閃きは突然に

 ふと、僕は思う。

 この試練は、僕とみんなとの経験や知識の差を埋めるために計画されたんだよね?


 では、マドリーヌたちと一緒になってルイセイネを救出しようとしている僕の現状は、間違いなんじゃないかな?

 炎の檻に囚われたルイセイネを助けなきゃと、何も考えずに突っ込んじゃったけどさ。


 それに、とアーリア様の斬撃を受け流しながら、この場にいないミストラルとライラのことを考える。


「僕はてっきり、次はライラだと思ったんだけどね? それにミストラルはリード様の拉致を自力で防いだけど、だからといって僕と同じ経験をミストラルが積んでいるわけじゃないよね?」


 ミストラルは竜姫だけど、精霊との関わりでいえばそれほど特別な知識や経験を持っているわけではないよね。


「それじゃあ、どうして?」


 マドリーヌ、ユフィーリア、ニーナ、セフィーナの四人が、精霊の世界に酷似した精霊の里で、ルイセイネを救出する試練を受けているのは何故かな?


「僕は参戦しても良かったのかな?」


 僕の疑問を振り払うように、アーリア様の苛烈な斬撃が双剣を弾いた。


「構わぬだろう。この場の試練の意味を理解するのであれば」

「この場の試練の意味……!」


 そうだよね。

 忘れちゃいけない。

 みんなを救出しながら順番に克服していくこの試練には、其々に意味があるんだ。

 では、精霊の里での試練の意味とは?


 精霊と仲良くなり、共存や関わり方を理解し、竜脈の理解を深めた。

 その次に、精霊の里で受けるべき試練の意味とは何なのか。


「単純に精霊の世界を体験するだけなら僕は除外でも良いし、何よりアーリア様たちが本気で妨害してくる必要はないよね? それじゃあ……」


 僕の思考の迷いは、霊流剣の刃へと敏感に伝わる。

 竜脈の流れから弾かれた双剣が、ぐんっと急に重くなった。


「はあぁぁっ!」


 剣筋の乱れた僕の横で、セフィーナが苛烈な回し蹴りをウォルゲン様に放つ。

 ウォルゲン様は炎のように全身の輪郭を揺らめかせると、セフィーナの攻撃をやり過ごす。

 セフィーナが放った回し蹴りの軌道を追うように、色とりどりの大気に美しい光の帯が流れた。


「もしかして?」


 僕は、何となく気づく。


「なぜ、精霊の里が精霊の世界に近い環境になっているのか。それは、僕たちに大切なことを伝えるためなのかな?」

「どういうことかしら?」

「何のことかしら?」

「エルネア君、助言をお願いします!」


 ユフィーリアとニーナが両手を繋いでくるくると回ると、色鮮やかに染まる空間の色が奇麗に攪拌かくはんされる。

 マドリーヌが法術を放つと、七色八色の世界に満月色が差し込む。

 世界を染める色の変化は、僕たちの動きだけじゃない。

 ユンユンやリンリン、ウォルゲン様やアーリア様、精霊のみんなが動いたり踊ったり騒いだりすると、精霊の里は様々な色に変化していく。

 そのなかで、僕は感じ取っていた。


「精霊の世界のいろんな色の変化の中には、竜脈の流れが影響しているものがあるね?」


 竜脈に乗せて霊流剣を振るう僕の刃の軌道は、空間を満たす様々な色を不自然なかたちで両断するようなことはない。セフィーナの攻撃もそうだね。

 それどころか、霊流剣の剣戟やセフィーナの動きの後には、綺麗な色の軌跡が生まれる。


「精霊の世界は、僕たちが普段目にしている世界よりも竜脈の影響を視覚的に捉え易いんじゃないかな?」

「その場所で戦う意味がわかったわ」

「その場所で色を見る意味がわかったわ」

「つまり、これはエルネア君がリード様の修行を通して会得しようとしている竜脈の基礎に繋がるわけね」

「エルネア君もまだ会得できていないので、参戦する意味があるのですね」


 みんなが納得する。

 僕も納得です!


「それなら、僕たちはこの試練でちゃんと成長をしないとね」


 ルイセイネの救出と共に僕たちも成長するんだ。


「あれ? でも、それじゃあやっぱりミストラルとライラがこの場にいないのは不自然じゃないかな?」


 試練の意味を考えると、余計に思ってしまう。ミストラルとライラは、僕たちと同じような体験をしなくても良いのかな?


