010

 教会内礼拝堂。ステンドグラスが宛がわれた窓が対応した色の光を通し、教会内を美しく彩っている。巨大な礼拝堂だが、ここではミサだけでなく、騎士、魔導士、神子による会議も行われる。


「わ、わたしはじめて……ですっ。き、教会の外まで、は来た事があった……ん、ですがっ」


「ミサなんてシンジュルハのどの宗派も行かないからね。そもそもここ、そういう目的で建てた物じゃないし」


「政の為に建てたとは聞いていますが、何故教会という名前に? 色々重なった結果とは聞きましたが」


「そうだねぇ。本当に色々な要因だからなぁ。知る必要の無い事だよ」


「…………セニオリスさんとアリシアさんが関わっている時点でろくでもないでしょうけどね」


「なっ! シグ!? な、なんか当たりきつくない!? 反抗期!?」


「いつもの言動を見ていればこうなりますよ」


「うぅ、そっかぁ~…………いつか本当に反抗期が来たらボク死にたくなるかもな……」


 ぼそっとセニオリスが呟く。ミーシャはそんな事知ってか知らずか初見台の丁度前まで歩いていく。


「あ、それ以上そっち行っちゃだめだよ。内陣に入るのはめっ」


「え、あっはいっ! ごめんなさいっ」


 慌ててミーシャが足を引く。流石にどこもかしこも入っていいわけじゃない。先ほどユメに確認したのは本当は冗談のつもりだったんだろう。分かりにくい冗談に加え、ユメが冗談の通じないヒトという最悪の掛け合わせによって生まれた相違か。ユメは殆ど全ての場所に立ち入っていいとは言っていたが、それはミーシャが次期神子候補だからだ。決して一般人には公開しない場所も多くある。……じゃあシグルゼは良いのかよ。一応関係者ではあるが……う~ん?


「そこでユメちゃんが立って騎士、魔導士達は丁度ボク達が居るここに立つんだ。主に会議に使われるね。あとはミサだけど……ミサは神子が参加する訳じゃないから……」


 ミサ……実際はとある宗教のみに宛がわれた名前だが、便宜上そう呼んでいる。神官が書見台に立ち、ありがたい言葉を説く。それだけのことだが、信徒からすればそれ以上の幸せは無いだろう。


「……ミサには参加したくないけどね。まあヒトが信じる神はヒトそれぞれ。ボク達が干渉するべきことではないのさ」


 ま、嫌いな宗教もあるけど、そこは触れないで。と長椅子に座る。


「まぁ観光ってことでゆっくり見ると良いよ。別の部屋に行くときはちゃんと案内するけど」


 だらけだした。元々そういう性格だ。アリシアが近くに居ればマシに見えるだけ。シアちゃんがあぁだからボクはこうやってしっかり者を演じるしかないのです。との事だ。


「せ、セニオリスさんっ、こ、これなんですかっ!」


 ミーシャが指差した方向に像がある。計三体、全て男性を象った像だ。


「昔の勇者達を称えた像だよ。まぁ全く似てないけど」


 像とはそういうモノだろう。本物と似ている像を作るとなるかなり難しいモノだ。そういう技術者も存在するが、どんなモノでも最終的に個人の空想、こうであるべきであるという思想が入り込み本人とは異なった見た目になる。


「む、昔の勇者達……た、たしか五人だった、は……ず……ですが」


「そうだったかな。そうだったかも」


 まあでも結局居たって事は伝わったみたいだし。別にあと二つは要らないんじゃない? なんて適当な事を言うからミーシャが少しむすっと頬を膨らませる。


「で、でも後世にきちんと、つっ伝える為なら、全員のぞ、像を作った方が……」


「伝える? アレを? そんなのは必要無いよ。どこに必要性があると言うんだか」


 冷たく言い放つセニオリスにミーシャが顔をそむける。


「でも……」


「意味はあった。それこそ誰かの人生に多大な影響を与えたくらいには。でもそれだけだ。それだけなんだよ。…………シアちゃんも趣味が悪い。こんな像結局意味なんて無いんだって。そもそも存在しないんだから。私利私欲のために建てただけだから正直職権乱用でしょ、これ。いや禁止されてないけどさ」


「そ、そんな冷たい言い方は……っ」


「──────────────────そうかな? 何も知らないよりかはマシだよ。だから意味はあったと言える。どれだけ腐り果てても、どれだけ打ち捨てられても、意味はあったんだ。だったらそれだけで良い。それ以上を望むのなら贅沢だ。ありもしない夢に無いはずの希望を持って、それでいて前に進もうとする。あれはそんな無謀な冒険譚だ。称えられることはあっても憧れるモノでも褒められるモノでもない」


