泥粘土姫

豆腐数

第1話

 むかしむかし、土と水ばかり豊富な土地に、五つになったばかりの一人のお姫様がおりました。お姫様は、泥粘土をこねて様々なものを作り上げるので、泥粘土姫と呼ばれていました。それは姫の生まれつきの魔力によるもので、彼女の練り上げたものたちはたちまち命を持ったり、ぐんぐん伸びて本物と同じ大きさ、材質の建物になったりするのです。水捌けが悪く、良い材木用の木が上手く育たない土地でも、彼女が樹を捏ねれば、それはすくすく大きくなって土地に定着し、敵国が攻めて来た時も、彼女がとても越えられない城壁をこさえれば、ネズミ一匹他国の生き物は入って来れないのでした。


 魔術の方法が方法なので、泥粘土姫はいつも泥まみれです。髪──は元々赤茶けているのですが、白バラのような肌もいつも真っ黒。本当はミーファというお姫様に相応しい名前があるのですが、あれじゃ本名も土くれ人形とか泥ん娘のがふさわしいよ。口の悪い街の荒くれなどは、酒の席の話題に陰口叩く事さえあります。


 仕方のない事ではあります。幼くしてその有り余る魔力と一風変わった魔術で国造りに貢献している姫ですから、お仕事で泥塗れは仕方のないことです。しかし祭典やパーティの日ですらギリギリまで泥まんじゅうを弄っては、雲浮かぶ夏空模様のちょうちょだの、金銀の葉纏う街路樹だの作り上げて、着替えもせず泥のサーフィンで会場に来るのでは、大らかな国王夫妻も呆れ果てるしかございません。


 泥粘土姫はお姫様ですから、彼女がワガママを言えば周囲の人はなんだってしてくれるのです。ですが泥粘土姫は、そんなワガママ姫の態度すらないのです。何しろ膨大な魔力と泥さえあれば、なんだって面白おかしいものが作れてしまうのです。ワガママを言う必要すらありません。むしろ国造りにも協力して、悪事を働かないだけ良い子と言えるかもしれません。


 しかしそんな風に内に籠もりがちで良いわけがありません。とはいえ、両親への愛着がないわけでなくとも、国王や王妃のたしなめに耳を貸す子でもございません。特別いたずらっ子ではなくとも、自分のやりたいことの阻害があれば反撃だってします。


 100人目の家庭教師が泥塗れの身体の花壇に四季の花を咲かせながら、永遠のお暇を申し出た時、国王の頭に思い浮かんだのは許嫁の存在でした。貿易も盛んな友好国の王子様に、お姫様の結婚相手が一人いたのです。平和ながら頭痛のする育児生活と、まだ幼いのだし……という親バカが、顔合わせを先送りにしていました。


 遊び相手も男の子も知らないから一人の世界に籠もってしまうのかもしれない。わらにもすがる想いでした。王様は早速書簡に是非そちらの息子を我が国に遊びによこすようにとしたため、家来の馬を飛ばしました。


 そうして王子様がやって来ました。泥粘土姫とのご対面ですから、出会いも泥んこです。幸か不幸か、女の子なぶんまだおとなしい部分がある姫に対し、王子様は年相応の男の子のパワフルさを持ち合わせていました。泥まみれの地面にどっかと腰掛け、真っ青な目を好奇心いっぱいに見開いて、あいさつします。


「こんにちは!ぼくはカイル。ねえねえ、ちょうちょとかお花なんかじゃなくてさ、もっと面白いもの作れないの? 古代兵器とか」


 同じ年頃の仲良しの子どもなんていなかったお姫様にとって、その出会いは世界の朝焼けでした。国にとっては暗黒時代の幕開けでした。なんでも出来る魔法使いに、小さな男の子のいたずら心が加わったら……算数が嫌いな子でも答えはわかりますね。


 王子様の指し図で、姫の色彩豊かなちょうちょ作りは、けばけばしい色合いの毛虫作りに変化し、良くも悪くも積極的なイタズラに興味を示さなかった姫の感心も外に向きました。


 男の子の持参した怪しい歴史書を参考に作られた、巨人の巨大兵器が国中を歩き回った出会いの日を皮切りに、平和な国は騒動が絶えなくなりました。


「泥粘土姫とその婿王子が、オレのばあさんの庭のピンクのコスモス畑を、ぜーんぶ桃色ヘビに変えちまった! ばあさんがひきつけをおこしとる! 医者を呼んでくれ!」

「出来上がったばかりのシチューが全部原材料に戻っちまった!泥粘土姫達の錬金術だぁ!」

「店のリンゴジュースが全部レモンジュースに変わっとる!酸っぱくてかなわん!」


 許嫁王子のお姫様の操縦は見事なものでした。しかしその捌きはじゃじゃ馬を更に加速するものでしかなく、悪夢そのものでした。王子の提案は姫にとって新鮮で、彼の言う事なら何でも聞いてあげたいと思わされるのです。

 

 もっとも、悪い影響ばかりではありませんでした。いたずらっ子でも王子様は姫に比べれば普通の人間の男の子、お腹がすけば食卓にもつくし、夜はベッドで眠ります。下手をすると食事も魔法で出して一日中お城の庭の隅に作った小さなお城にいたお姫様も、やっと王子と同じように、人らしい生活をするようになったのです。


 何より、城下町の子ども達がからかいを込めて泥粘土姫と呼ぶ中、カイル王子だけはお姫様を「ミーファ」と呼びました。


 そんな風に、二人が仲良く暮らしていたある日の事です。


「カイル王子、ご無沙汰しております」

「あっじいや! どうしたの?」

「実は……」


 ○


「カイルがいない」


 おやつ時、泥粘土姫は王子を探してお城の庭を歩き回っていました。今日はカイル王子の好きなチョコレートケーキです。泥粘土姫はどちらかといえばイチゴのショートケーキとか、モモのタルトとか果物のケーキが好きでしたが、王子が隣でおいしそうに食べているとチョコレートケーキも悪くないなあなんて思うのでした。


「父さま。カイルはどこ」


 問いかける愛娘に、国王は悲しげな顔を作ってみせました。


「カイル王子様は国に帰ってしまったよ」

「どうして。おむこさんなんだからわたしのお城にずっと住むんじゃないの?」

 国王のマントを引っ張って訴えるお姫様に、父は真面目な顔して言うのです。


「さあ……父さまにもわからんよ……ミーファがあまりにも泥んこにしていたずらしているから、お婿さんになるのが嫌になってしまったんじゃないかね」

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