「あらあらあら、他の方の心配をされる余裕がお有りでしょうか?」

「そうですね!」


 アーリア様と剣を交える僕だけでなく、他のみんなも劣勢に立たされていた。


「ユフィさん、ニーナさん、ユンさんとリンさんが周囲の精霊たちを呼び集めています。全方位から悪戯攻撃が来ますよ!」

「逃げ場がないわっ」

「回避しようがないわっ」

「マドリーヌ様、それ以上下がるとウォルゲン様の罠が仕掛けられています。セフィーナさんは全力で右側に回避を!」


 炎の檻の中から、ルイセイネの指示が絶え間なく響く。

 みんなはルイセイネの指示に従って、精霊たちの見えない悪戯攻撃やユンユンやリンリンやウォルゲン様からの猛攻をなんとかしのいでいた。

 それでも、このまま救出戦が続けば劣勢に追い込まれるばかりだ。

 どうにかして打開しないと!


 アーリア様の横薙ぎの一閃を、僕は右手に持つ霊流剣のひと振りで払う。そうして左の剣で反撃を試みる。

 だけど、それはアーリア様に完全に読まれていた。

 竜剣舞を乱すように、アーリア様の剣が霊流剣の刃の軌道を狂わせる。

 またもや竜脈の流れから外れた刃が、超過重となって僕の手と腕に負荷をかけた。


「竜脈の流れから外されるなら!」


 僕は竜剣舞を舞って、狂淵魔王との戦いで見せたように、大地の下から竜脈の力を湧き上がらせる。

 空間全部を竜脈で満たせば良いじゃない! という僕の力技に反応して、精霊の里の空間が一色に染まっていく。

 地表から空に向かって渦を巻きながら、美しい深緑色に染まっていく精霊の里。

 これまで赤や黄色や青色や様々な色が入り混じっていた空間が、竜脈の色に変化していく。


「これがエルネア君の言っていた新しい技ね?」

「空間を竜脈で満たせば、エルネア君はこれまで通りに自由自在に竜剣舞を舞えるわ」


 ユフィーリアとニーナは、僕が湧き上がらせた竜脈の力を使って、新たな「精霊術」の仕込みに入る。

 手を繋いでくるくると回る二人にからまるように、美しい深緑色の大気が小さな渦を巻き始めた。


「やはり想定通りの流れだな」

「それくらい、私たちはお見通しなんだからねっ」


 巨人の姿のユンユンとリンリンが笑みを浮かべる。

 僕たちの考えや動きは、すべて見透かされていた。


「愚か者め。精霊の里が何故なにゆえに我らの世界に酷似した環境になっていると思っているのだ」


 ぎらり、とウォルゲン様の瞳が炎の色に輝く。


浅慮せんりょだな。精霊の世界に近しい空間であれば、其方らより我らの方が動き易いのは道理であろう?」


 アーリア様の動きが加速した!

 竜剣舞を舞う僕が、手数で押され始める。


「くっ。まさか、僕の新たな技を精霊のみんなが逆に利用して力を増している!?」


 僕やアレスちゃんから力を受け取らなくても、精霊の里には竜脈の力が充満し始めている。

 そしてアーリア様は、アレスちゃんと同じ霊樹の精霊だった。

 霊樹の精霊は、竜脈の力を精霊力に変換できる。


 アーリア様を通して、ウォルゲン様やユンユンやリンリンだけでなく、精霊の里に押し寄せた数え切れないほどの精霊さんたちがどんどんと活性化していく!


「しまった、失敗した!」


 霊流剣を自在に扱うための新しい技が、こういう形で打ち破られるだなんて!?


「リード様が美しくないって言っていた意味は、こういう欠点があったからなんですね?」

「あらあらあら、私はそんなことを言いましたでしょうか?」


 リード様の大呆けに、全員が転ける。

 もちろん僕もずっ転けてしまって、それで竜剣舞が止まってしまった。

 そして、竜剣舞が止まると大地の下から湧き上がっていた竜脈の力も途絶える。

 精霊の里を染めていた美しい深緑色が瞬く間まに薄れていき、それまでのように万色が彩る空間へと戻っていく。


「ぐぬぬ。このままではルイセイネを助けられないぞ?」

「エルネア君、わたくしの救出を期待していますからね?」

「うっ……!」


 炎の檻の中で、ルイセイネがにっこりと微笑む。

 僕は、ルイセイネの期待に応えられるのかな?

