012

 孤児院は教会の隣に建てられている。大きめの建物だが、教会のような特別な装飾が着いているわけでも無い。一般的な民家がギルド程の大きさで建てられているだけだ。ここの中にいくつもの部屋があり、そこで孤児たちが暮らしている。その中にはトルガニスから流れて来た子も居る。戦争中でも内紛中でも無い癖に、あの国からは難民が絶えない。いつか、あの国からヒトが消えてしまうのではないかと不安になる程だ。……それも時間の問題か。このまま行けば本当にあの国は無くなってしまう。国としては自業自得だ。だが国民に罪は無いだろう。……いや、良い。この話は今はどうでも良い話だ。神子に任せておけばいい。ただの一般国民が気にすることじゃない。


「さ、着いたよ。ここだ。丁度庭で遊んでるね。元気そうな声が聞こえる」


「…………………………」


 良く寝て良く食べて良く遊ぶ。それが子供のやるべき事だ。とは言えそれだけで彼女達を養う訳にはいかない。彼女達には畑仕事が任されている。それを収入として多少なりとも己たちが生きていくための資金とする。国からの援助も存在するが、全てを賄うには圧倒的に足りない。流石にそこまでの出資は行えるはずがない。ひもじい生活をしているかと言われれば、正直否定は出来ない。


「こ、孤児院…………」


 ミーシャが少し複雑そうな顔をする。ファブナーリンドにおいて平民、貴族、その区別は無い。だが、だが……孤児は。


「……………………………………」


「あぁ、まあそんな顔するよね。シグ、キミは何度か手伝った事があるよね。今日は収穫したモノを売りに行く」


「それをアリシアさん達がやるのはいささかどうかと思うのですが」


「なので今日はシグとミーシャちゃんにしてもらうのさ。とはいえ、今回はミーシャちゃんは見るだけだ」


「…………………………はい」


 俯いた彼女が何を思うのか。大体想像は出来る。孤児というのは、所謂親を持たない未成人。そこには難民も、奴隷だった子も含まれる。最悪だ。平民貴族その区別は無くとも奴隷に対して後ろめたい気持ちが尽きない。どこのヒトだろうと同じだ。確かにこれらのしがらみは無くなってきている。まあ、無くなってきているだけだが……全て無くなるのはいつになるやら。そもそも貴族平民という差が無いという事自体異常だ。ファブナーリンド建国においてその殆どが商人、その家族であったことも大きいが、貴族社会を嫌うヒトが作った国というのが一番大きい。


 奴隷……か。トルガニスでどれだけの奴隷が死んだのだろうか。奴隷を推奨していたあの国が事実上潰れたとなって、たくさんのヒトが消えた。主人を失った奴隷に生きていく宛ては無い。ネドアの騎士がある程度牽引し、ファブナーへと引っ張ったが、まあそれで解決したのはたった一握りだけだ。それも孤児院行きだった。とは言え、もうそのヒト達は六十から七十歳。生きているかどうかも知らない。アリシアとかセニオリスとか神子様とかそういうヒトであれば知っているだろう。


「ど、どどどどどこで売るんですか!?」


 声を荒げたミーシャがアリシアに問う。


「そりゃあ市場だけど……」


「い、市場…………ライラが居る……かも……っ」


 ライラ……? 誰だ、それは。いや知るわけないか。恐らく友達だろう。女の子か?


「ライラ? ……あぁ、そうだね」


 アリシアは把握しているのだろう。身辺調査くらいはしてるだろう。交友関係とか家族関係とか諸々全部把握済みだろう。何かしらの情報網があるのだろうが、なんというか怖い。


「シグ、いつもの場所ね。覚えてる?」


「はい、問題無いです。市場の中央、ミミララレイア直属の店、ですね」


「そう。ミミララレイアには既に伝えてあるから、解らない事があったら聞いてね。ボク達は見てるだけ。今回はシグの力だけでやってみよう」


「……………………はい」


 ミーシャを盗み見る。彼女はまだ俯き気味だ。


「とは言え、まだ少し早い。子供達と少し遊んでからでも良いでしょう。とくにミーシャちゃん」


「え、わ、わたし……ですかっ?」


 良い機会だ。彼女の孤児に対する認識を改める必要がある。いや、この言い方では間違っている。認識を改める? そうじゃない。そもそも認識していないモノを改めた所で何も変わらん。まずは認識することから始めなければならない。


