閑話23 埼玉セルヴァグレーツ対村山マダーレッドサフフラワーズ交流戦第1回戦ラジオ中継(埼玉地元放送局)

 埼玉セルヴァグレーツにとって悪夢のような時間がようやく終わりました。

 試合は1回の表が終わって20対0。

 これから1回の裏の攻撃が始まるという段階で、埼玉セルヴァグレーツは20点という余りにも大き過ぎるビハインドを背負ってしまいました。

 本拠地ムーンストーンドームに集まったファンは静まり返って……いませんね。

 むしろ何やら盛り上がっているようですが、これは――。


(「渡井をクビにしろーっ!」という叫びが音声に入り込む)


 あれは監督の解任を要求する声ですね。

 球団の低迷はギリギリ許すことができても、西牧選手の晒し投げはさすがにファンとしても許容できないといったところでしょう。


 しかし、渡井監督としては難しい判断だったのではないでしょうか。

 稲藤さん、如何でしょう。


 まあ、まだ初回、それも自軍の攻撃すら始まっていない状況ですからね。

 更に今日までの試合のほとんどにおいて先発が5回も持たずに降板し、中継ぎや抑えを酷使してしまっているという事情もあります。

 可能な限り長く投げて欲しいという気持ちが先立ってしまい、交代のタイミングを見失ってしまったのではないでしょうか。

 とは言え、首脳陣の判断であることに間違いはありません。

 10失点の時でも15失点の時でも、途中で代えることはできた訳ですからね。

 最終的に他の投手の負担を避けるため、無理を強いて西牧投手に投げさせたことは紛うことなき事実です。

 責任の所在は明白でしょう。


 1回自責点20という無残な状況に陥ってしまったその西牧選手ですが、今日この僅か1回だけで防御率が6.81から11.37に悪化しています。

 これをおおよそ登板前の防御率にまで戻すためには、以後26イニング連続で無失点に抑えなければならないようです。

 ほぼ3試合連続完封ですね。


 ……残念ながら、このチーム状況では不可能に近い話ですね。

 まだ全日程の3分の2以上の試合を残してはいますが、低迷していた去年すら下回るキャリア最低の成績になってしまうことが目に見えています。

 まあ、これは村山マダーレッドサフフラワーズとの対戦機会が多い私営イーストリーグの投手陣にも言えることではありますが。


 内実はどうあれ、晒し投げとしか思えない状況で数字を落としてしまった。

 その点で、監督に特に批判が向かうのは仕方のないことかもしれません。

 しかし、まだ初回ではありますが、このような絶望的なスコアでも球場に留まって下さっているファンの皆様には本当に頭が下がりますね。


 そもそもが、過去類を見ないレベルで低迷する球団を前にして尚こうして球場にまで応援に来て下さっている熱狂的な埼玉セルヴァグレーツファンですから。

 帰るよりも首脳陣に、選手達に物申したい気持ちの方が強いのでしょう。

 それでも、チラホラと試合開始直後よりは席が空いていますが……。


 さすがに20-0では心が折れてしまうのも無理もないことでしょう。

 とは言え、ただ帰ってしまうのはチケットが無駄になってしまいます。

 折角ですから、少しでも有効活用して気分を変えた方がいいでしょう。

 ムーンストーンドームでは、当日の観戦チケットで特別な施設に入場可能です。

 オリジナルグッズが手に入るアミューズメントコーナーが併設されているグッズショップや、お子様連れの方向けのアスレチック施設を利用することができます。

 その他、試合後にはグラウンドイベントなどもありますので、一種の遊興施設としてムーンストーンドームを堪能いただければ幸いです。


 可能であれば何とかポジティブに観戦を続け、試合の中で少しでもよかったと思えるところを見つけていただきたいですね。

 今日と明日の試合は普段よりも難しいことだとは思いますが。


 明日は野村秀治郎選手が先発ですからね。

 埼玉セルヴァグレーツもローテーション的にはエースピッチャーである松口投手が登板することになるはずですが、今シーズンの不調を思うと……。

 今から憂鬱になってしまいます。


 まあ、私から触れてしまいましたが、その話はやめておきましょう。

 とにもかくにも我々は地元局の実況、解説として埼玉セルヴァグレーツ寄りの立場で少しでも希望が持てる部分を見出して皆様に提示していきたいと思います。

 どうか、1回の裏以降もおつき合い下さい。


 稲藤さん、ありがとうございます。

 さて、1回の裏。先発ピッチャーである浜中美海選手の投球練習が終わり、埼玉セルヴァグレーツの攻撃が始まります。

 っと、村山マダーレッドサフフラワーズは守備交代をしていますか?


 そうですね。

 村山マダーレッドサフフラワーズは6番の大法選手、8番の木村選手に代えてレンタル移籍で加わった茂田選手と本野選手を出してきたようです。


 確か、茂田選手と本野選手は投手だったと記憶していますが……。


 野村秀治郎選手曰く「野手としての適性に優れているようなので、当面は二刀流で起用していくことを考えています」とのことでした。

 実際、交流戦直前の私営イーストリーグの試合では既に野手としての出場も済ませており、プロ入り初ヒットも放っていますね。

 勿論、野村秀治郎選手の眼力が正しいのか正しくないのかが分かるのは、まだまだ先のことではあるでしょうが。


 な、成程。

 しかし、まだ1回の裏ですが……。

 守備につくこともなく交代となってしまった大法選手と木村選手は、その処遇に納得されているのでしょうか。


 その2選手からコメントが入ってきていますね。


 そのようですね。読み上げさせていただきます。

 まずは大法選手から。

「恥ずかしながら、1回の内に3打席回ってきて全力疾走したので疲れてしまいました。1部リーグの交流戦スケジュールに早く慣れていきたいと思います」

 続いて木村選手。

「交流戦はハードですからね。休める時に休んで、備えて欲しいとのことでした」

 コメントを見る限りでは、どうやら納得されているようですね。


 全力のベースランニングは確かに疲れますからね……。

 イニング3度となると、気持ちは分からなくもありません。


 しかし、備えるとは?


