思ったよりも帰ってくるのが早かったようだ。
「……っ! どうしたの!? シアちゃんと喧嘩した?」
「わた、し、シグのお姉ちゃんに、ちゃんと、なれますか……っ!」
「────────────そっか。聞いたんだね」
「わたしは、なれますかっ! なれていますかっ! セニオリスさんっ!!」
「………………そうやって言えるなら、なれてるんじゃないかな」
初めて、セニオリスさんのそんな優しい声を聴いた。ふわりとした匂いがわたしを包む。優しく抱擁されている。
「ありがとう。シグの事でそこまでなる程思ってくれて」
「…………教えてください。アリシアさんはまだ隠し事をしています。教えてください、セニオリスさん。わたしは、知ってようやく、シグと家族になれる気がするんですっ! だから、教えてください……っ」
「シアちゃんは、どこまで?」
「……シグには凡そ心が無いってところまで。トラウマだけで、そうなるモノなんですか」
「うん。なるんだよ。ヒトにとって埋め込まれたトラウマは心を殺す事だって大いにある。でも……………、誤魔化すのはやめよっか。ミーシャちゃん。シグは、自分で閉ざしている状態なんだ。心が無いわけじゃないはずなんだよ」
「どういう、ことですか」
「心無いわけじゃなくて閉ざしてるの。閉じ籠って出てこないんだ。外から幾らノックしても返事が返ってこない。布団に包まって、あの日の悪夢をずっと見続けてる」
「……………、何か、してあげられないんですか」
「出来ない。あれはシグの中でシグが解決しないといけない問題なんだ。というか、出来なかった。何度も試したんだ。何をしてもダメだった。でも諦めた訳じゃないから安心して」
「それは、そうだと思いますが……。いえ、違う。違います。それならシグはどうしてあんなフリをし続けているんですか。なんであんなに痛々しいんですか。なんであんな目で見られないといけないんですかっ! あんなの、あんなの……っ!」
「シグの家はファブナーリンドでは有名だったからね。シアちゃんが直接助けたとはいえ、目の前で両親が亡くなったのを皆知ってる。それに、皆気付いているんだよ、あの子が笑わない事に」
「………………………………………」
「最初は国の皆気にしてくれてた。ううん今も気にしてくれてる。だから安心して一人にしても大丈夫なんだ。彼に何かあれば国の皆が守ろうとしてくれる。といっても、シグの行動範囲内だけだけどね。子供はよく笑うのが仕事だ。五歳の時、彼が笑わない事に気付いた。もっと早くに気付くべきだったんだろうけど、ボク達は色々と忙しくてさ。気付いてあげられなかった」
「……………………真似をしだしたのはそのころなんですか」
「笑わないといけないことに彼は気付いたんだ。普通じゃないって気付いたんだ。周りのヒト達を見て、ね。だから真似をしだした。それを、皆知っているんだ。痛々しい張り付けた仮面みたいで、機械みたいで、嫌な表情」
「だから、皆あんな目で見るんですね」
「怒らないであげて。皆優しいのはほんとだよ」
「わかってます。可哀想でもみ下してなんていなかった、ですし」
セニオリスさんがわたしを抱く腕に力を籠める。
「ありがとうね。ミーシャちゃん」
「……………………………………………………………………」
……………言いたい事が多すぎて纏まらない。わたしは、彼に何をしてあげられる。何も持ってないわたしが彼をどうこう出来るの? 無理だ。わたしはわたしが幸せになることも出来てない癖にそんなの出来るわけがない。だけど、だけど……っ。シグは弟、だから。
…………────────────、違う。そうじゃない。そうじゃないでしょ。わたしは何の為に孤児院に連れていかれた? あの時、わたしは孤児をどう見てた……っ! 違う、違う、違うっ! シグに対してこんな感情を向けるのは間違ってる。シグは弟だ。わたしの大事な弟だ。半年余りしか経ってないけどそれは絶対変わらないっ! だったらわたしが彼に出来る事はたった一つでしょうがっ!
「わたしは彼を憐れみません。可哀想だとは思いません。確かに両親を失ったのはとても悲劇的な事で悲惨な事だったのかもしれません……。でも、シグは、セニオリスさんやアリシアさんと一緒に居て、きちんと愛されて育っています。この半年でそれは痛いくらいに分かります。お二人がどれだけ苦労しているかも、どれだけ悩んでいるのかも、今分かりました。わたしは彼を不幸だと笑いません」
だってそれじゃあいつらと同じじゃないか。
「わたしは彼を幸せモノだと後ろ指を指しません」
それじゃあ家族なんて言えない。弟なんて言えない。彼は嫌がるかもしれないけど、わたしは、それでも、なれるのなら、彼のお姉ちゃんになりたい。一緒に暮らしているんだから……っ!
「わたしは、……わたしはっ」
「うん。本当にありがとう。気持ちは十分伝わってる。キミの彩は本当に綺麗だ」
セニオリスさんがわたしの頭をそっと撫でる。少しだけ耳に触れて、あぁこのヒトは獣人を撫でるのに慣れていないんだなとすぐに分かる。アリシアさんはともかく、セニオリスさんは他人とのスキンシップをあまり好んでいない様に見える。アリシアさんは良くシグの頭を撫でたりしているけど、セニオリスさんは、あまりそういうのを見ない。わたしに対しても尻尾とか耳とか撫でて良い? とか聞くけれど、あれも全部本気じゃない。断られる事を分かっている上で言っている。
「ミーシャちゃんはいつも通り接してあげて。知っちゃったら難しいかもしれないけど、さ」
「いつも通りに接する……当たり前じゃないですか。わたしは、……、きちんとお姉ちゃんになります。お二人がわたしを家族と言ってくれているのなら、シグにもそう思われたい、ので」
「そっか。はぁ……本当にいい子だなぁキミは。シアちゃんが戻ってきたら、ご飯食べに行こうか。デザートを付けてあげよう」
「……それ、アリシアさんにも言われました」
「あらら。じゃあ二つ? 良いよ、一杯食べようね」
そんなに食べれませんよ、と返すと、なんだかどっと疲れている事に気付いた。いきなり渡された大量の情報に脳が追い付いていないんだと思う。たぶん心も。らしくない事ばかり言った。
「…………────────っ!?!?!?」
今更になって途端に恥ずかしくなった。
「それにしても、お姉ちゃんになりたい、かぁ!」
「う、うるさいですねっ! らしくない事言ったのは自覚してますよぅ!」
でも本音なのは違いない。今更だと思う。笑われるかもしれない。ううん。笑ってくれるならそれで良いんだ。
「それじゃ、大人しくシアちゃんを待とうか」
「探しに行かなくて良いんですか……?」
「う~ん、今は、もう少しそっとしておこう。ミーシャちゃんは何も悪くないからね。色々溜め込んだモノがたまたま自分で語る事によって整理されて、爆発しちゃったんだと思う」
「そう……ですか」
「気持ちが落ち着くまであの子はそっとしておこう。大丈夫。二時間以内には戻ってくるよ」
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