黒輝の流星群

「ぐわっ、急に落とし穴が!?」

「ま、まさか待ち伏せか!」

「目が! ……目がああぁぁっ」

「村を襲撃して物資を奪うだけの簡単な任務じゃなかったのかよ!?」


 既に、村には多くの魔王軍が侵入していた。だけど、多くの魔族兵たちは落とし穴に落ちたり地面に埋まったり、なかには急に転倒して立ち上がろうとするたびに何度も転ける者たちが続出していた。

 魔王軍の兵士たちは、それを村人たちの待ち伏せだと勘違いしているみたいだね。


「しかし、まさか正規軍が略奪とはな」


 魔王軍かせ起こる悲鳴に、リステアが顔をしかめる。


「魔族の国だからこういう状況が当たり前、というわけじゃなさそうだよね? スレインの反応からすれば」


 スレインは、さっき言っていたよね。村を襲撃した魔王軍の所業の悪さが気に食わないってね。

 つまり、この状況は魔王軍の暴走ってことだよね。

 だけど現在、僕たちが魔王軍の暴走以上に困っていることは、スレインの暴走です!


「早くスレインとスラットンに合流しなきゃ!」


 僕たちが向かっている方角からは、絶望に囚われた者があげる恐怖に染められた悲鳴が止むことなく響いてきていた。


「スレインは本当に魔王軍を皆殺しにする気だ」


 精霊術にまった魔王軍の兵士たちが、村のあちこちで大変な状況になっている。その様子を横目に村を突っ切った僕たちは、予想以上の惨劇となっている戦場に辿り着いた。

 無惨に斬り刻まれた兵士たちの死体で視界が埋め尽くさる。

 数十とうい数じゃない。明らかに数百人規模の者たちが既に虐殺されていた。

 そして、この虐殺を短期間のうちに行った者は……!


「スレインもう十分だよ!」


 僕は霊流剣を抜き放ち、蛇腹剣を振るう灰色の傭兵の間合いへと飛び込む!


「エルエル!!」


 リステアが叫ぶ。


 不用意にスレインの間合いへ踏み込んだ僕に向かって、魔剣の分裂した刃が襲い掛かった!


「……お前、一体何をした?」


 だけど、蛇腹剣の分裂した刃は、僕には一枚も命中しない。それどころか、霊流剣の刃はスレインの握る魔剣のつばもとに届き、蛇腹の刃の動きを封じていた。

 不意打ち気味の僕の一撃を止めたスレインが、少し驚いた表情を見せた。僕はそこにスレインの正気を読み取る。


「スレインもうこれ以上は駄目だよ?」


 スレインは、受け持った役目以上の戦果を挙げた。おかげで村の人々は無事に脱出できたからね。

 でも、これ以上は駄目です。

 力を持つ者が役割を越えて必要以上の殺しをすれば、それはもう罪でしかない。


「た、助かったぜ。俺じゃあスレインは止められねえよ……」


 そこへ、魔族との戦闘以上に精神的な披露が蓄積された様子のスラットンが現れた。


「スレインは俺の制止なんざ聞きやしねえ。力尽くで止めようにも、俺自身も魔族どもから自分の身を護るので手一杯になっちまった」


 大きく溜め息をつくスラットンを見たスレインが、魔剣を握る手の力を弱めた。

 ただし、今も霊流剣の刃と蛇腹剣は鍔迫り合いのまま。


「いいや、お前の訴えは聞こえていたぜ。だが、俺を止めたければエルエルのように、俺の予想を上回る何かを示す必要があったな。それでも俺はお前を評価はしているんだぜ。スラネル、やるじゃねえか。人族でありながら魔族の兵士を相手にまさっていたな」

「けっ、狂人のふりをしてよく周りを見ているじゃねえか。これでも俺様とリースは、故郷を護るために何度も魔族とは戦ってきたからな」

「隠れ村のことか?」

「そうだよ」

「ははははっ、そうかそうか」


 愉快ゆかいに笑ったスレインは、ようやく魔剣を鞘に戻してくれた。

 だけど、張り詰めた気配は僅かにも緩んでいない。


「さて。これまでの旅で反乱軍と魔王軍の情報も随分と探れたことだし、そろそろどちらに向き合うか決めるとするか」

「それって、傭兵としてどっちの陣営で雇われるかって意味? でも、スレインはもう僕たちに雇われているよね?」


 それとも、僕たちとの契約を終わらせて、傭兵としての本来の仕事に戻るってこと?