「あ、貴女は一体、なっ何を知って……」


「知ってるよ。何もかも。知りたくも無い事も知ってる。どれだけ経っても忘れられない。全く、今も昔も変わらない癖に口伝だけは美しく変わっていく。本当に、ヒトの悪いところを詰め込んだような……最悪な話だ。伝えるべきことは伝えてるし、伝えなくていいコトは伝えていない。それで良いんだ。それ以上は害になる」


「………………け、けどっ」


「けどじゃないの。けどじゃないんだ。わかって?」


 立ち上がって、言い聞かせるようにセニオリスがミーシャの頭を撫でる。


「…………じ、じゃあなんで、あんなに広がって……。像まで作って、そ、それにっ! せ、セニオリスさんの今の表情、なんっで、そんなに……さ、寂しそう……なんですかっ」


「…………キミは良くヒトの顔を見てるね。偉い。その緊張しいもいつか克服出来ると思うよ。ちゃんとヒトの目を見て話して聞いてる証拠だもん。だけど、それと同時に、あまり踏み込まない方が良いこともあるんだ。寂しそう……か。そうだね。そうかもしれない。────────ふぅ、この話はおしまい。次の部屋に行こう」


 たとえ家族と言う続柄であろうと、決して触れてはいけないこともある。特にアリシアとセニオリスであれば、隠し事というのも多いだろう。彼女達がどうしてファブナーリンドを建国したのか、とか。彼女達が稀に話す麗愛を何故知っているのかとか。そういうことは彼女達は語らない。語りたがらない。まぁそれは別に奴らの自由なのだが、稀に重要な事さえも話さないこともある。それは正直迷惑だ。何かあるのならはっきり言って欲しい。


「次は食堂。騎士や魔導士達が居るから失礼の無いようにね」


「は、はいっ」


 ミーシャが強く頷く。シグルゼはこくりと軽く頷いて返事をしてセニオリスの後ろに着いて歩く。


「食堂って、神子様もそこで食べてるんですか?」


「どうだろう。それは個人によって変わるんじゃない? 騎士達も全員食堂で食べる訳じゃなくて、市場に行って何か食べたりするし、ミーシャちゃんもそうかもしれないよ。あまり食事の事は聞いたコト無いや。あとで聞いてみる?」


「いえ、ただの興味本位なのでお気になさらず」


「そ? なら良いけど」


 教会、礼拝堂を出る。本来なら直接外に出るのだろうが、この教会の作りは奇妙なモノで、左右に伸びる廊下になっている。それを挟んで大きな扉がある。そこから外に出られるのだが、今回は礼拝堂から出て右に進む。


「教会の食事は一日三度出る。戦いは健康な体あってこそ。それは仕事も同じ。ということで毎日三度採る事。それが出来ないヒトは役立たずに相違ない。なので、きちんとご飯を食べましょう。ボク達も言っているでしょ? 必ず一日に三度の食事。長い事生きて来てこれが一番最適だと結果が出てるから、ちゃんと食べるようにね」


「ま、毎日一食がふ、普通だった……のでっ。な、んだか毎日贅沢っしているみたいで、なん、だか申し訳なくなって、しまいますっ」


「…………ボクはミーシャちゃん達がしてきた生活に対してあまり詳しいことは知らないからどうこう言う資格は無いかもだけど、これは決して贅沢では無いんだよ。本来あるべき国民の姿なんだ。難しいかもだけど、それくらいの生活の保障が出来るようになれればいいんだけどね」


 冒険者なんて全く安定しないくせに安全でも無い職業が許されている時点でそれは難しいだろう。安定した食事が採れる程裕福な国であればそもそも冒険者なんて馬鹿げた職業は存在しない。ロマン? 死と隣り合わせの状態で安定もしない依頼報酬で今日を食うのに精いっぱいな癖に、そんな事を言っている余裕があるかよ。それならトレジャーハンターの方がまだマシだ。各地に眠る古代の遺跡の調査、そういうモノの方がロマンに溢れているだろう。アグレシオンの遺跡でも探せ。そこに答えはある。


「現実問題金が無いからなぁ……とは言え、ボク達に実質的な政権は無いから政について何か言うことは無いんだけど。あくまで一般人の意見ってことで」


「セニオリスさんやアリシアさんが何かを意見するってなると大騒ぎになりますからね」


 ファブナーリンド創立大体五十年。その内数年のみ務めた王という役割のせいで本来ならただの一般人として過ごしたいけれど、そんな事が出来るはずも無く。そもそも彼女達が一般人に収まるような器で無いというのも事実。性格はアレだけど。