 孤児とは、決して可哀想なモノではない。彼女達がどういう思いで、親を亡くしてでも生きているのか。それを決めるのは彼女達だ。勝手に周りが決めちゃならない。


「あ、遊ぶって言ったってわ、わたし……は……」


 緊張しい、人見知り、だからミーシャには少し厳しいかもしれない。だからこそやるべきだ。彼女達はまだ幼い。大きいのであれば十三歳も居るが、小さいのは四歳も居る。バラバラな年齢で二十人。ミーシャに良い刺激を与えてくれるかもしれない。


「……………………」


 ミーシャが少し怯える様にまた俯いてしまう。アリシアがそっと門に触れて小さな音を立てて開く。鉄製のモノで、嫌な言い方をするが、監獄の様な、そんな印象を持った。門が開いたことに気付いた子供達が駆け寄ってくる。


「しあ姉!」


 駆け寄ってきたのは大体五、六歳くらいの子供達が四人。綺麗に男女二人ずつだ。しあ姉と呼ぶのはここの子達だけ。


「あ、シグルゼも一緒だっ!」


「そっちの子は……?」


「この子はミーシャちゃん。ボク達の新しい子供だよ。仲良くしてくれる?」


「うんっ! みぃしゃおねえちゃんもいっしょにあそぼっ」


「え、えぇ……っ」


 ミーシャが困ったように頬を掻く。子供達はミーシャのスカートを掴んだり、袖を掴んだりして逃げられないようにしている。新しいヒトに対して好奇心が止まらないのだろう。気になる気になるっ、と彼女達は目を輝かせる。それを見てミーシャが余計困ったような表情を浮かべる。


「行っておいで。ボク達もちゃんと見てるから」


「…………は、はい……」


 彼女の人見知りはどうやら子供相手にも発動するらしい。一体誰であれば緊張しないのだろうか。親と、あとは……先ほど口に出していたライラという人物だろうか。確かに同性の女の子であれば緊張もかなり和らぐだろう。


 引っ張られたミーシャはそのまま庭の中心程まで進むと、子供達に釣られて足を止める。ミーシャは何をすればいいのか迷っているようだ。残念ながらシグルゼには助け船を出す程の優しさは無い。正確には、アリシアに制されたので助け船を出す事が出来ない。まああれくらいの歳の子達なら危ないことなぞ絶対に無いし、ミーシャもきっと心を開いてくれるだろう。


 子供の世話は大変だ。奴らの体力はほぼ無限。幾ら遊んでも幾ら疲れさせてもどこからか体力が湧いてきやがる。シグルゼもこの前蹂躙されたばかりだ。


「みぃしゃおねえちゃんっ! なにしよっか!」


 こんな子供達でも炉心は存在し魔力回路もきちんと通っている。まあ扱えたモンじゃないが、それでも稀に暴発する事がある。過度なストレスや身体的消耗によって故意ではなく偶発的に炉心が空回りして許容量を超えた魔力は魔法となって出力される。とは言えそれらは全て微弱なモノだ。アグニ等の簡単な魔法にも満たない。いつか前に言った魔方と言った方が正しいだろう。


