第28話 普通の暗黒騎士、王都に来たる
この日、ハジメとリンは二人で王都にやって来ていた。
関所を潜ったハジメは、目の前に広がる光景に目を細める。
聖女の生誕祭と違って出店は少ないが、変わらず行き交う人々の活気には圧倒されるものがあった。
「ハジメ、なんだか嬉しそうですね」
「ん? ああ、やっぱ都って良いなってさ」
関所の衛兵に挨拶を終えたリンが下から顔を覗き込むと、ハジメはからっと笑った。
「人々が息づくこの光景は、俺達が目指してたものだしな」
「それを壊そうとしてたのは誰だっけ?」
「……それを言うのは卑怯じゃないか?」
確かに滅ぼそうとしたけどさ、と口を尖らせるハジメを見て吹き出すリン。
二人の格好は、森で着ているような白装束や鎧ではなく、この世界ではありふれた町民の服。
どこにでもいる普通の人といった出で立ちの二人なのだが、格好をどれだけ普通にしても目立ち過ぎであった。
誰もが見惚れる美貌を持つリンと黄金に縁取られた紅い瞳と尖った耳という特徴的な容姿に大振りの剣を背負ったハジメ。どこからどう見ても普通の人ではなかった。
「あっ、リンドヴルム様!」
当然、目立つ二人が街中を歩けば注目の的になってしまい、リンの正体に気づいた人々によってあっという間に囲まれてしまった。
「お久しぶりです、リンドヴルム様!」
「お久しぶりです、マーダルさん。赤ちゃんはその後どうですか?」
「元気ですよ。最近じゃやんちゃの盛りでして」
「リンドヴルム様、お加減はいかがでしょうか?」
「元気に過ごしています。アバァさんもお元気そうで良かったです。腰を大事にしてくださいね?」
「リンドヴルム様! 聖女をやめちゃったんですか!?」
「あっ、そうでした! 皆さん、私もうすぐ聖女じゃなくなるので様ってつけなくて良いんですよ!」
「関係ないさ! リンドヴルム様は俺達の聖女様だ!」
口々にそうだそうだ、と言われて困ったように、でも嬉しそうに笑うリン。
そんなリンを見て、うんうんと満足そうにハジメが腕を組んで頷いていると、リンに近い位置に立って武装した男性という特徴的な姿に興味を惹かれた一人が声をかけた。
「あんた、聖女様の護衛か何かかい?」
「ん? ああ、俺は――まあそんなもんだな」
少し腰の曲がった頭頂部の禿げた男性に声をかけられ、ハジメは年老いた彼に聞いてみた。
「リン――ドヴルムってこんなに慕われていたんだな」
「……先代様が亡くなってしばらく、聖女となんて雲の上に居るようなものだったんだがねぇ」
笑顔の輪を眺め、過去を思い返すように目を細めて男性は言う。
「あの人は、俺達のところに降りてきてくださった。お恥ずかしながら、当時の俺たちゃあの人の言葉なんて全く信じてなくてな。でと、そんな俺達の悩みを聞き、解決するために分け隔てなく協力してくれてな。俺達はあの人のお陰で今日を生きていられるのさ」
「そうか……」
「なんで聖女を辞めるのかは知らないけど、大変なお役目から離れられるんだ。これからはしっかり自分の幸せを見つけてほしいな」
「任されたっ!」
リンの幸せを願う男性の言葉に、ドンッと胸を叩くハジメ。
ただの護衛がそんなことを言うものだから、男性はブッと吹き出した。
「なんで兄ちゃんがそんなに気負うのさ。でもそうだな。あんたみたいな人が近くにいるなら、きっと大丈夫だよな」
「ハジメ、ごめんなさい!」
人混みからなんとか抜け出してきたリンに頭を下げられ、ハジメはぶらぶらと手を振った。
「構わねーさ。こっちも興味深い話を聞けたしな」
「興味深い話?」
「さて、そろそろ行くかぁ」
「えっ、どんな話なの!? ちょっとハジメ!」
小首を傾げたリンに具体的な内容を言わず、はぐらかすように「ははっ」などと笑いながら歩き出すハジメ。
その背中を追いかけ、素早く彼の隣に並んだリンが怒ったように頬を膨らませ、それを見たハジメが両手を振って何かを言う。
そんな年頃の男女らしいやり取りをしながら街中へ消えていく二人を見送り、男性は「俺の心配も杞憂だったかぁ」と微笑ましそうに笑い、自分の仕事へと帰っていくのであった。
※
ハジメとリンが王都に来ることになったのは、リンの元に来た一通の手紙が原因であった。
それはリンが森に帰ってきてから半年ほど経過したある日のこと。
リンの元に、ハジメ召喚の命が書かれた手紙が届いたのである。
リンが戻ってきてからのハジメの成長速度は凄まじく、その頃には元から住んでいる人と遜色ないほどテベス語を操れるようになっていた。
それをホモノン王に報告したから届いた、召喚命令。
ハジメにどう伝えるか悩んでいたリンに対し、偶然手紙を読んだハジメは、
「ん? いいぞ。じゃあ礼儀作法とか教えてくれよ。何も知らないよりはマシだからさ」
そんなふうに気楽に言うのであった。
