思わぬ出会いは突然に

「試験まで間がないようだな。俺が言ったように片っ端から受験者を襲撃してこい」

「スレインの提案は不採用です!」


 寝泊まりできる拠点は確保できた。

 あとは、試験日までに僕がどれだけ実力を認められるかなんだよね。


「ところで、入学試験ってどんなことをするのかな?」

「エルネア君はそれも調べなきゃいけないね。僕たちは推薦と実力の両方の認定を貰えているから気楽だけどね?」

「ちょっとアミラさんに言って三人の推薦を取り下げてもらいに行くね!」

「その時はスレインの案を採用して俺たちも必死になるだろうな」

「受験者の襲撃を必死にならないでっ」


 宿屋の前でそんな話をしていたら、宿屋のおじさんが顔を引き攣らせていた。


「物騒な考えは禁止だよ。ということで、情報収集に行こう!」


 僕たちの会話は冗談ですよ。とおじさんに言い訳をしながら、宿屋の前から離れる僕。

 だけど、魔族三人組は僕とは逆に屋内へと入っていった。


「あああっ、本当に僕だけに任せてなまける気だね!?」


 なんて極悪な魔族だろうね。

 ああ、そうか。魔族の国を代表するような三人だからね。そりゃあ、極悪です。


「しくしく。いいんだ、有用な情報を手に入れても教えてあげないんだからね」


 と呟いても、三人は既に自室に戻ったあとだ。


「やあ、君たちは随分と仲が良いんだね? 魔族三人と人族の坊やの組み合わせだから不思議に思っていたんだが」

「そうなんですか? この地方ではあまり種族間の争いはないと思っていたんですけど?」


 大陸東部の政治情勢や種族の関係を考慮して、僕たちは上下関係ではなくて友人同士と設定していたんだけど、それでも人族が魔族と仲良くするのは珍しいのかな?

 もしもそうだったら、修正しないといけないかもしれないね。そう思っておじさんに聞くと「珍しいというか」と手をあごに当てて、思考しながらの様子で教えてくれた。


「ずっと南から来た隊商に話を聞いたことがあるが、地域によっては単一種族で国を支配して、種族同士で争っていたりするんだろう? ここではそんな種族同士の争いなんてものは殆どないが、それでも能力差で上下関係は自然と生まれてしまうものだからね」


 宿屋を経営してきて、多くの旅人を見てきたおじさんから見ても、魔族組三人は明らかな実力者だとわかるらしい。それに引き換え、僕は幼く見えてしまう弱い人族に見えるみたいだね。


「そんな君が、あの魔族たちと対等にやり取りをしている様子が珍しい光景に思えたんだよ」


 気分を害してしまったならすまないね。と苦笑するおじさんに、僕は「気にしてないですよ」と微笑み返しながら、宿屋を後にした。


「そうかぁ、種族同士の争いはないけど、力関係の序列はあるんだね。気をつけておこう」


 ルイララたちと和気藹藹わきあいあいし過ぎるのも、目立つ要因になるんだね。

 そう考えると、三人組を置いて外出してきたのは正解だったかもしれない。


 宿屋から通りに出ると、人の姿がより多く増えていた。

 露天で朝食を採る人や、仕事に向かう様子の人々。なかには僕のような物見遊山の者も見受けられる。

 砂漠の只中に存在する都市だというのに、住民も含めてここには驚くくらいの人々が生活しているみたいだね。


「ああ、良い匂いがするな」


 そういえば、お腹が空いてきたぞ、と露天を覗きながら通りを歩く僕。

 なにかお腹を満たせるようなものがないかな、とよだれを垂らしそうになって、お財布の中身がお小遣いしかないことに気づく!


「しまった、軍資金はルイララが管理しているんだった!」


 今回の依頼主は巨人の魔王だからね。その側近が資金を預かっていることに僕たちはなんの不満もない。

 ただし、ルイララが同伴じゃない個人行動の時は困るね。

 特に僕はお小遣い制なので、気ままにお買い物なんてしていたら、すぐにお財布の中身が空っぽになっちゃう。


「ううう、お腹が空いたけど、無駄遣いはできないよね」


 いや、お金がないのなら、何かで稼げば良いのでは!? とすぐに意識を切り替える僕。

 そもそも、僕の目的は僕の実力を同じ受験者や都市の人たちに認めてもらうことだからね。

 なにかで活躍をしたついでにお金も稼ぐ。そうすれば僕は幸せになれる!