 僕の疑問に、スレインは南の方角へと視線を向けて言った。


「魔王軍が略奪を始めてるってことは、魔族側の戦況がまずいってことだろうさ。略奪で物資の補充や士気の維持を図らなければ軍としての組織を保てないんだろうさ。反乱軍ども、というか裏で何やら画策している連中も、魔王軍の隙を突こうと動くはずだ。ってことは?」


 そうか、裏街道で見かけていた旅商人に扮した反乱軍の人たちは、勧誘と同時に魔王軍の動きを探っていたのかもね。

 スレインは、これまでに得てきた様々な状況や情報から、答えを導き出したみたい。


「野郎ども、このままオーゼンカール砦まで一気に向かうぞ!」

「えっ、でもまだ今後の方針が!?」


 スレインの事前の話では、このまま順調に進めば一両日中に反乱軍が拠点としているオーゼンカール砦と魔王軍が布陣する平原にたどり着くらしい。


「細かいことは、もうこの際どうでも良いんだよ! 後はオーゼンカール砦まで行けば自分たちがどういう行動をとるべきかは自然とわかるはずだ」

「その根拠は?」


 スレインの強引な話の進め方に、僕だけじゃなくて全員が首を傾げていた。

 だけどスレインはそんな僕たちの疑念を軽く笑い飛ばす。


「根拠だと? そういうもんは、女神の導きがあればお前たちの前に示されるだろうよ」

「肝心な部分で適当にあしらわれちゃった!」


 がっくりと肩を落とす僕。

 でも、内心ではスレインの言葉に頷いていた。

 そうだね。そろそろ僕たちはこの国の本当の状況と狂淵魔王の真意を知るべきなのかもしれない。

 そして、反乱軍と魔王軍が睨み合う戦場に、その答えは存在しているのかもね。


「エルエル、あの金髪の耳長族の姉ちゃんはどうした?」

「リード様なら、向こうの方で村の人たちが避難する援助をしてくれているよ?」


 なんで? と聞き返した僕に、スレインは言った。


「お前以上に意味のわからない謎の女だからな。そうか、別行動中か、なら余計に都合がいいな」


 するとスレインは、僕が示したリード様がいる林とは違う方角へと足を向けた。


「行くぞお前ら! 遅れたら流れ星の旅に必要な情報を取り溢すことになるからな!!」

「えええっ、待ってよ!」

「くそったれ、治療を受ける暇もねえのかよっ」


 マイン様とアンナ様から怪我の治療を受けていたスラットンが、悪態を吐きながらも素早く立ち上がる。


「リード様には申し訳ないが、ここはスレイン殿を追うしかなさそうだ」


 スレインがどういう答えを導き出して行動に移したのか。僕たちには、彼を追うという選択肢しか選べない。

 僕たちは、村を襲撃した魔王軍の残党を残して、夜闇の裏街道を南に向かって全力で走った。






 既に戦火は上がっていた。

 オーゼンカール砦に向かって放たれる、数え切れないほどの魔法の雨。

 砦には強固な防御結界が張られているのか、それでも目立つほどの大きな被害は出ていない。

 砦に籠もった反乱軍は防御に徹しているのか、全ての門扉を閉ざして魔王軍の侵入を拒む。

 攻勢側の魔王軍は、砦を完全に包囲した状態から、魔法による猛攻を仕掛けていた。

 でも、魔王軍は砦に侵入出来ていない。

 魔族の軍勢が、人族の奴隷を中心とした反乱軍を相手に攻めあぐねている。

 その原因は、魔王軍の背後から攻める第三の勢力の勢いのせいだった。


「魔族どもは勝利を焦りやがったな? 砦の外の反乱軍を掃討せずに攻めたせいで、挟み撃ちになってやがる」

「スラネル、それってつまり、魔王軍を背後から攻撃しているあの軍勢も反乱軍なんだね?」


 そうだろうな、とリステアとスレインも頷く。

 その僕たちは、夜が明ける前にオーゼンカール砦が見える丘の上までたどり着いていた。

 このまま走れば、僕たちも火中に飛び込むことになる。


「それで、どういたしましょう?」

「戦争が始まっているのなら、私たちの出番はもうないんじゃない?」


 マイン様とアンナ様は思いのほか元気な様子で、爆煙や轟音、悲鳴や怒号が飛び交う戦場を見つめていた。


 二人はここまで、僕たちと一緒に走ってきた。

 日頃から鍛錬をおこたらず、数多くの試練や戦いを体験してきた僕やリステアたちであれば、これくらいで疲弊なんてしない。その僕たちと同じような体力を持つ流れ星様も、きっと色々な経験を積んできたんだろうね。