「ここが食堂だよ」


 廊下の突き当りの扉を開くとかなり広い空間が広がっている。いくつもの長机が繋がって、一見大きな会議室に見えるが、一番奥にキッチンの様なモノが見える為、その印象は覆される。食堂と言う割には汚れは少ない。こういう場所は酒場の様にすぐに汚れてしまうと思うが────実際ギルド直属の酒場の衛生面は正直終わっているとしか言いようが無い────この場所は驚く程に綺麗に保たれている。驚きだ。


「ここで皆食事を採る。まあ騎士や魔導士、ここで働くヒトでしか食べられないから、ボク達には縁の無い話だけど、もしかしたらミーシャちゃんは使用することがあるかもしれないから、覚えておくと良いよ」


「は、はいっ」


 ミーシャには選ばせるとは言ったが、本当は神子にはなってもらいたいのだろう。押し付けることはしたくないとは言うが心の奥底では成って欲しいと願っている。とは言え、今の彼女を見ていると、到底なれるとは思えないのだが、あの二人には何が見えているのだろうか。結局ミーシャを見つけた方法もはぐらかされた様だった。未来が視えるのではという仮説も間違いではないのだろう。だがそれを開示する程彼女達の警戒心は弱くない。例え相手が子であってもそれは変わらない。誰にも言えないことはあると、前に言ったはず。彼女達の危機管理能力は異常なまでに長けている。それは何にでも恐怖心を示す野生のケモノと同じだ。十三砲台だってそうだ。あんなあからさまなオーバースペックな砲台、本来なら必要無い。あのどれか一本だけで十分な威力を誇っている。ドラゴンでも倒したいのか?


「次は、騎士宿艇かな。魔道宿艇もついでに見ようか」


「しゅくてい……? ど、どういう意味……ですか? ふ、ふね?」


「誤植だよ」


「ご、誤植? ど、どどどどどどういうことですか?」


「そのままの意味だよ。本当は別の意味の言葉を使っていたんだけど、翻訳する際に間違えちゃったみたいで、看板とかもう作っちゃったし今更直すのもなって事でそのまま宿艇になったんだ。まぁ宿ってだけで良いよ。寝泊まりする場所だね」


「翻訳……? 現在使われている言語はこの大陸は全て統一されているはずですが……」


「あぁ~……今のは聞かなかったことにしといて。今のナーシ」


「………………………………」


「そういう訳にしといて。何度も言う様で悪いけど、知らない方が良いこともたくさんあるからさ」


「解りました。俺は無駄に聞き分けが良いので」


「はっはっは~っ。そういうのは自分で言う事じゃないぞぅ?」


 ミーシャは少し納得出来ない様子だが、無理やり飲み込んだ。そうだ、それでいい。このヒト達の話に一々疑問を抱いていたら永遠に勉強漬けになってしまう。要る知識と要らない知識を分けなければ無限に勉強する事になってしまう。


「じゃ、こっちだよ」


 食堂を出て、右に歩き出す。食堂はエントランスから伸びる廊下を右に行き突き当りにあるが、そこが一番奥ではなく、まだ廊下は続いている。丁度食堂から右に進むと、道が二手に分かれている。


「こっちが騎士宿艇、あっちが魔道宿艇。さっきも言ったけど、ここで働くヒト達が皆寝泊まりしている所だね。もっとわかりやすく言えば、寮だね。寮」


「き、騎士や魔導士全員がここでね、寝泊まりっしてる、んっですね」


「うん。全員例外無くここで寝泊まりしてる。大体夕方過ぎくらいに業務が終わって、そこから自由なんだ。教会から出て買い物に行くヒトも居れば、部屋に戻って作業したりゴロゴロしたり、色々だね。あぁ、あとご飯食べたり」


