■断章


 モンテ領の山中。

 山の中、森の奥、としか表現できない場所に、ぽつと明かりが灯っていた。


 夜の森で明かりを必要とするのは、人間だけだ。

 白い髪に、白いワンピース型の衣服。明かりに浮かび上がった少女、シュトゥは、その赤い瞳を空へ向けていた。鬱蒼と茂った木々により、星など見えないはずだが、確かに何かを目で追っている。


「見つけた」


 視線の先。夜空を、白い鳩が真っ直ぐに飛んでいく。

 ばさり、羽音を響かせての飛行は、猛禽にも負けない速度が出ている。

 だが、襲撃者はその速度を上回って、襲い掛かった。斜め後ろの上方から、風切り音も鋭く、一羽の鷲が掴みかかった。


 鷲の爪が、白い鳩を捕らえる。抵抗するような羽ばたきを抑え込み、諸共に森の中へと墜ちる。枝が折れ、葉が散る音。続いて、地面に落ちる音がどさりと響いた。


「いい子」


 シュトゥが歩み寄り、鷲を撫でる。鷲は一度もがいた後、文字となって消えた――【物語】だ。

 一方の鳩もまた、ただの鳩ではなかった。シュトゥの細い指が鳩を捉えると、くしゃりと音が鳴る。鳩のかたちを失って残るのは、白い紙だった。


「ふふ。鳥になるお手紙なんて、本当におとぎ話みたいね」


 折り目がついた紙を丁寧に開き、記された文字を、頼りない明かりで読む。

 内容は、フォルカから図書館への報告。巡回司書が危急の際に使う、魔術の手紙であった。

 歩きながら書いたのだろう、乱れた筆跡。事実だけを記そうとする文面の間に、危機感が滲んでいた。その危機感の源であるシュトゥは、恋の手紙でも受け取ったように楽しげに、文字を追う。


 読み終えた手紙をくしゃくしゃに丸めて、ぽいと放った。


「狼さん」


 身を丸めていた黒狼が、頭をもたげる。小さく口を開き、放られた手紙を咥え、飲み込んだ。

 美味しくもなかったのだろう。鼻をひとつ鳴らして、再び丸く休む態勢になる。


「これで、図書館からの応援は来ない。なんてかわいそうなコナドの街!」


 声はどこまでも楽しげで、お気に入りの演劇でも見ているような響きだ。

 黒狼の傍らに座り、黒い毛並みに体を預ける。


 黒狼の毛並みには、傷があった。血は流れていない……文字のかけらも、今はこぼれていない。傷自体はふさがっているようだった。全身に刻まれたいくつもの傷は、尋常の獣であれば三度四度死んでもおかしくない程の数と深さだ。

 シュトゥは、気づかわしげに、指先で傷跡を撫でる。


「あの司書さん、乱暴だったね。こんなに傷つけて、ひどいわ」


 黒狼は、くすぐったいとでもいいたげに一度身を捩った。黒い毛並みが揺れ、シュトゥが深く身を寄せる。


「傷が癒えたら、いっぱいいっぱい食べにいきましょう。一緒にご本を読んで、もっともっと食べましょう」


 明かりを消して、歌うように囁きながら、少女もまた眠りに落ちた。


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