バグラスの願い

 竜峰に平穏が戻った。

 大地の竜脈は正しい流れに戻って、大気を彩っていた支流も落ち着きを取り戻した。

 まだ遊び足りない様子の精霊さんたちが周囲で踊っていたり悪戯の準備を始めているみたいだけど、こちらはユフィーリアとニーナや元気な者たちに任せておけば大丈夫だよね。


「だいじょうぶだいじょうぶ」


 ということで、僕はバグラスと向き合う。


「さてと。貴方にはこれから罰を受けてもらう必要があると僕は思っているんだ。だけど、貴方の罰を決めるのは僕じゃないよね」


 たとえ僕が竜峰の盟主だとしても、被害者を無視して勝手に物事を進めるわけにはいかない。

 それで、僕は地竜たちを呼んだ。

 でも、さっきまで竜脈に乗って飛んでいた地竜たちは、残念ながら僕の側には来てくれない。


「レヴァリア、バグラスを押さえてくれてありがとうね」


 何故なら。

 そう。僕がバグラスの側にいるということは、バグラスを地面に押さえつけているレヴァリアもすぐ側にいるということだからです!


『貴様らは我に隠れて何をしていた?』

「ええっとね?」

『我が来たら終わりとは何のことだ?』

「それはですね?」

『よもや、我を出汁だしにして竜の姫の伝説になぞらえた竜人族どもの試練をもよおしていたのではなかろうな?』

「全部露見しちゃっているじゃないですかー!?」


 なんでレヴァリアは全てお見通しだったんだろうね?

 ライラよ、あとで詳しく説明してもらうからね?

 それはともかくとして。


「レヴァリア、バグラスを解放してくれるかな?」


 ここままレヴァリアがバグラスを押さえつけていたら、仲間を殺された地竜たちがレヴァリアをおそれて近づけないからね。


 バグラスからは、もう僕たちに抗うような気配は感じない。

 自分で大戦士と名乗っていたくらいだから、敗者の心得もきちんと持ち合わせているみたいだね。


 ふんっ、とレヴァリアは露骨に鼻を鳴らすと、大小四枚の翼を羽ばたかせる。

 そしてライラをくわえると、荒々しく飛び立っていった。


「はわわわっ、エルネア様っ」

「本物の竜の王が竜の姫を攫って行っちゃった!?」


 みんな、試練の第二幕の幕開けだよ! と僕は叫んだけど、竜人族の人たちは誰もレヴァリアを追ってはくれませんでした。

 竜王のみんなもね。


「エルネア、ライラのことは後回しにして、こちらの話を進めなさい」


 ミストラルに怒られたので、僕は気を取り直して地竜たちを再び呼び寄せる。


 レヴァリアから解放されたバグラスは大人しく地竜たちを待ち構え、地竜たちも冷静にバグラスの前まで寄ってくる。


「竜人族にも被害が出ているみたいだけど、仲間を殺された地竜のみんながバグラスに罰を与える優先権を持っていると思うんだけど、どうかな?」


 僕が勝手に話を進めちゃっているけど、地竜たちの意思も確認しなきゃいけないよね。

 僕に問われて、地竜のなかでもひと際大きな体格の地竜が喉を低く鳴らす。


『たしかに我らの同胞がこの者によって殺された』


 ぎろり、とバグラスを見下ろす地竜。

 だけどバグラスは怯まずに見上げ返す。

 こういう胆力は、まさに大戦士として相応しかったのかもね。


 しばし視線を交差させあった両者。

 地竜が再び喉を低く鳴らした。


『死した者たちは、竜人族の試練に協力する、という油断でこの者の悪意を見逃してしまったのだろう。だが、どのような状況であれ竜人族に遅れをとった結果としてあの者たちは死んだのだ。ここは竜峰。弱肉強食の世界だ。ならば未熟故に死した者たちのむくいを勝者に課すのは間違いであろう』