「そうなんですか……割と自由なんですね?」


「じ、自由っていうか、し、縛りが無いっていう……か」


 ある程度は決まり事があるだろう。例えば消灯時間とかそれにともなう完全睡眠時間とか、そういうのは全て決まっているだろう。違反した場合何か罰があるのかもしれない。


「縛りすぎは良くないからねぇ。士気が下がる。まあ皆業務はしっかりこなしてくれるから文句はないんだけど……」


 少し苦笑いを浮かべ、頬を掻く。


「そ、そういえば、ここに来てから、き、騎士様をみ、見ない……ですねっ」


「居るよ、ずっと。ボクに見つかりたくないからって隠れてるんだよ。魔導士も協力してるからキミ達が見つけられないのも納得だけど……さっ!」


 杖を振り上げる。その動作によって生まれた魔法陣が周囲の魔力を吸い上げて──


「ま、まままま待ってくださいッ! セニオリス様ァッ!」


「それやると教会吹き飛びまっさぁッ!」


 急に何も無かった空間から騎士やら魔導士やらが現れ膝を着いた。


「ボクに魔法を使って隠れる……なんて、ねぇ?」


「いえ、そう、ほら! 我々が居るとお嬢様の見学の邪魔になると思って……ッ」


 騎士は重い兜を脱いでその額を地面に擦り付ける。畏怖である。否恐怖である。純粋に己が絶対に勝てない相手を目の前にして抱く恐怖。だって化け物だもんな。ヒトじゃないもんなコイツ。そりゃ怖い。何してくるかわからんし。


「……適当に決めた理由だねぇ。今決めたねぇ。まあ次期神子になるかもしれない子を一目見てみたいなんてそういう意思はわかる。けど、今回は控えてくれると嬉しいなぁ」


 杖をこつんと突く。


「ヒィッ! ……く、何か言い訳を……ッ」


「いや聞こえてるし。空気読め空気。なんで今回は控えてくれって言ってる意味を考えてみやがれー。ほら怯えちゃったじゃんこのヤロウ。ほら、ミーシャちゃん大丈夫だからねぇ悪いヒト達じゃないからねぇ」


 おぉよしよし怖かったねぇ。大丈夫だからね~。なんてミーシャの頭を撫でる。


「い、いえ、怖くは……ない……です……っ」


 いつも以上に声が震えているくせに見栄……いや心配させまいと見栄を張る。急に大量のヒトが現れたらそりゃ驚くだろう。緊張しいであるミーシャにとってその光景はトラウマになりかねない。このままで学校とか行けるのだろうか。


「し、しかしセニオリス様、我々はこれでも一端の騎士……ッ! 次期神子様候補であれば顔合わせくらいはしておきた所存で……っ」


「良いからさっさと退け。シアちゃん呼ぶぞ」


「何よりも恐ろしいそのセリフッ! はいすみませんすぐ退かせていただきますッ! というか逃げますッ!」


 逃げなきゃ死ぬぞ。すぐ死ぬぞ。割とマジで。


「はぁ。あと五秒以内ね」


「はいぃっ!」


 なんだったんだアレは。次代神子を一目拝む。その目的を達したいだけならば別に隠れる必要も無かっただろうに。いや答えは明白か。セニオリスが怖かったのだろう。ヒトじゃないモノを前にして精神を律する。難しい話だ。言うなれば、魔王を相手にするようなモノ。おぉ、便利だなこの文言、嘘は一切言ってないしね?


「さて、気を取り直して……こっちが騎士宿艇、魔道宿艇。あれ? さっきも言ったっけ。まあいいや。流石に中に入る訳にはいかないからなぁ。今回は見るだけ。騎士や魔導士達にもプライバシーはあるからね」


 大きな欠伸をしてセニオリスが踵を返す。先ほど通ってきた廊下を戻り、今度はエントランスから伸びる逆方向を進む。


「つ、次はどこへ?」


「訓練場」


 いたずらっぽく笑うセニオリスに嫌な予感がする。何かしらをやらかす前兆だ。シグルゼがミーシャにアイコンタクトを図る……が、残念練度が足りない。彼女は照れたように微笑んだ。違う、そうじゃない。そうじゃないんだよ。クソ、練度が足りてねぇ。


「こっちだよ~」


 少し先を歩くセニオリスが意気揚々とルンルンテンションを上げていく。あぁ嫌だ、本当に嫌だ。もう何を企んでいるのかがわかるのが一番嫌だ。アリシアじゃないだけマシだ。本当にそれだけが救いだ。攻撃魔法を得意としない方の化け物で本当に良かった。


「危険を感じたらすぐに逃げてくださいね」


 ミーシャに耳打ちをしてすぐに元の位置に戻る。


「何か言った?」


「何も言ってないですよ」


 セニオリスに対するシグルゼの嫌な予感は必ず当たる。必ずだ。七年間、彼女の子供として生きてきた。それだけ一緒に居れば大抵の感覚は覚えれる。魔力回路の差だとか、炉心の規模だとか、そんな話じゃない。そんな馬鹿みたいに薄い話じゃない。なんであれヒトのふりをしているんだ?


「よぅし、到着ぅ! 騎士ども! 出てきやがれ!」


 ひゃっはー! ひっさびさに訓練つけてやらぁ! 杖を振り上げる。


「さぁ! 鈍ってないでしょうね! 神子を守れるか、しっかりこの手で見定めてやらぁ!」

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