「え、えぇ…………とっ」


「がんばれぇ~ミーシャちゃんっ」


 セニオリスが小さな声で本人に聞こえないように応援しながら、伸びをする。


「よ、シグルゼ。今日も来てくれたのか」


 その声は隣から聞こえる。男の声で、シグルゼよりも年上の、十五歳の少年。


「おはよう、ククル。成人したんだったな」


 黒髪の長身の彼はどうやら少年というより青年と呼んだ方がイメージに合うかもしれない。成人したとは言え十五歳のはずだが、かなり大人びているように見える。


「あぁ。おかげで来月付けで騎士だ」


「そうか。剣術に関しては相当腕が立つもんなお前」


「そう褒めるなよ、照れるじゃねぇか。とは言え、騎士になっても鍛錬漬けの日々さ。さっきの爆発音ってそういう事だろ?」


「あ、あぁ。セニオリスさんが暴れた音だ。アリシアさんが止めてくれなかったら教会が吹き飛んでいたかもな」


「そりゃ凄い。なんというか、災難というか災害級というか……」


 ククルが大きく息を吐く。首を横に振ってやれやれ、相変わらず本当に化け物だな。と続ける。


 この歳で騎士になるという事はもしかしたらミーシャの代も騎士を務めているかもしれない。そう思うとなんだか複雑な気分だ。


「あの子は?」


 ククルが問うと今まで静観していたアリシアが口を開く。


「ミーシャちゃん。次期神子候補」


「神子候補……なるほど、いつか未来の俺の上司ってわけだ」


「大きくなったねククル」


「そちらは相変わらずお変わり無く……」


 二人を見てククルが膝を地に着く。一応は建国王だし、騎士となるなら一応の礼儀として膝は着くべきだろうという彼の判断だろう。前まではそんな事しなかったのに。


「やめなよそれ。私達はただの一般人だよ。騎士様が一般人に膝を着くなんてしちゃだめだよ」


「一般人……逸脱したヒトと書いて逸般人ですか?」


「はははー笑えないジョークだなー」


「すみません……」


 シュンっとなって立ち上がる。


「ククルが騎士……か。まあ太刀筋も悪くないし才能はあったけど……」


「正直稼げればどこでも良いんです。それこそ冒険者だって選択の内にはありました。ですが、早々に死ぬ訳にはいかないので、騎士を選択したんです。働き始めは難しいかもですが、給料の一部を孤児院の方に寄付しながら生きて行こうかと」


「ふ~ん。寄付……か。ま、良いんじゃない?」


「おぉ、意外! シアちゃんなら止めると思ってた!」


「…………なんでさ……」


「お金の事なら私達がどうにかするからしなくて良いよそんな事とかいつもなら言いそうなのに」


「善意を踏み躙ってどうするのさ……。ククルが決めたんだから口出ししないよ。それに、現状じゃどうする事も出来ないのも事実だ。言い方は悪いけど、これ以上孤児院に割くお金はファブナーに残されていないよ」


 ファブナーに難民やら孤児が集まるのには理由がある。トルガニスの事もそうなのだが、大陸中心にあるファブナーリンドはその周辺に歴史の波に埋もれながらも生きてきた集落が数多く点在する。たとえばオヴィレスタフォーレの中にはセニオリスが生まれた村の廃墟があったり、もちろんまだ活動している集落も存在しているが、そういう集落からも流れて来る子が居る。大抵は迷って出れなくなってしまったり、生贄信仰から流れ着いた孤児だったりなのだが……。まったく、神だなんて軽薄なモン信仰するなんてヒトの気が知れねぇ。それもシンジュルハだと余計気が知れねぇ。あんなモンヒトの悪意が生み出した化身だろうが。


「やはりこれ以上は望めないのですね」


「残念ながらね。ユメちゃんも頑張ってくれては居るんだけど厳しいモノが多いね。これ以上税金取るのも色々と……私も裏でこそこそやってるんだけどねぇ」


 溜息を吐く。それを見たククルが怯える。建国王の溜息だ。怖いに決まってる。世が世であれば斬首刑。トルガニスなら殺してバラして晒していただろう。怖いね。


 さて、ミーシャの様子はというと、勇者ごっこに付き合わされているようだ。彼女の役職は……後衛魔法支援……か。にしても


「なんか慣れてるなぁミーシャちゃん」


 そう、慣れている。なんというかやり慣れているというか。実際に魔法を使っている訳じゃない。のだが、立ち回りやケアが実戦、というか魔物戦と殆ど似通っている。どこでそんなの覚えたのだろうか。確かに彼女の父親は冒険者だが、アリシア曰く魔法をあまり得意としないヒト、そもそも獣人で身体能力でごり押しするタイプだって聞いてたから、彼女も魔法の知識は無いはずなのだが……。


「まあ相変わらず凄い慌ててるっていうか挙動不審な節はあるけど……」


 ミーシャが勇者側に就いているのも良いし、魔王は木人とは趣味が良い。オヴィレスタフォ―レ産の針葉樹の魔法耐性を舐めるなよ。あそこの外エーテルの濃度は異常数値の為、馬鹿みたいに魔力を吸って成長している。並大抵の魔法使いの攻撃じゃ燃えないし傷付かない。サミオイ近辺の森──エルフ共が名を付けない所為でそう形容するしかない──よりも魔力耐性があるとはイカれてる。まあ、それも麗涙の影響なのだが。


