186 ちょっとした煽り動画

『本日。村山マダーレッドサフフラワーズ公式チャンネルにて「野村秀治郎選手が語る今年のドラフト指名の意図」が配信されます。お楽しみに!』


 その日。ササヤイターの村山マダーレッドサフフラワーズ公式アカウントに投稿されたそんなササヤキが、結構な勢いで拡散されていた。

 内容はと言えば、世界最大の動画共有プラットフォーム内に新たに開設された村山マダーレッドサフフラワーズ公式チャンネルにて動画を配信する旨の連絡だ。

 本日20時からプレミア公開する形を取っており、既にその待機所にはいくつかのコメントが書き込まれている。


・評論家のドラフトの採点、軒並み低くて草

・俺でも理解できん指名内容だったしな

・これって言い訳配信? 一介の選手が?

・一応、投手コーチだけどな。兼任の

・つっても、1部リーグで実績がないじゃねーか

・それで打倒アメリカとか、よく言えるよな

・俺は打倒アメリカを公言してくれる選手を待ち望んでたけどな

・実績もなく言ってたら、単なるビッグマウスだろ


 ドラフト指名だけでなく、指名挨拶での発言に対するものも入っていた。

 一部擁護するようなコメントもなくはないが、現状だとこんなもんだろう。


「随分と勝手なこと言ってる」

「仕方ないって。傍から見れば、確かにその通りだし」


 PCの前で不満げなあーちゃんを宥める。

 2部リーグで無双していても、その成績は参考程度のものにしかならない。

 トップリーグで活躍してこそ確かな実績となる。

 野球関係者はある程度考慮してくれるだろうが、世間的にはそんなものだ。


「それに否定的な評価が多ければ多い程、掌返しの滑稽さが増すってもんだろ?」

「しゅー君、意地悪。でも、わたしもその日を楽しみにしとく」


 隣り合って、そんなことを話している間に20時0分。

 プレミア配信の開始時刻が訪れる。

 そして爆音カウントダウンの後、件の動画が始まった。


 最初に村山マダーレッドサフフラワーズ公式チャンネル用に作られたオープニング映像が、球団歌のインストバージョンと共に流れてくる。

 それが終わると、画面全体に球団旗のアップが表示される。

 山形県の県花たる紅花がモチーフの球団ロゴが中心に描かれたものだ。

 そこから徐々にカメラが引いていき、スタジオ全体が映し出された。


 2つの机がハの字に置かれており、右側に俺とあーちゃんが並んでいる。

 左側には泉南さんと仁科さんが座っていた。

 懐かしの4人組の内の2人だ。

 残る2人。諏訪北さんと佳藤さんは、画面の外で撮影スタッフとしてフロアディレクターやカメラマンの仕事をしている。

 ちなみに4人組は制服にユニフォームの上着を羽織った姿で、俺とあーちゃんは指名挨拶の時と同じくスーツ姿だ。


 机と机の間、画面の中心には球団広報の男性が司会役として立っている。

 名前は関川幸利さん。

 元は飲食関係のチェーン店で働いていたそうだが、どうしてもプロ野球に関わりたいと中途採用に応募してきてくれた。

【生得スキル】の【1/fゆらぎボイス】と【滑舌がいい】が採用の決め手だ。

 低めの声が心地よく響くので、恐らく今回のような場に引っ張り出されることが今後多くなるだろう。


 諏訪北さんと佳藤さんは、一般人代表のような立ち位置での出演。

 おおよそ世間で言われている疑問を俺にぶつける役を担っている。

 当然、この動画に出演して貰うのに高校や親御さんの許可は貰っている。

 高校生インターンシップの一種のような扱いだ。


『本日は色々と物議を醸した村山マダーレッドサフフラワーズのドラフト戦略について、球団の中核を担う野村秀治郎選手に話を伺いたいと思います。

 野村秀治郎選手、よろしくお願いいたします』

『よろしくお願いします』

『司会は私、関川が務めさせていただきます。皆様、よろしくお願いいたします』


・司会の人、イケボ過ぎん?

・耳が幸せ……

・ASMRやって欲しい


 関川さんの声に言及するコメントが流れていく。


 うむ。やっぱり声だよな。

 こういう類の動画は画面を見ずにラジオ感覚でつけっ放しにしている人も多いから、何よりも声の力が大事だと俺は思う。

 そういった視聴者に対する印象づけという点では同じく【1/fゆらぎボイス】を所持している諏訪北さんも有利なのだが……今回、彼女は裏方だ。

 独特の間延びした口調は動画の趣旨に合わないかな、という判断でそうなった。

 もっとほのぼのした感じの動画とか、4人セットでやる時のアクセントとして入るのが、彼女の魅力を最大限に活かせるのでないかと思う。


『本日は野村秀治郎選手の他に野村茜選手にもお越しいただきました』

『妻の野村茜です。夫のサポートに来ました』


 小さく頭を下げるあーちゃん。

 無表情で相変わらずなことを言っている。

 彼女は用意してきたフリップを俺の話に合わせて隣で出す役だ。


・この子、こんなキャラなの?