 それじゃあ、なにか問題は起きていないかな? と辺りを見渡しながら歩いている時だった。


「魔物だ!」


 早朝の市街地に、悲鳴が響く。


砂蜂すなばちだ、針に気をつけろ!」

むれで襲ってくるぞ。戦闘に参加しない者は屋内に避難して建物の扉を閉めるんだ!」


 同時に、戦い慣れた者たちの号令や指示が飛び交う。


「砂蜂ってどんな魔物だろう?」


 聞いたことのない魔物の名前に、僕は辺りを見回す。するとすぐに、くだんの魔物の姿を捉えた。

 ぶうぅぅんっ、というまさに蜂のような羽音を高く響かせて、素早く飛び回る巨大な赤い蜂。

 僕の上半身くらいありそうな胴体には、鋭い牙を生やした頭と恐ろしい針が先端に付いた腹部が付いている。

 腹部には赤と黒の縞模様があって、見るからに恐ろしい姿をしていた。

 残像を残す速さで羽根を羽ばたかせて、砂蜂と呼ばれる魔物が集団で現れた。


「おい、小僧。ぼうっとしているなっ。邪魔だから早く屋内に避難しておけ!」


 戦士風の男が僕の肩を強く押して、近くの建物に押し込めようとしてくる。

 だけど、ここで少しでも活躍しておかないと、試験日までに良い評価は得られないからね。


「僕も微力ながら加勢しますよ」


 言って僕は、両脇の霊樹の木の枝を抜き放つ。

 でも、僕の意気込みもむなしく、両手に木の枝を構えた僕の姿を見て、魔物に立ち向かおうとしていた者たちが鼻で笑う。


「人族のお前が? その木の枝で? 命は大切にしておけ」


 小馬鹿にしたように笑いながら、屋外に残っていた者たちは次々と砂蜂に向かって斬り込んでいった。


 現在の学園都市の宿屋街には、今回の入学試験を目指して各地から猛者たちが集まってきているんだよね。それを裏付けるかのように、通りには砂蜂の群にも劣らない数の戦士たちが武器を手に集まってきていた。

 みんなも、周りの者たちに実力を示しておきたいんだろうね。そうして試験官や聖剣士学院の生徒に認められるような功績を上げようとしているんだ。


「よし、僕も……」

「君きみ、本当に危ないよ? ほら、勇気は認めてあげるから、私の後ろに隠れていなさいね?」


 さあ行くぞ、と足を踏み出そうとした僕。そこへ、背後から声が掛かる。

 振り返ると、屋内に避難した人たちを護るように建物の扉を閉めたところの女性が、肉厚な長剣を構えながら僕に微笑み掛けていた。


「ええっと、僕も戦いたいんですよ?」

「はいはい、元気がいいね。それじゃあ、私から絶対に離れないようにね」

「は、はい……」


 見た目は、二十代くらいかな?

 上半身だけを覆う黒い革鎧を装備しいて、ゆったりと余裕のある衣裳を下に着込んでいる。でも、袖口などから覗き見える腕は女性にしてはたくましい。

 現に、肉厚の長剣を軽々と片手で持ち上げると、こちらに飛来してきた砂蜂の一匹目をいとも容易く両断してしまった。


 真っ二つになった砂蜂からは、赤い小さな魔晶石が残る。

 女性は屈んで魔晶石を拾うと、すぐに次の獲物へ狙いを定める。

 腰辺りまで伸ばした髪を三つ編みにしていて、それが女性の動きに合わせて大きく揺れていた。


「ほらほら、ぼうっとしていたら砂蜂に狙われるよ? 噛まれたらとても痛いし、針に刺されたら最悪は死んじゃうわ」

「油断大敵ですね!」


 周りの戦士とは違い、僕を気遣ってくれる女性。

 背が高いね。ミストラルくらいありそう?

 振り回す肉厚の長剣や逞しい体格を柔らかく包むような、優しい笑顔の美人さんだ。

 ただし、その瞳に宿る眼光は鋭い。

 僕に優しい言葉を掛けながらも、数えきれないほど沸いた砂蜂の動きをしっかりと捉えていた。


 ぶんっ、と長剣を振るう。

 ひと振りで、三、四体の砂蜂が両断される。

 さらに剣を振り回す女性。

 襲い掛かってくる砂蜂が、ばっさばっさと斬り倒されていく。


 すごいね!