「シアちゃんも混ざってくる? ほら、好きでしょ勇者」


「…………どちらかというとそれはオリちゃんでしょ」


「ボクは魔法使いちゃんが好きかなぁ」


「………………────やん大胆」


「何、その反応。こわ」


 何赤くなってんだこの化け物。自分の事でもないだろうに。両頬を両手で隠すな気持ち悪い。


「魔王、ねぇ?」


 何故か赤くなっていたアリシアはすぐにいつもの調子に戻り、含みのある笑顔でセニオリスに詰め寄る。


「はははー、それは流石に性格悪いよシアちゃん」


「おい、都合が悪くなったら逃げるなよ私が悪くなるじゃん」


 恐らくこのまま二人の世界に入り込んでいくだろう。こうなっては仕方ない。放置だ。


「この調子じゃ暫く戻ってこないな。シグルゼ、今日は手伝ってくれるんだってな」


「あぁ。うん。手伝うけど、あくまでミーシャさんに認識させるっていうのが目的だけどな」


「そうか。…………見た感じ普通の獣人……獣人がなんで魔法ポジに就いてんだ……? というか獣人が神子……? 魔法はどうすんだよ」


「なんか魔力回路が特殊らしいよ。俺はあんま詳しくは知らないけど、一度使った魔法を形状記憶って言うのかどうかわかんねぇけど詠唱無しで即時扱えるらしい」


「どんな魔法でもか?」「みたいだ」「はぇ~そいつぁすげぇ。俺も魔法はからっきしだからなぁ」「お前が魔法使ってるところは想像出来ないな」「俺もだ」


 獣人でもエルフでも無い所謂ノーマルである彼だが、魔法は苦手とする。残念ながらノーマルであれば魔法適正は完全に運。生まれによって変わってしまう。エルフみたいに絶対に魔法を扱える種族でも無ければ、獣人族の様に数パーセントの確立でしか魔法を扱えないモノでなければ、確率は正直五分。魔法が使えたら魔導士になっているだろう。わざわざ剣を握ることも無かっただろう。


「勇者……か。大層な話だよな。世界を救うなんてアバウトな目標でこの大陸全土を旅して事を成しただなんて」


「まぁ……そうだな」


 物語として読めば面白いが、事実として読むと背筋が凍る。そんな話だろ、アレは。美談として語るにはあまりにも要素が多すぎる。説明されていない部分もかなり多い。


「なんだよ、興味無いのか? 俺がお前の歳くらいの時はワクワクしたモンだが」


「いや、興味はある。けど、なんていうか拒否感というか」


「達観してんなぁお前。子供らしくない。親代わりがアリシアさん達の所為かそれともそういう星の元に生まれたのか……お前くらいの子供は勇者ごっこだとか冒険者ごっこつって木剣振り回して怒られるモンだろ」


 そうなのかもしれない。ミーシャでさえあんなに慣れている。いや、やるような友達が居なかったというのも大きいし、そこまでワンパクな性格では無かったというのもある。そう考えると、やはりミーシャは本当はワンパクな性格なのだろう。靴の汚れ方を見るにそうだろうとは思っていたが、まさか勇者ごっこなんてモノを嗜む程だとは。ライラやらと一緒にやっていたのだろうか。そう思うとなんだか微笑ましい。


 シグルゼは星読みばかりしている。彼の扱える魔法は星読み関連のみ。アグニさえも使えない。アリシア曰く、何かしらの制約が掛けられているような状態らしい。思い込み……とはまた違うが、決定的に何かが欠けていて、それを補うために体が勝手に制約を掛けている……。まあ、そうだな。制約……。まあそういう説明の方がシグルゼも納得するだろう。


「売買には俺も着いて行く。最後になるかもしれないからな」


「そうか。その方がミーシャさんも正しく認識出来るだろうし、歓迎だな」


「…………次期神子候補、内気だけどその実ワンパクそうだな。良い子そうじゃないか」


「アリシアさん達が選んだヒトだぞ」


「……まぁそうだけどよ。こういうのはロマンチックに運命とかそういう風に呼んだ方がそれっぽいだろ。まぁ候補なだけでなるって決まったわけじゃない。アリシア様の事だから、どうせなるかならないかはキミが決める事だとか言ってんだろ?」


「まぁ……でもあれだと、なるしかないんじゃないか?」


 今更ならずに家に戻るなんて事も出来ないだろう。レールは敷かないが首輪は付けられているようなモノだ。とは言えその首輪から伸びるリードは長く保たれている。大きく道を外さない限り、アリシアがそれを引っ張ることはしないだろう。


「ある程度は仕方ないだろう。神子様の合計任期が十年。ユメ様の任期はあと四年と少し。もう時間は残されていない。それでまた別の神子候補ってのは……まあ難しいだろうな」


 あと四年で神子は変わる。ユメが神子となってから五年と少し。なので次期神子に残された時間は四年と少し。そして、ミーシャが神子になるか決めるまでの猶予は一年やそこら。可哀想に思えてくる。彼女は自分で道を決めることも出来ない。