・割とそうやで

・ヒーローインタビューまとめ見てきてみ? 一周して笑えてくるから

・夫婦漫才味があってワイは好きやで


『コメンテーターは野村秀治郎選手や野村茜選手と中学、高校の同級生で交流もあった泉南琴羅さんと仁科すずめさんです』

『よろしくお願いしまーす!』

『よろしくお願いいたします』


・声が可愛い

・表情が可愛い

・とにかくかわいい

・無邪気っ子とお清楚のコンビ、よき

・同級生で交流もあった……?

・あ、山形県立向上冠中学高等学校野球部ch.の子らやんけ


「あのチャンネル見てた人がいる」

「まあ、登録者数はそこそこあったからな」


 中学生、高校生でやれることは限られているので今は徐々に減っていってしまっているけれども、補助金問題で炎上した時に増えた分が結構残っている。

 少なくともアマチュア野球部のチャンネルとしては上澄みも上澄みだ。

 村山マダーレッドサフフラワーズとは同じ県の学校でもあるし、この動画をわざわざ視聴しに来てくれた人の中には知っている人がいてもおかしくはない。


『さて、早速ですが、本題に入りましょう。野村秀治郎選手。ドラフト会議について指名挨拶でおっしゃっていたことは変わらず?』

『ええ。今回のドラフトは、自分達にとって最善の選択だったと思います』

『でも、評論家の人達は赤点をつけてる人が多かったよー』

『根拠をお教え願いたいです』


・うお、結構ズバッといったな

・さすがに誤魔化せんだろ。事実だし

・触れなきゃ何のための動画だって話だよな


『んー、そうですね。正直なところ、ここで何を語っても机上の空論ですし、結局は来シーズン以降の成績を見て貰わないと意味がないと思いますが――』


・この動画の趣旨を全否定すな

・結局根拠なしか

・いや。言っても他の球団のドラフト指名だって似たようなもんだろ

 鳴り物入りで入ってきても戦力外になる選手はいるし

・結果でしか語れないのは、まあ、事実ではあるな

・プロの世界で本当に生き残れるか否かなんて、実際にプロになるまで分からない

 ってのはよく聞くわ


 普通はステータスを覗くことなんてできないからな。

 スカウトもまた然りだ。

 誰が見ても分かる基礎的なスペックはともかくとして、特定の状況にならないと出てこない隠れたマイナス要素みたいなものを見抜くのは中々に難しい。

 成長率やら伸び代まで加わってくると博打染みてくる。

 それでも上位指名の選手が活躍できる確率が下位より高いのは確かだが……。

 ドラフト1位の選手が思ったよりも伸びずに球界を去り、下位指名の選手がトップクラスに成り上がるといったことが往々にして起こるのがプロ野球だ。


『とは言え、それだと動画が終わってしまうので……ドラフト候補者リストにスカウトの評価ってあるじゃないですか。SとかAとかBとか』

『Dだとドラフト指名対象外で、C以上は指名をけんとーって奴だよね?』

『そう。それです。

 今回は、それに倣って選手の評価を点数で表しながら説明したいと思います』

『選手の評価を点数で……ですか?』


 仁科さんの問いかけに、画面の中の俺が意味深な感じで深く頷く。

 ……ちょっと演技臭さが出ていて、わざとらしいな。

 客観的に自分を見ると恥ずかしい。


『これも根拠は示せませんが、自分は昔から野球選手の実力とか潜在能力が何となく分かるもので……おかげで正樹や磐城君、大松君と一緒に野球ができました』

『そう言えば、磐城君と大松君は野村君が中学の時にスカウトしたんだよね』

『お2人共、小学校では才能がないと学内クラブ活動チームでも控えだったとか』

『みたいですね。それもあって公立の中高一貫の進学校に来た訳ですから』

『最初に会った時、2人は部活を決めてなかった』


 動画の中のあーちゃんが補足を入れる。

 当時のことを思い返すと、少し懐かしい気持ちになるな。

 思えば色々あったものだ。


『磐城君は地元の病院の跡取りで医学部を目指してました。それで、野球部だと内申点がいいからって誘ったんですよね』

『内申点』

『ええ。当時の山形県立向上冠中学高等学校の野球部は目も当てられない弱小だったので、それぐらいしかメリットがありませんでした』

『大松君は?』

『あー……彼については、プライバシーもあるので黙秘します。けど、まあ、野球部に入ったのは、野球をやりたくてって理由じゃなかったのは確かですよ』


 未だに誰だったのかは分からないけど、この4人組のいずれかが目当てだった。

 それは間違いない。

 けど、大松君の名誉のために黙っておく。


『まあ、何にしても。中学校に入学して同じクラスになって、一目見た時から彼らは大成しそうだなって思ったんです。それで野球部に誘いました』

『瀬川正樹選手については?』

『正樹は小学校でリトルのメジャークラスに昇級できなくて、学外野球チームをやめさせられたんですよ。で、なし崩し的に学内クラブ活動チームに入ったんです』

『それを、しゅーく……秀治郎が徹底的に鍛え上げた』

『顧問の先生じゃなく?』

『すなお先生は凄くいい先生だったけど、野球に関してはそこまで得意って訳じゃない。スターティングオーダーとかも秀治郎が考えてた』


・こマ?

