第24話 普通の暗黒騎士と普通に来た聖女御一行
感情も落ち着いてきたところで、急いで二人分の椅子とそれに合う机を作ったハジメが青年と妹を座らせ、来客用に食事を用意しようとする。
「魔法陣の中で木材が勝手に加工された、だと……!?」
「はぇーすっごいべんりぃ」
それを見たリンが台所に並び、二人でテキパキと料理を始める。
「ぬぅ……」
「あんなに楽しそうなリンド姉様久しぶりだよね」
「あ、ああ、そうだな、うん……」
「あれ? 元気ない?」
「なんでもないぞ。しかし、食えるものが出るんだろうな?」
「姉様も食べていたらしいから大丈夫だよ。味が濃いらしいけど」
「濃いのか」
「うん」
「……そうか」
そんな青年と妹の待つ中、次々と料理が完成していき、気づけば四人で食べるには多すぎる量の料理が並び始め、ついにはハジメがテーブルの増設までしてしまう始末。
「ねぇ、作り過ぎなんじゃ……」
「ははは、タッマチッヤ」
リンも思わず苦笑いしてしまうほどテーブル一杯に置かれた山盛りの料理。
パスタのようなもの、スープ、ステーキ、包み焼き、干物、見たことのない料理の数々に圧倒される青年と妹だったが、リンとハジメが戸惑うことなく料理に手を付け始めたのを見て、お互いに顔を見合わせると頷きあって料理を取り皿に分ける。
そうして二人は料理を口に運び、
「「んまぁあ〜〜〜い!!」」
その美味しさに思わず大声を出してしまう。
「このパスタはなんだ、濃厚な酸味――まさかチーズか!? チーズがこんなに美味いことがあるか……ッ!!」
「んーっ、このグラタン凄く凄いっ! 凄いっ!」
青年は普段食べている物との質の差を感じて悔しそうに、妹の方は口元を汚しながら楽しそうに食べていく。
「アンフィ」
「わぷっ……ごめんなさい姉様」
「ふふっ、いいのよ? でも、キチンと野菜も食べないと」
「はぁい」
口元をハンカチで拭われ、野菜や肉を取り分けられる妹とリンの姿は仲の良い姉妹そのもので、ハジメは「良きかな良きかな」などと微笑ましい光景を見ながら肉を頬張る。
「…………」
「んぉ?」
「ふんっ……美味いなこれ……」
視線を感じて青年の方を見ると、露骨にハジメを睨んだかと思えば、香草に包まれた焼き魚に手を付けなんとも言えない複雑そうな表情で食べ始める。
――ま、仲間になりたてはこんなもんだよな。
過去に仲間になった人たちとのやり取りを思い出しながら、ハジメは酒を呷るのであった。
※
食事が終わり、食器を一通り片付けたハジメたちは、食後のティータイムに入っていた。
村で貰った牛乳や手持ちの果実を使った焼き立てのパイに舌鼓を打つ四人、
「またついてるわよ、アンフィ」
「あっ、ごめんなさい――って、こんなことしてる場合じゃないですよっ!?」
頬についたパイの欠片を取ってもらってはにかんだ妹は、突然思い出したように立ち上がって叫んだ。
「どうしたの? 大声を出して」
「どうしたのじゃありませんよ姉様!? 今日はそちらの魔族さんと交渉をするってお話でしたよね!?」
「…………わ、忘れていたわけじゃないわよ? でも、この調子だとちょっと」
妹に指摘されてそっと目を逸らしたリンの目線の先には、他の三人が食べきれなかった分を全部食べてしまい、気持ち悪くなって机に伏せたハジメの姿が。
「ぅ、ぉぉぉ……ルケサガラハ〜……」
顔色を少し青くしてお腹を抑えるハジメの背中を、労るように擦るリン。
そんな姿を見てしまえば、今日の目的は果たせないなと妹も納得するしかなくて。
「…………か、構わない、ぞ。お前ら、目的あるぞ?」
と、リンに背中を擦られていたハジメが身体を起こして言う。
「リンが森に帰ってきた理由、気になるから――げふっ」
大きなゲップをして、それに連動して競り上がってきたものを飲み込むために身体を丸めるハジメ。
あまりにも真面目な話をする雰囲気ではないのだが、当人の許可が降りたため、妹は姿勢を正してハジメに向き直る。
「改めまして。始めまして、ハジメさん。私の名前は、アンフィ・ウル・ファイファー。今のエーゲモード王国聖女です」
リンの妹、アンフィの言葉にハジメの表情が険しくなる。
何か変なことを言っただろうか? 不安でオロオロとリンに目を向けるアンフィ。
「違う違う、これは、そう、凄く凄い、あー……」
それを見て、ハジメは頭の中で言葉を考えて口を動かそうとするが、どうしても思い通りの言葉が思いつかなくて、ベッド脇に置かれた紙と羽根ペンを魔法で引き寄せると素早く文章を書き始めた。
『貴女の名前はドラコメインではないか? 今の巫女はリンドヴルムではないのか』