そこから、失礼にならない程度の丁寧な言葉遣いや礼儀作法を学んだハジメとリンは、満を持してホモノン王の召喚に応じたのである。
軽く王都を周り、王都襲撃の際には知れなかった王都の日常を見たハジメは、その足でエーゲモード城に向かう。
「お久しぶりです、姉様!」
「久しぶり――って言うけれど、会ったの一週間前よね?」
「一週間も、です!」
城に着いた二人を待っていたのは、アンフィの熱烈な歓迎であった。
「それじゃあ、姉様と私はここで!」
「えっ、ちょっ」
「期待しててくださいねー!」
相応の格好をしなければならない、ということでリンを連れて行かれたハジメは、同じように置いていかれた騎士バルトに声をかけた。
「……俺、どうすればいい?」
「……貴様、礼服はあるのか?」
「俺んとこのならあるけど」
「それでいい。案内するから着いて来い」
表情が固く無愛想なバルトに連れられ、衛兵たちに不審なものを見るようにジロジロ見られながら歩くこと十分ほど。
ハジメが通されたのは、大きな机とハジメも良くわからない鋏などが入った籠の置かれた部屋だった。
「来賓客用の……更衣室のようなものだ」
「へー、こんな部屋があるんだな」
壁に飾られた調度品といい、ただ服を着替えるにしては豪華だな、テーブルの上の鏡とか何に使うんだ、などと呟きながら倉庫を探るハジメ。
「……いつ見ても奇妙だな」
「奇妙って、ああ、倉庫がか。こっちには空間に作用する魔法はないのか?」
不審そうにこちらを見るバルトに問いかけると、何を当たり前のことを、と彼は言う。
「そんなもの、伝説上の話だけだ。勿論、大掛かりな魔法施設なら転移を使うこともできるが」
「えっ、こっちの奴ら一人で転移できねーの? めっちゃくちゃ不便じゃないか」
「お前たちの方がおかしいんだ。空を飛ぶ魔法だの転移の魔法だのなんだのと。空間をいい感じに湾曲させて個人の倉庫を作るってなんだ」
頭が痛くなる、と額に手を当てるバルトに、まあな、と笑いつつ倉庫に上半身を突っ込んだハジメが言う。
「俺等も最初はこんなことできなかったんだけどさ。空間魔法の天才ってのが居てな。そいつが色んな物を別空間に閉じ込めて収集するっつー変な趣味してて、それを見た家の魔王が『それ、皆が使えたら便利じゃない?』って言い出して……。実現までかなり掛かったなぁ」
「どれくらいなんだ?」
「ざっと三百年くらいだったっけ」
「さんびゃ――!?」
下半身だけが虚空に浮いているという奇妙な姿を晒しながらハジメは続ける。
「俺等が街を作り始めた頃に会ってさ。そりゃあもう大変だったぞ? 下手に空間歪めたら
本当に死ぬかと思ったよな、と笑いながら古めかしい宝箱を倉庫から出してきたハジメは、そこから黒を貴重とした服を取り出した。
黒を貴重に、白のワンポイント。肩から袖にかけて伸びる金で作られた鎖とそれを固定する毛皮の装飾品。腕や足には色とりどりの鱗や装甲が編み込まれ、服を止めるボタンにはハジメの瞳と同じ金で縁取られた紅い宝石が施されている。
「……なんというか、派手だな」
「世界一凄い服ってやつだよ。オーマと俺は国の象徴だから、この国らしい凄い服を着てくれって。オーマ、あー、俺んとこの魔王なんて、もっと宝石やらなんやらくっついてすごいぞ?」
「……美的センスが独特なんだな」
「……あまり格好良くないのは認めるけど、『世界で一番強くて格好いい服です!』って自信満々に言われちまったら断れないだろ? 本当はもっと落ち着いたのが良かったんだけど『攻撃力が減るので駄目です!』って言われたら何も言えなくてさ」
「服の攻撃力ってなんだ」
「知らね」
口では色々言っているが、ジャラジャラと音を立てつつ丁寧に礼服を置いたハジメの表情と仕草から、服をとても大切にしていることが伝わってきて、バルトは少しだけ表情を柔らかくする。
ハジメが着ていた服に手をかけてさっと脱ぎ、いざ礼服に手をかけたその時、突然動きを止めてバルトに声をかけた。
「なあ、ちょっといいか?」
「なんだ」
「服着るの手伝ってくれない?」
「……は?」
服を着るのを手伝う? 意味が分からずに聞き返すバルト。
「この服、実は服と装飾の二重構造になっててさ」
「……ふむ」
「一旦金の鎖とかの装飾を外して服を着るんだけど、その後装飾を付け直さないといけないんだよ。肩当て外したりのはいいんだけど、これを自力でつけるの結構難しくてさ」
「…………分かったが、どうすれば良いのか教えてくれないとわからないぞ」
「そこは任せとけ。それじゃあごめんけど、よろしくオネガイシマス」
そうして二人は礼服を着始めるのだったが、ハジメが着方を忘れていたせいで、バルトはたっぷり三十分も礼服の着用を手伝わされることになるのであった。
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