 この女性は、闇雲に長剣を振るっているわけじゃない。

 正確に、ひと振りでより多くの砂蜂を斬れる軌道で剣戟を放っているんだ。

 自分の力量と砂蜂の動きを完璧に把握した上での、高等な剣術だ。


 通りでは、女性以外の人たちも砂蜂を相手に奮戦していた。

 だけど、この女性はそのなかで頭ひとつ以上飛び抜けた戦闘技能を持っているね。


「ほら、そこの砂蜂にとどめを刺して」

「えっ、良いんですか?」

「良いよ良いよ、余るほど沸いているから」


 女性がわざとし損じた砂蜂が、翼を切断されて地面でもだえていた。

 僕は女性の言葉に甘えて、止めを刺す。

 えいやっ、と霊樹の木の枝を振り下ろして、砂蜂の息の根を止めた。


「上手いね、筋が良いよ。ほら、次はそいつね?」

「はい、頑張ります!」


 女性のおこぼれに、次々と止めを刺していく僕。


 ……って、ちがーうっ!

 そうじゃないよっ。

 僕も活躍をしなきゃ、意味がないんだよ!?


 女性の包容力というか、優しい誘導で、僕はいつの間にか「護られる立場で頑張る健気な少年」になっちゃっていたよ!


「うううっ、こんな姿をルイララたちにでも見られたら、馬鹿にされてずっと笑われちゃうよ」

「エルネア君、僕がなんだって?」

「あのね、僕の情けない姿をルイララたちには見せられないって思ったんだよ。……って、ルイララ!?」

「あはは、さっきからしっかりと見せてもらっていたよ。ほら、僕と竜人族の彼女の背後に隠れて。はい、その獲物の止めをお願いするね?」

「あああぁぁ……」


 いつの間にやって来たのか、ルイララが僕の近くで剣を振るっていた。

 次々と斬り倒されていく砂蜂の魔物。

 時折り、女性とルイララが態とし損じる。それを僕に始末するように指示を出す。


「ぼ、僕も活躍したいよっ」


 だけど、僕の願いも虚しく、結局は砂蜂の襲来で僕は「勇気だけはある、護られる少年」に終わってしまった。


 最初は数えきれないほど群れていた砂蜂だったけど、近くで女王砂蜂と呼ばれるひと際大きな砂蜂の魔物が討伐されると、一気に数を減らしていった。

 そして、通りに集まった戦士の人たちはあっという間に砂蜂を駆逐し尽くしてしまった。


「ぼ、僕も活躍を……」

「残念だったね、エルネア君。次の機会に期待しよう」

「しくしく……」


 本気で泣きたい気分の僕を、容赦なく笑うルイララ。

 すると、肉厚の長剣を背中の鞘に収めた女性がまた声を掛けてきた。


「こら、魔族の君。少年の友人なのかは知らないけど、勇気を出して頑張った子を笑うものじゃないよ?」

「おおっと、それは失礼」


 笑顔を収めて、ひょいっと僕の隣に並ぶルイララ。


「それで、エルネア君。この竜人族の女性は誰かな? 君の奥方には見えないし、宿屋から出て短い時間でもう女性を捕まえたのかい?」

「ルイララ、誤解を招くようなことを言ったら駄目だよ?」


 苦笑する僕。

 でも、僕もこの女性のことを知らないのです。


 竜人族?

 この女性が?


 僕よりも背が高い女性を見上げると、視線が重なった。


「私はビルメイア。魔族のルイララ君が言ったように、竜人族よ。君は竜人族を見るのは初めて?」


 にこり、と優しい笑みを浮かべた女性の瞳には、さっきまでの鋭い眼光は消えていた。


「僕はエルネアといいます。さっきは色々とありがとうございました。竜人族には、いっぱい知り合いがいますよ。僕たちの故郷の側には竜人族の人たちから多く暮らす土地があって、交流していましたから」


 そう返事をすると、女性は赤い瞳を大きく見開いて驚いた。


「わあ、もしかして私の故郷の近くだったりする? 私の故郷はグラバリオス山脈よ。君たちの故郷もそうかしら?」

「えっ?」


 聞き覚えのある山脈の名前を思わぬ場所で耳にして、今度は僕が驚く。


「ふふふ、聞いてもっと驚いて。私の兄は、あの有名な竜人族の大戦士バグラス・グラバリオスよ」

「なな、なんだってーっ!?」


 更に聞き覚えのある名前を聞いて、僕はひっくり返るほど驚いてしまった。

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