 竜族には竜族なりの矜持きょうじと誇りがある。

 油断していたとはいえ、竜人族に負けた同胞のかたきを「罰」という形で示したくはないんだろうね。

 もしも地竜たちがバグラスに報復するのであれば、正々堂々と戦うことを選ぶ。だけどその前に、既にレヴァリアがバグラスを倒してしまった。

 自分たちが認める竜の王が手を下した相手に改めて手を出すということを、地竜たちの誇りが許さないんだね。


「地竜のみんなはそれで納得するんだね?」


 僕が聞くと、代表の地竜以外の者たちも喉をならして同意を示す。

 それじゃあと、今度は竜人族の人たちに向き合う僕。


「地竜たちは仲間の死についてバグラスに罪は問わないと決めたよ。弱肉強食の結果だとしてね。でも、竜人族はその決断に納得できる?」


 死者は出ていないとはいえ、竜人族の人たちににもバグラスを責める権利はある。

 神聖な戦士の試練を邪魔されたしね。


 僕の問いに、バーバラさんが前に出た。

 どうやら、今回の試練でみんなを引っ張ったのは、バーバラさんみたいだね。


「そうさねえ。たしかにナレドは大怪我を追ったし、私らも迷惑をこうむったね。そう考えるとバグラスの行いは許されたものじゃあないさ」


 でもね、と相変わらず闊達に笑うバーバラさん。


「地竜たちがおとがめなしで良いってんなら、竜人族もそれにならうよ。弱肉強食の世界だろう? なら、強者の意見には従わないとね? それに、ここでの一番の強者はあんたなんだ。そのあんたが地竜の意志を尊重するってんなら、私らは不満なく従うよ」