 でも、大気を竜脈の力で満たす僕の技は破られてしまったし、どうしよう……


 霊流剣の動きが止まってしまった。

 大気を流れる竜脈に刃を乗せている間は、霊流剣は驚くほど手に馴染む手触りと荷重のままなんだよね。

 でも、霊流剣を竜脈に乗せて振るっているだけでは、超一流の剣術使いであるアーリア様には絶対に勝てない。

 アーリア様だけではない。

 これまでだって、狂淵魔王の攻撃を受けることはできても勝利へと繋がる道筋を掴むことができなかったし、これから同じような苛烈な戦いに身を投じた時に攻勢に出られるかさえわからない。


 このままでは、僕はいつまで経っても霊流剣を自由に扱うことができず、竜脈の基礎を収めることができない。


 では、どうすれは……?


 僕が手を止めて悩みに陥ってしまったことを読み取ったアーリア様の動きも止まっていた。

 これは試練ではあるけど、勝敗を争う戦いではない。だからアーリア様は敢えて僕が考える時間を与えてくれているんだね。

 アーリア様が気を遣ってくれているうちに、僕はこの試練の答えを導き出さなきゃいけない。

 みんなも、僕の技が破られたことで、この試練の難易度を改めて思い知らされたように動きを止めていた。


 これまでみんなが激しく動き、そのたびに鮮やかな空間の色が揺れたり混ざったりしていたけど、ここに来て停滞が生じる。

 精霊の里を満たす空間の色が、鮮明に僕たちの視界に入ってきた。


「精霊の世界の色は綺麗だわ」

「精霊たちは、いつもはこういう世界に暮らしているのね?」


 ユフィーリアとニーナの言葉に、精霊のみんなが踊りながら「そうだよ」と応えた。


「不思議よね。水場ではないのに魚の姿をした精霊が泳いでいたり、翼を持たない者が空中に浮いていたり」


 セフィーナの目の前を、なまずの姿に似た精霊さんが軽やかに泳ぐ。


「私たちの見ている世界とは違う景色、違う法則があるのですね」


 マドリーヌを螺旋状に包む色に沿うように、光の粒の姿で顕現した精霊さんたちが楽しそうに踊っていた。


「だが、エルネアが導き出した世界の答えに照らし合わせるのであれば、どれだけに見た目や法則が違う世界であっても、全ては霊樹によって繋がっているのだろう?」

「マドリーヌ的に言うなら、その全てを創造の女神様が創ったのでしょ? それなら、それほど難しく考える必要なんてないじゃないっ」


 光の巨人の姿のユンユンと、闇の巨人の姿のリンリン。二人の周りには、僕たちの周り以上に精霊のみんなが集まって、楽しそうに踊ったり騒いでいた。


 僕は、みんなの言葉をゆっくりと飲み込みながら、精霊さんたちや精霊の里を見つめる。


「精霊の世界も僕たちの世界も、全ては繋がったひとつの世界なんだよね。霊樹は、重なり合う幾つもの世界を繋ぐくさびのような存在なんだ。そして、霊樹と竜脈は密接な関係があって、どんな世界であっても竜脈の流れは存在している」


 もちろん、色鮮やかな空間に染まった、この精霊の世界に酷似した精霊の里にも流れている。


「精霊さんたちは、その竜脈の流れに乗って自在に浮いたり泳いだりしているんだよね? ……ああ、そうか!」


 ひらめきが過った。


「竜脈の流れは大気中にも存在しているよね? でも、どれだけ細かく枝分かれした竜脈の流れだとしても、都合よくセフィーナの前を通っていたりマドリーヌの周囲で綺麗な渦になっていたりするかな?」


 どういうこと? と首を傾げるみんなに答えを示すために、僕は改めて霊流剣の柄を握り直した。


「みんな、見ていてね。さっきの僕の技は美しくなかったけど、今度は綺麗に竜剣舞を舞ってみせるから」


 そう宣言をすると、僕は丁寧に竜剣舞を舞い始めた。

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