 東京プレスギガンテス戦と兵庫ブルーヴォルテックス戦のことでしょう。

 タイミング的に大松選手と磐城選手の登板がある可能性が高いですからね。

 苦戦必至と考えているのだと思います。

 そのためにコンディションを整えておきたいということではないでしょうか。


 埼玉セルヴァグレーツとしては屈辱極まりない話ですが……。

 現状の点差では文句を言っても虚しいばかりです。

 せめて少しでも点差を詰めなければ。


 そうですね。

 何とか浜中美海選手を打ち崩し、この早期の交代を後悔させて欲しいものです。


 まず話題の女性投手に挑む埼玉セルヴァグレーツの先頭打者は中井和之選手。

 1番打者ながら長打力があるバッターです。

 ただ、今季の数字は物足りないというのが正直なところではあります。


 埼玉セルヴァグレーツの選手全員に言えることですけどね。


 それは言わない約束で。

 稲藤さんは、こういったスランプはご経験ありますか?


 スランプは勿論ありましたよ。

 レギュラーシーズンはどこかにピークを合わせる訳じゃなく、数ヶ月もの間、ほぼ毎日のように戦い続ける訳ですからね。

 当然、好不調の波はありますし、不調が想定以上に長引いたこともあります。

 とは言え、それはあくまでも個人単位での話。

 このように、全員が全員同じタイミングで調子を崩してしまうのは異例です。


 何とも不思議な話ですね。


 ええ。実績のあるなしにかかわらず、ですからね。

 更に言えば。

 打てない、抑えられないといったある種の相対的な要素のみならず、試合中の平均球速や打球速度の低下など個人的な部分にまで影響が及んでいますから。

 なら単純に衰えたのかと思えば、改めて練習で計測してみると去年と然程変わらないどころか、むしろ数字が改善している選手もいるそうです。


 理解に苦しみます。

 1人の例外もなくとなると、イップスも考えにくいですしね。


 そうですね。

 もしかするとイップスが原因の選手も中にはいるのかもしれませんが……。

 さすがにそれは極々一部でしょう。


 しかし、練習では成長が見られる選手がいるということであれば、原因さえ取り除くことができればチーム状況が大幅に改善されるかもしれませんね。


 取り除ける類の原因かは不明ですが……。

 そうですね。可能性は十分あると思います。


 っと、そうこう話している間に中井選手が追い込まれています。

 現在カウントは1ボール2ストライク。

 初球は横のスライダーで空振り。

 2球目は縦のスライダーでボール。

 3球目はストレートをファウルといった内容です。

 そして今、4球目を、投げました!

 バットは空を切る! 空振り三振!

 中井、低めに落ちた縦のスライダーに当てることができませんでした。


(続く2番打者の辻木浩彦は低めにコントロールされた横のスライダーを引っかけてしまい、内野ゴロでアウトとなった。場面は2アウトランナーなしに変わる)


 浜中選手、代名詞とも言えるナックルをここまで1球も投げていません。

 春季キャンプで新たに習得したという変化球を中心に投げ込んできています。


 先程の投球練習でナックルらしき緩い球を投げて首を傾げる姿が見られました。

 今日はナックルの変化が悪いと判断したのかもしれません。


 成程。

 そう言えば、ドーム球場とナックルは相性が悪いと聞きますが……。


 ナックルは風の影響を受けて変化の仕方が大きく変わりますからね。

 風のないドームでは最大の特徴であるランダム性が損なわれてしまうでしょう。


 そんなドームでも安定した投球をするために。

 春季キャンプにて新球を習得した訳ですね。


 そうでしょうね。

 ドラフト会議前の特番では、同じドーム球場で滅多打ちにされていましたから。

 埼玉セルヴァグレーツからも海峰選手が出場し、エキシビションながら1イニング2ホームランという活躍を見せていました。


 覚えています。

 と言うよりも、先程思い出させられました。

 さながらその時の意趣返しであるかのように、野村秀治郎選手が本日1イニング3ホームランという離れ業をやってのけています。

 これも当然ながら公式戦史上初の出来事です。


 まず前提として、打者2巡しなければ話にもなりませんからね……。

 この記録が破られることは今後ないんじゃないでしょうか。


 確かに。

 個人の実力だけではなく、チームメイトの打席結果や相手チームとの戦力差などの外的な要因も多分に関わってくる記録ですからね。

 我々の目前でアンタッチャブルレコードが生まれてしまったのかもしれません。


 埼玉セルヴァグレーツにとっては不名誉としか言いようのない話ですが。


 そうですね。

 しかし今は一先ず気を取り直して参りま、ああっと、3番の麗羅加太選手。

 初球から振りに行き、インコース高めのスライダーを打ち上げてしまいました。

 フラフラッと上がった打球はショートへ。

 野村秀治郎選手、これを危なげなくキャッチして3アウトチェンジ。

 浜中選手はこの回3者凡退に抑え、淡々とした様相でベンチに戻っていきます。

 海峰選手と浜中選手との因縁の勝負は、次のイニングに持ち越しとなりました。


 まあ、その前にまず、2回の表の村山マダーレッドサフフラワーズの攻撃をどうにかして乗り切る必要がありますが。


 果たして、どこまで被害が広がってしまうのか。

 恐ろしい限りです。

 ……結局はネガティブな発言ばかりしてしまっていますね。

 ファンの皆様、誠に申し訳ございません。


 うーん。いいところ探し。

 今日は無理ですかねえ……。

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