 僕も最初から、判断を地竜にゆだねていたからね。

 竜人族を代表して発言してくれたバーバラさんが良いというのなら、竜人族の意思も決定だね。

 そう締め括ろうとしたところに、竜王のイドが口を挟んできた。


「こいつのこれまでの行いに対する処罰に関して、バーバラ姐さんやエルネア、それに地竜の決定に依存はねえぜ」


 だがな、とバグラスを見据えるイド。

 バグラスは大戦士として体格も優れているし、竜脈から力を奪わなくても並みの戦士よりも気配も実力もある。だけど、イドに比べたらひと回りも二回りも小さく見えるね。

 それに、り上げた頭皮に入れ墨を彫っているイドの方が強面こわおもてだよね。

 戦士見習いのみんながバグラスの姿にひるまなかったのは、もっと凄いイドやセスタリニースという偉大な竜王たちを知っていたからだろうね。


「バーバラ姐さんも言ったことだが、本来であれば異郷の同族を俺たちは歓迎したい。だが、やはり問題児をこのまま竜峰に留まらせておくことはできん」


 今回の問題は解決した。でも、バグラスがまた別の問題を引き起こすかもしれない。その可能性を、ここにいる全ての者が否定できない。とイドは容赦なく指摘する。


「今回の罪は問わん。だが竜峰に留まることは許さない。それが竜峰を護る竜王の決定だ」


 イドにそう宣告されたバグラスだけど、瞳は微塵も動揺に揺れなかった。


「承知した。命あることを幸運だったと思い、俺は大人しくこの地を去ろう。だがその前に。俺は確かめたいことがある」


 と、僕に視線を向け直すバグラス。


「俺はグラバリオス山脈の竜人族だ。お前たちはグラバリオス山脈を知っているか?」


 視線は僕に向いたまま。だけど、バグラスの問いはみんなに向けられていた。


「残念ながら、俺らは竜峰以外の同胞のことを知らん」


 イドの返答に、そうだろうな、と若干だけ失意に肩を落としながら、バグラスは語り出した。


「グラバリオス山脈は、ここよりもずっと東にある雲を突き破る火山が連なる山脈だ」


 最高峰の火山の山頂から東を臨めば、大陸の東の果てとなる海が見えるというグラバリオス山脈。

 険しさは竜峰ほどではないけど、火山が多く点在していて、竜人族や竜族が住めるような場所は限られている。

 グラバリオス山脈に生きる者たちは、僅かな居住地域を奪い合うようにして暮らしている。

 そう話すバグラス。


 バグラスはいったい何を訴えたいのか。

 僕たちは静かにバグラスの語りを聞いた。


「なかでも、グラバリオス大火山と呼ばれる火山の存在に俺たちは遙か昔から悩まされてきた」


 そこで「移住すれば良いんじゃない?」なんて無責任な軽口は誰も言わない。

 厳しい自然や、油断できない恐ろしい捕食者がいたとしても、ご先祖様から受け継いできた伝統や生まれ育った世界を切り捨てられないことを、竜人族の人々こそ深く理解しているから。


「グラバリオス大火山は、ことあるごとに大噴火を繰り返している。そして、そのたびに地形は変化し、俺たちはまた住む場所を探すことになるんだ」


 限られた居住地域。噴火のたびに変動する地形や環境。

 グラバリオス山脈は絶えず争いが起きている。

 それでも、竜人族はグラバリオス山脈に住み続け、歴史を刻んでいく。


「俺たちだって自然の驚異に振り回されてばかりではない。グラバリオス大火山を鎮める方法を、先祖が見つけ出したんだ」


 だがそれこそが呪いだったのだ、とバグラスはこれまでにないほどの苦渋の表情を浮かべた。


「グラバリオス大火山は、生贄いけにえを欲する。俺たちは一年に一度、生贄をグラバリオス大火山の火口に捧げなければならないんだ」


 生贄という単語に、流れ星さまたちが顔を引き攣らせた。


「竜人族と竜族。グラバリオス山脈では互いの生存を賭けて争うだけの関係だが、生贄に関してだけは協同している」


 つまりどういうことだ? と聞くイドに、バグラスは答えた。


「竜人族と竜族が毎年交互に生贄を捧げることになっている」


 グラバリオス山脈の生贄の風習は竜人族だけのものではないと知って、みんなが絶句していた。


「それほど、その山脈の噴火はお前たちとって死活問題なのだな。だが、だからこそ気になる。そうして毎年生贄を捧げながらも、グラバリオス大火山とやらは大噴火を繰り返しているのだろう?」


 そうだよね。バグラスが自分で、大噴火を繰り返しているって言ったんだ。

 大噴火を鎮める方法の苦肉の策として、毎年生贄を捧げるなんて手段を取らざるを得なかったんだよね?

 それなのに大噴火を繰り返しているって、矛盾していないかな?


 イドの疑問にバグラスは頷く。


「そうだ。生贄を捧げても、それだけではグラバリオス大火山は鎮まらない。そして俺は、嘗て生贄としてグラバリオス大火山に捧げられた供物くもつだった」


 まさかバグラス自身が生贄だったとは!?


「俺が言いたいのはここからだ。年に一度、グラバリオス大火山は生贄を欲する。供物として火口に落とされた生贄は、命をもってグラバリオス大火山を鎮める。いや、鎮める役目を負う。だが殆どの者が成功しない」

「成功しないから大噴火が収まらないと? それでお前は? 生贄は命を捧げるんだろう。では何故、お前は生きて山脈の外にいる?」


 イドの問いに、バグラスは僕から視線を逸らすことなく答えた。


「俺の存在。俺がグラバリオスの姓を受け継ぐ意味。それを教えてやる。お前らは、グラバリオス大火山がただの火山だとでも思っているのだろう?」


 違うのか、と逆に問い返すイドに、バグラスは首を横に振った。


「違う。グラバリオス大火山が噴き出すものは、溶岩でも岩石でもない。竜脈だ!」

「なにっ!?」


 これには、さすがのイドも息を呑む。


「グラバリオス大火山の大噴火とは、すなわち竜脈の大噴火だ。火山に捧げられる生贄とは、即ち竜脈を鎮めるための試練者を意味するんだ!」


 竜脈の大噴火。

 それは、さっきバグラスが見せたような大地を流れる竜脈の暴走のもっと大規模な現象のことなのかな!?