「えっと、それは……」
「私が説明するわ」
チラッと不安そうに見られて、ハジメの隣に座ったリンが彼女のあとを引き継いだ。
「ハジメ、これは私の今後を決める話でもあるから良く聞いてほしいの」
今後を決める、と言われては腹痛を気にしている場合ではない。
居直るハジメの露骨な態度に、ふっ、と力を抜いたリンは語り始めた。
ハジメと分かれた一年の間に何があったのかを。
※
ハジメ・クオリモの襲撃。表向きでは現代に復活した魔族による王都侵攻事件が終結して三ヶ月が経とうとしていた。
この間、王都では多くの混乱が発生していた。
特に大きかったのが貴族の大粛清だ。
ホモノン王毒殺計画に加担し、ホモノン王不在の最中に好き勝手していた諸侯の多くが死罪、もしくは禁固刑となった。刑罰が軽い者も居たが、そういうものはほぼ奴隷のような立場で王家の監視下に置かれることとなっている。
リンドヴルムの家、ドラコメイン家もその対象であった。
過去から行われていた脱税。巫女であるリンドヴルムに対する虐待。そうした罪が明るみとなり、ドラコメイン夫妻は禁固刑。
そのため、残されたリンドヴルムが自動的に当主となったのだが、彼女は領地を護るために妹をファイファー家へと引き取ってもらったのである。
それだけではなく、なんとドラコメイン領の運営権もファイファー家に譲渡したのだ。
ホモノン王の許可があったとはいえ、実質的に自らの手で家を滅ぼすという行為は各界にかなりの衝撃を与えたのだという。
魔族を退けた英雄にして、王都の大魔法を発動する力を持つ美しい巫女。
それが、今のリンドヴルムだった。
そんな彼女は、王宮の廊下を歩いている最中。
彼女のことを見て立ち止まる兵士たちに微笑み会釈をしつつ歩く彼女に声がかかった。
彼女に声をかけたのは、短く硬質な濃い茶髪と鳶色の瞳の青年。
上級騎士の証である紋章付きの蒼い外套のついた鎧を身に纏う彼は、リンドヴルムの幼馴染でもある青年だ。
「リンド」
「騎士ファイファー」
「騎士はやめてくれ」
「ふふっ、ごめんなさいバルト。どうかしたの?」
クスクスと口元を隠して笑うリンドヴルムを見て、青年――バルト・ファイファーはその顔をじっと見つめてしまう。
彼女は変わった。それは良い変化でも有り、悪い変化でもある。
良い変化というとまず、表情豊かであることが挙げられるだろう。
以前の彼女はただ聖女としての仕事を行うだけで、病的に細くなった手足や削げた頬、落ち込み気味の瞼に適当に梳かれた枝毛だらけの金髪と化粧だけでは誤魔化せない世捨て人のような女性だった。
世間話もしないし、表情一つ変えない。
そんな彼女が、魔族襲撃後からは打って変わって笑顔を見せるようになった。
今までの病的な雰囲気は消え失せ、頬に肉がつき、肌に張りが出て髪の毛にも艶が戻った。
職人エルメスの手で織られたと言う純白の衣装は、女性には珍しいズボンや透けた布をを使ったものだがそのせいで男好きする豊満な身体のラインが強調され、病的な雰囲気でかき消えていた美しい女性が浮き彫りになった。
そんな彼女は今、魔族を退けた白装束の美しき巫女。
白き巫女、リンドヴルムと王宮内で囁かれている。
「どうかしましたか? バルト」
「えっ!? あ、ああ、前と雰囲気が変わったなと皆が言っていたのを思い出してな」
「ああ、それは――」
それは、と言ってあらぬ方向を見つめるリンドヴルムを見て、バルトの胸がギュッと締め付けられる。
魔族襲撃から、彼女は時々こうして遠くを見ることが増えた。
その嬉しそうな、何かに思いを馳せるような横顔はバルトの見たことのないもので。それを言葉として表すならきっと、
「やりたいことが見つかったから、かな」
「やりたいこと……」
頭の中に浮かんできた人の事を口に出そうとして、バルトは首を振る。
「分かった。そのやりたいことが出来るように、俺も協力するよ。今度こそ」
どれだけ助けたいと思っても助けられなかった過去を思い、バルトは決意を新たにそう言うと、リンドヴルムはにんまりと、いたずらを思いついた子どものように唇の端を曲げて言う。
「それじゃあ、今日はしっかり協力してもらうからね?」
その笑みに底しれぬものを感じ、バルトは少しだけ先程の言葉を公開するのであった。
それから数刻。北の塔の隠し広間でリンドヴルムはホモノン王に堂々とした立ち姿で言った。
「私、聖女やめます!」
晴れやかな笑顔とともに放たれた言葉を聞き、バルトは思った。
――嗚呼、空が青いなぁ……。
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