 道を用意する。けど別にそれ以外を選んでも問題無いよ。まぁ他の道は茨生えて通れたモンじゃないけど。そういう脅しなのだ、アレは。それをアリシア達が無自覚で行っている。正直ドン引きだ。何が選択の自由、だ。あまりにも馬鹿げている。質の悪い冗談なら他所でやれ。


「そういえばお前、教会から出てきたが、入って良かったのかよ」


「次期神子の後見人、というか家族という事ですんなりと。まあアリシアさん達が居たのが一番大きいかな。アリシアさん達にダメって言えるのユメさんくらいでしょ。そのユメさんがまあ否定しないモンだから……」


「なるほどな。確かにこの二人に何か意見出来る奴はユメ様かお前くらいなモンだわ。中はどうだった」


「なんとも言えないな。例え騎士になるヒトであってもそういうのは公言しちゃいけないだろうし。広かったとだけ」


「そうか……。俺も騎士になるための手続きとかなんとかでユメ様と謁見して話はしたんだが、教会の中を全て見れたわけじゃないんだよな。謁見して手続きして終わり。炉心に刻印を焼く……っていうのは初めての経験だったな」


「刻印……何だそれ?」


「俺は馬鹿だから説明が難しい。アリシア様達に聞いてくれ」


「……そうか」


 炉心に刻印ということは物理的な話ではないのだろう。冒険者たちが所持するギルドカードに行う魔力刻印の様なモノだろうか。教会の騎士、魔導士ならそれくらいはやるだろう。一種の呪い……『魔女』にでも協力してもらったのだろう。魔女、魔女かぁ……。ファブナーリンドであれば……『アインセルの魔女』か。魔法を使う女なんてそんなモノじゃない。最初の魔女が女だったから女と名称が付いただけ。魔法を扱うモノとは正反対だ。あれは呪いの集合体。


 エンチャント……着名は元は呪いを元にしたモノ、ほら、名前に意味をもたらして能力をブーストするなんて正に呪いそのものだろう。元を正せば子に名を付ける行為も呪いそのモノだ。名に意味を込める。込められた意味がそのヒトの人生を半ば強制的に決めつける。広義的言えばこれも呪いだ。正直魔法だとか呪いだとか、そういうのは最早頓智だ。これがこうだからこう! だなんて屁理屈並べ立てて言ってるだけ。それでも各別されているのは思い込みからなるセルフマインドコントロールによるモノだ。魔力を使うのだから魔方も魔法も呪術も変わりも無い。何を難しく考える必要がある? あれらは全てアグレシオンがもたらしたヒトによって起こされたヒトには到底計り知れず、扱いきれぬ領域外の産物。偶然と奇跡とほんの少しのズルによって起き、世界中に広がったモノ。


 異界武装? 違う、確かに原初の魔法は十三番目に座していたが、麗涙によってその座を引きずり降ろされた。階位を喪失したならば、あれは異界武装に非ず。はあ、まあその原因になった奴が麗愛の功労者とか、皮肉めいている。はは、でもさ、あいつはあれで良いと満足して逝ったんだったら、良いじゃねぇか。カプリケット嬢とも再会出来たんだろ? ならあいつは救われた。それで良い。それ以降の話なんて、取るに足らないモノだ。


「さて、とそろそろ行くか。勇者ごっこも一段落した頃合いだしな」


「あ、あぁ。そうだな。ククル、今日売り出すのは多いのか?」


「平均かねぇ。品質は保証するが、最近政治のおかげか孤児も減っている。良くも悪くもその所為で採れる量も減ってるのさ」


「お前も成人だもんな」


 …………政治のおかげ……なのか? トルガニスからの難民も止まることは無いこの状況で、減らせると? …………………………いや良い。結局政の話、首を突っ込むことは出来ないし機会も無いだろう。


「ヒトが居なくなるのはまあ良い事なんだろうけどな。不謹慎だが少し寂しい気もするな」


「誰だって育った場所が無くなると寂しいモンだよ。生まれた場所が無くなった俺が言うんだから間違いない」


「お前、それ他で言うなよ。禁止カードだぞ、それ。何も言えんくなる」


 自虐ネタだとしても笑えない。生まれた場所というより家だけど、無くなったのも事実。心に痛みとか感じないのかこいつは。


「はぁ……まあいい。荷物を運ぶ。手伝え」


 ククルが畑の方へと向かう。後ろを追うようにしてシグルゼも畑へ向かった。そこに今日の分を置いているのだろう。


 売りに行くというのも数か月ぶりだ。ミミララレイアは居るのだろうか。……居ないと良いな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る