 しかも、それがずっと昔から続いている?

 そんな場所が世界に在るの?

 こっそりとリード様を見たら、小さく頷かれた。


「供物として火口に落とされた俺がこうして生きている意味。それはグラバリオス大火山の荒ぶる竜脈を飲み込み、大噴火を鎮めたことを示す。グラバリオス大火山の大噴火を鎮めた者こそが、グラバリオスの姓を受け継ぐ者だ!」


 誇らしげにバグラスは言い放つ。

 でも同時に、瞳には影が落ちた。


「……だが、そう粋がっていても。結局のところ、グラバリオス大火山の大噴火を止められるのは一時的なものでしかない。だから俺は、山脈を離れた。俺を越える竜人族か竜族を探し出し、グラバリオス大火山の大噴火を永劫に鎮めるために」


 だけど、竜脈を暴力的に操って無限の竜気を放つバグラスを越えるような者は現れなかった。

 そのうち、バグラスは山脈を出た理由を忘れ始めて、力におぼれ始めた。


「この山脈に辿り着くまで、俺は旅の目的を忘れてしまっていたようだ。だが、お前のおかげで俺は最初のこころざしを思い出した!」


 ずっと、バグラスの瞳は僕を捉え続けていた。


「竜脈は力任せに操るものだと、俺は傲慢ごうまんに思い込んでいた。だが、お前は違った。俺の知らない方法。俺の知らない穏やかさで竜脈を操り、噴火を軽々と鎮めてみせた。お前なら……!」


 そういうことか、と誰もが内心で頷いたに違いない。


「お前なら、グラバリオス大火山を」

「……ごめんね、それはきっと無理だよ」


 僕は、バグラスの言葉をさえぎって、彼の想いを打ち砕いた。

 僕の否定に、愕然がくぜんと目を見開いたまま硬直するバグラス。

 僕はそのバグラスに言う。


「僕は自分の力量を正しく認識しているつもりだよ。だからわかる。きっと貴方の故郷に行っても、なんの役にも立てない」

「だが、お前は竜神様の御遣いで……」

「そう。竜神様の御遣いだからこそ、安易な気持ちで「可能だ」なんて言えないんだよ」


 もしかしたら、家族のみんなで協力しあって長い時間を掛けて丁寧に向き合えば、いつかはグラバリオス大火山の大噴火を止められるかもしれない。

 でも、その間に故郷や竜峰で問題が起きたら?

 禁領のみんなや、預かっている流れ星さまたちに何かが起きたら?


「残念ながら、僕たちは何でもできる世界の救世主じゃないんだ。僕たちが関われるのは、僕たちが支えられる範囲の者たちだけなんだよ」


 だから、遠い異郷の地の問題に、安易に手を出すことはできないんだよ。

 魔族の国の奴隷問題や、遠い西側の人族の文化圏の問題、それに遥か東の果ての問題には、今の僕たちは関われない。

 そう僕が話すと、バグラスはくやしそうに唇を噛んだ。


「ここまで来て……救いが目の前にあるというのに……!


 どうして救いの手が差し伸べられない!!

 絶叫したバグラスに、イドが怒鳴った!


「馬鹿野郎がっ!」


 竜峰の大気を震わせる怒声に、バグラスは僕から視線を逸らしてイドを見上げた。


「エルネアが竜神様の御遣いで竜脈を自在に操れるから、自分たちを救ってくれ? 笑わせるな! お前こそがグラバリオスの姓を受け継ぐ大戦士なんだろう。なら、まずお前が全力でどうにかしてみせろ! 最初から他所よそに救いを求めるのではなく、お前たちが自力でどうにかしてみせろ!! それが大戦士の誇りだろうがよっ。……だがまあ、それでもどうにもならない時は、また竜峰を訪れればいいさ。その時は、エルネアじゃなくて竜峰の同胞たちがお前らのために力になってやろうじゃねえか」


 そのためには、まず竜人族としての礼儀作法を覚えるこったな、とイドは豪快に笑った。

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