カオティック・かおちゃん
ひとえあきら
第1話
コツ、コツ、コツ……
ひたひたひたひた……
コツ、コツ、コツ……
ひたひたひたひた……
遙か彼方より犬の遠吠えが聞こえる深夜2時。
月は新月から僅かに顔を出したのみで辺りは暗い。
その暗い道を進む人影が、2つ。
コツ、コツ、コツ……
まだ頼りなさげに響く足音の主はかなり小さい。
ひたひたひたひた……
その後から微かに聞こえる足音は粘っこく響く。
コツ、コツ、コツ。
時折、後ろを気にしていた彼女は、ついに耐えかねたか立ち止まる。
ひたひたひたひたたたたたたたた!!
そして後から来た足音が急速に早まり、遂には彼女の前に出た!!
「――おやおや、こぉんなに小さなお嬢ちゃんが夜更かしとは感心しないねぇ」
後から来た足音の主――その男は恰幅の良い腹を揺らして嗤いながら言う。
「……」
男に行く手を塞がれる形になった彼女――年の頃は就学前の幼女であろうか――は立ち竦んでしまったのか俯いたまま言葉も無い。
「――こぉんな悪い子はおしおきをしないといけないなぁ」
脂ぎった顔に粘つく笑みを貼り付かせ、男は一歩、前に出る。
彼女は俯いたまま、相変わらず何も言わない。
「お顔を見せてごらん~。さぁ、こっちを向いて――」
柄にも無く彼女の顎に手を掛け上を向ける男。
「さぁて~、どんな可愛いお顔なのかなぁ――」
が、彼の言葉はそこで呑み込まれた。
彼女の顔には――それを"顔"と言って良いのであれば――何も無かった。
所謂"のっぺらぼう"のようなつるんとした顔であればまだ愛嬌もあろう。
いっそ鬼女羅刹の類いであったほうが余程マシかも知れぬ。
だが、そこには。
彼女の顔が本来在る筈のその部分には、全く何も存在していなかったのである。
それは闇夜の暗さより尚冥く。
その様はまるで宇宙の深淵を覗き込むが如く。
「……あ……ァ……ぁ……」
男は呆けたように眼を見開き、溺れかけた金魚のように盛んに口をぱくぱくさせているだけ。
やがて、得体の知れぬ恐怖が臨界点に達し、感情の堰が決壊せんとす、その瞬間。
ぐちゃ。にゅる。ばく。ぐぢゅぐぢゅ。うぢゅぢゅぢゅ。ぼふ。
それは一瞬の出来事だった。
彼女の何も無い顔面から突如として出現した無数とも思える触手が、彼の頭を包み込むや果物でも啜るように全て吸い尽くしてしまった。
後には何も残らず、ただ闇夜が拡がるのみ――。
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