 流れ星様の疑問に、黒い魔剣を抜きながらスレインが躊躇ためらいなく言い放った。


「反乱軍の裏には神族どもいやがる。魔王軍は既に秩序と統率を失い、馬鹿のような戦いを仕掛けている。それなら!」


 頭上に高く掲げた魔剣の刃が、無数に分裂した。


「スレインっ!!」


 咄嗟とっさに叫ぶ僕。

 だけど、スレインの行動を止めることはできない。

 スレインは僕が静止するよりも早く、分裂した刃の全てに膨大な魔力を流しながら、手に持つ魔剣を振り下ろす!


「反乱軍も魔王軍も無能な役目は終わりだ! 全員、死ねっ!!」


 放たれた刃が、天高く飛翔する。

 そして、濃密な魔力の塊となって、オーゼンカール砦と魔王軍に向かって落ちていく。


「スレイン、駄目だよ! お願いだから無用な殺生は止めて!!」

「無用かどうかは俺が決める。エルエル、俺を止めたければお前のあの奇妙な剣術を全力で使え!」

「それなら僕は……!」

「だが、まだだ。こんな場所からでは本当の真実は見えやしない。だからお前も来い! 俺は砦の奥でお前らを待つとしよう」

「えっ!?」


 スレインは、唐突にマイン様とアンナ様を掴まえた。


「流れ星は護るという約束だったからな。俺の傍が一番安全だ」

「スレイン殿!」


 リステアが手を伸ばす。

 だけど、スレインだけでなくマイン様もアンナ様も掴めずに、虚しく手が流れるだけだった。

 スレインは上級魔族に相応しい大跳躍で、僕たちから一瞬で離れた。


「法術にはたしか、流れ星に見立てた恐ろしい威力の術があったな? 反乱軍と魔王軍に降り注ぐ魔剣の刃の流れ星を止めたかったら、早く俺に追いついてこい。呑気に道草食っていると、真相には辿り着けないぜ!」


 そう言い残すと、スレインはマイン様とアンナ様を拐って、オーゼンカール砦に向かって残像も残さないほどの速さで去っていった。


「くそがっ! スレイン、待ちやがれっ」


 スラットンが叫ぶけど、彼に届くことはない。


「やられたな。スレイン殿がリード様を警戒していたことは出会った当初から気付いていた。そのリード様の不在を狙って流れ星様を拐うとはな」


 リステアも苦虫を噛み潰したような表情で戦場を見つめていた。


「ごめん……僕がスレインを信用したからだよね。狂人の振りをした、理屈の通る魔族だと思ってしまったんだ」


 だけど、やはりスレインは狂人でしかなかった。

 よりにもよって、流れ星様を拉致するだなんてね。しかも、最も危険が待ち構えているはずのオーゼンカール砦に連れ去るだなんて!


「行こう! 砦には、反乱軍やその裏で悪巧みをする魔族や、その全てを利用しようとしている神族の帝尊府が待ち構えているはずだよね。僕たちが遅れたら、スレインが帝尊府と刃を交えることになっちゃう」


 そうなれば、拐われたマイン様とアンナ様は魔族と神族の争いに巻き込まれてしまうかもしれない。


「こうなったら、後戻りはできないぞ?」

「魔族だろうが神族だろうが、道理の通らねえ反乱軍だろうが、関係ねえよ! 俺たちは俺たちの信念を通す行動を貫くだけだぜ!!」

「スレインの暴走を絶対に止めてみせるからね!」


 まだ、朝日は上らない。

 夜の空に、魔力の塊となった魔剣の刃が星のように無数に輝く。

 そして殺意を宿した流れ星となって、地上に降り注ぐ。

 砦の防御結界は砕かれ、反乱軍も魔王軍も等しく地上に落ちた星々の爆発に巻き込まれていた。

 悲鳴と怒号が止まない戦場へと、僕たち三人は飛び込んだ。

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