魔法の空
@narusenose
三千年前の月より-Ironie du sort-
Prelude
城は朽ち果てた。荘厳たる美しき城。我らが国を示す旗と共に、崩れ落ちた。まるで悪夢の様で、くそったれな現実はやがて夢に消えていく。
降り注ぐ灰と瓦礫が一か所に集まっている。城とは崩れれば一瞬の命。あるべき権威を示す旗は疾く燃え尽きた。
「嗚呼王よ、私達は、どこで間違えたのでしょう。」
何も残らぬ。国という骸はやがてただの瓦礫の山となって、全ての終わりを告げる。時代は終わった。移り変わり行くその景色に、茫然と立ち尽くす。青い空は炎によって赤く染められた。皮肉なことに終末には相応しい彩だ。
「姫────姫────姫っ!」
瓦礫に埋もれた姫を抱き上げる騎士が居た。その体は既に魂が脱している。もはやそれはただの肉塊。何の価値もない。無いのだ。
だが、なんだ、これは。胸のあたりが詰まっているような感覚。吐き出したくても吐き出せない嫌な感覚。痛みじゃない。痛み……? 違う、痛みなのか? これは。解らない。解らない……解らない……ッ。
「おい、お前」
だが、その元は、それが何であるか。何と形容するのか。少なくとも私には識るよしも無かったモノだ。識ることがあれば、私は既に……。
「手伝え。アレをせめて……ッ!」
砕けた鎧から覗く鋭い目が、空を睨む。月に照らされ鈍く光る鱗の長いソレが、空の覇者が如く存在している。
「国が滅びようとも、我らアグレシオンの意思は、途絶えぬと知れ──ッ!」
何故騎士はそこまでして戦うのだ。死したモノは戻らない。例え反魂の儀を執り行おうが、それは被霊となって戻ってくるのみ。ならばそれはただの肉塊でしかない。そこに沸く情は何も無いはずだ。
なのに何故。
「お前は、もう知っているはずだろ。感情は、前に進む為の足枷だ。必ず大きな一歩に変わる時が来る。今がその時だ」
私は、精霊。月の精霊。それ故に与えられた権能は数多い。だが……これが感情だと言うのなら、なんとヒトは生きづらく、脆い生物なのだろうか。あまりにも非合理的だ。だから私にそのような機能は無かったのだろう。これが世界そのものの選択というのなら、合理的だ。全くふざけてやがる。
「手を貸せと言っているんだ精霊。お前も姫に恩を感じてやがるなら、さっさとその力を貸しやがれッ!」
感情によって生み出されたこの惨状を、感情で全て解決しようだなんて、そんなバカげた話があるのか? …………いや、あるのだろう。余りにも愚かで身勝手で自業自得な滅びであるが、私のこれが感情だと言うのなら、それは姫の死によって想起されたモノだ。はは、笑えねぇ。笑えるかクソが。
「────精霊炉、解放。あくまでこれはヒトの戦争。麗しき姫の流した涙。たったそれだけでそこまで奮起出来るのであれば託そう」
本来存在しない感情に己を飲み込ませる。深く、暖かい海の様に漂う様な感覚に身を預ける。
「魔法の真髄篤と見よ、私は月の精霊。ここに──……。姫への返礼はここにて果たす」
降りてきた事が間違いだったなんてことは一度も無い。そうだ、間違いなんて一つも無かった。だから私のこの選択も間違いではないだろう。感情の源流は一体どこから来るのか。夢も持たない機能だけの私に、何故芽生えたのか。分け与えられたからか? それとも元々存在していたのか? 解らない。解らない。だけど一つだけ、確かな事がある。
「…………命とは尊ぶべきモノ。私がここで得たモノは、何物にも代えがたい美しいモノだった。────ならば」
魂を燃やせ。炉心を燃やし、全てをあの騎士にッ!
「全部持って行け。文字通り私の全てだッ! 今更怖気づくなよ、ヒトの騎士ッ!」
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