・いや、まあ。瀬川正樹選手とは小学校で、磐城選手とは中学校で、大松選手とは

 高校で一緒だったってのはその筋では知られた話だけど……

・彼らを見出したのが野村選手、ってことぉ?

・もしかして、これが山形県で怪物クラスの選手が同年代で何人も誕生した秘密?

・うせやろ……


『まあ、オカルトチックな話ですけど、そんな感じで野球選手を見る目には自信があります。それを基にして点数をつけていきたいと思います』

『基準はあるのー?』

『はい。まずは現役選手や過去の有名選手で基準を示そうと思います』


・え? それって大丈夫?

・荒れないか、これ

・いやいや、あかんやろ

・炎上待ったなしやん


『それは……問題になりませんか?』

『勿論、むやみやたらと採点する訳じゃありません。比較対象の選手は新人と、今回の村山マダーレッドサフフラワーズのドラフトを採点いただいた方のみです』


・意趣返しか

・採点いただいたって言い方、完全に皮肉だよな

・もしかして何やかんや言われて内心ブチギレてる?


 いや、切れてはいないけどな。

 そろそろWBWを見据えて色々発信していかないといけないと思っただけだ。

 名実共に日本最強のメンバーを招集して貰わないと、化物を何人も擁するあのアメリカを打倒するなんて夢のまた夢だろうし。


『まず100点を設定します。基準となるのは大リーグの最強野手、バンビーノ・G・ビート選手と最強投手、サイクロン・D・ファクト選手です』


・ちょ、バンビーノとサイクロン!?

・どんな基準だよ!!

・マジで言ってる?

・ロケットと自転車を比べるようなもんじゃねえか


 ちなみに。

 最強野手だの最強投手だのと言ったけれども、レジェンドの魂を持つアメリカ代表選手達は似たり寄ったりだ。

 点数で言うなら全員99.5から100の間にいる。

 誰もがほぼ100点。

 オールパーフェクト。全員最強。

 それが現アメリカ代表チームだ。


『次に自分の点数です。野手としての野村秀治郎は現時点で95点。投手としての野村秀治郎は94点。潜在能力込みだと両方共96~97点というところです』


 これは基礎ステータスだけでの採点ではない。

【スキル】によるバフデバフを加味した最終ステータスでの大体の比較になる。

 潜在能力については、ステータスのまだカンストさせていない部分や取得していないスキルのバフを最大限に加味したものだ。

 俺はリスクの関係でまだ保留している【全力プレイ】と【身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ】の分だけ伸び代があるが、そこで完全に頭打ちになるという感じだ。

 尚、メンタル面は考慮に入れていない。


・いやいや

・さすがに自信過剰では?

・Max162km/hなのは事実だけど……

・けど、相手を別格の存在と捉えて諦める根性がまずダメなんじゃないかな

 今の日本には過信を持つぐらいの精神性が必要なのかも?

・一歩間違えれば、それは道化になってしまうんよ

・なってしまうってか既になってるだろ、この動画は


『ちなみに言っていくと、磐城君と大松君は自分とほぼ同レベルですね。野手としても投手としても94点。潜在能力込みで95~97点というところです』


 スペック上は、現時点では同等。

【生得スキル】【怪我しない】のおかげで無茶できる分、俺が有利という感じだ。

 投手能力はキャッチャーの能力次第でも変わってくるが、最高スペックの選手とバッテリーを組んでいる想定でのものになる。


・身贔屓か?

・いや、でも、もう他球団に行ったライバルだし……

・とりあえず、あの2人を物凄く警戒しているのは分かった

・交流戦でしか相まみえないけどな

・いや、プレーオフもあり得るぞ

・新興球団が日本シリーズまで行くのはさすがにないだろ

・野村が宣言してたじゃん。日本一の栄冠を掴み取るとかって


 来シーズン。

 公営リーグから勝ち上がってくるのは、2人が在籍する東京プレスギガンテスと兵庫ブルーヴォルテックスだと俺は思っている。

 私営イーストリーグからは我らが村山マダーレッドサフフラワーズ。

 私営ウエストリーグのもう1球団と合わせて4球団で日本一を競い合う。

 来年、それを実現させて見せる。


・それはいいけど、こんなんじゃ分かりにくくね?

・もっと点数がばらけないとな


 そういうコメントが来るだろうことは分かっていた。

 なので――。


『えっとね、野村君。近い点数の人ばっかだとちょっと分かりにくいかなーって』


 画面の中の泉南さんが、ちょっと困ったような顔で言う。

 勿論、演技。台本通りの反応だ。

 と言う訳で、ここからが本番。


『そうですね。では、ドラフト会議の採点で25点をつけていただいた海峰永徳選手から査定していってみましょうか』

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