閑話19 『日本プロ野球新人選手選択会議(ドラフト会議)』

 日本プロ野球ドラフト会議を生中継でお送りしております。

 本日は、堺ノーブルオーロックス前監督土木啓三さんとパーフェクトサブマリンこと綿原博介さんに解説としてお越しいただいております。

 日本プロ野球1部リーグ24球団の代表者が会場に揃い、間もなく本年度のドラフト会議1巡目指名の発表が行われます。

 順番は例年ペナントレースの順位に基づいて決定されておりますが、今年は一部通常とは異なる部分が存在します。

 この短期間で企業チームから私営1部リーグへの昇格した注目の新興球団、村山マダーレッドサフフラワーズは全球団中最下位相当での参加となります。

 2位以降ウェーバー制と逆ウェーバー制を交互に繰り返すため、村山マダーレッドサフフラワーズは2位指名を最初に、3位指名を最後に行う形となります。

 さて、土木さん。今年のドラフト会議は如何でしょう。


 過去最多球団による競合必至の超高校級選手。

 僅か1年で1部リーグまで登り詰めた下剋上球団。

 これだけでも球史に残るドラフト会議になるのは間違いないですが、大学や社会人にも有望な選手が多々いますからね。

 総合的に見ても近年稀に見る大豊作ドラフトになること請け合いです。


 成程。それは俄然楽しみになりますね。

 尚のこと見逃せません。


『では、これより各球団の指名選手を読み上げて参ります』


 さあ、発表の時間となりました。

 まずは村山マダーレッドサフフラワーズの1巡目指名から。

 1巡目は同時入札の形になりますので順番は交渉権獲得には関係ありません。

 指名が被った場合は競合となり、抽選を行います。

 注目の村山マダーレッドサフフラワーズは私営1部リーグ昇格から間もないこともあってか、指名選手の事前の公言はありませんでした。

 注目の新興球団が一体誰を1位指名するのか。

 会場は固唾を吞むように静まり返っております。


『第1巡選択希望選手。村山マダーレッドサフフラワーズ。

 ……浜中美海、投手。向上冠高校』


(会場にどよめきが生じる)

(中継画面に会見場に座る浜中美海選手の姿が映し出され、大松勝次選手目的で多数押しかけていた各メディアのカメラマンが一斉にフラッシュを焚く)

(浜中美海選手は眩しそうにしながら微苦笑を浮かべる)


 こ、これは驚きの指名ですね。

 如何でしょう、綿原さん。


 そうですね。

 まさか兵庫ブルーヴォルテックス以外に大松勝次選手以外の選手を1位指名する球団があるとは思いませんでした。

 ましてや女性野球選手として何かと話題になっていた浜中美海選手とは。

 正にサプライズ指名と言えるでしょう。


 先日の1部リーグのプロにノックアウトされたという情報もありましたが……。

 土木さん。


 うーん。新興球団故の悲哀と言うべきか、まだまだスカウト部が急造の状態で情報網が狭かったのかもしれませんね。

 古い情報を基にリストアップして、そのままだったのかもしれません。

 まあ、これもまた1つの経験ですね。

 次回のドラフト会議の糧にして欲しいです。


 とは言え、どのような経緯であれ、浜中美海選手が女性初の1部リーグ所属プロ野球選手となる権利を得たことには変わりありません。

 折角の機会ですので、前評判を覆すような活躍を期待したいですね。


(ざわめきが静まるのを待つように少し間を置いて、次の球団の指名発表に移る)


『第1巡選択希望選手。奈良キーンディアーズ。

 ……大松勝次、投手。向上冠高校』


 やはりと言うべきか!

 早速、大松勝次選手の名が呼ばれました!

 奈良キーンディアーズ、公言通り!


(中継画面に少し複雑そうな表情を浮かべる大松勝次選手の姿が映し出される)

(地元球団からの指名がなかったことが不満なのかもしれない)


『第1巡選択希望選手。埼玉セルヴァグレーツ。

 ……大松勝次、投手。向上冠高校』


 やはりやはり競合となります!

 こちらも公言通り!

 今季最下位となった埼玉セルヴァグレーツは、来季の起爆剤として是が非でも大松勝次選手を手に入れたいところでしょう!


『第1巡選択希望選手。愛知ゴールデンオルカーズ。

 ……大松勝次、投手。向上冠高校』

『第1巡選択希望選手。長野ハイドバックウィーツ。

 ……大松勝次、投手。向上冠高校』

『第1巡選択希望選手。宮崎サンライトフェニックス。

 ……大松勝次、投手。向上冠高校』

『第1巡選択希望選手。千葉オケアノスガルズ。

 ……大松勝次、投手。向上冠高校』


 ここまでで既に6球団競合!

 一体何球団の指名を獲得してしまうのか!

 目が離せません!


(更に大松勝次選手の名前が呼ばれ続ける)


『第1巡選択希望選手。東京プレスギガンテス。

 ……大松勝次、投手。向上冠高校』


 今季4位とまたもプレーオフを逃してしまった東京プレスギガンテス。

 こちらも公言通りに大松勝次選手獲得競争に参戦します!

 これで11球団競合です!


(そこから更に10球団連続で大松勝次選手が指名される)


『第1巡選択希望選手。兵庫ブルーヴォルテックス。

 ……緋村主水、投手。日和川通運』


 磐城巧選手と先行契約を結んだ兵庫ブルーヴォルテックスは、社会人No.1と名高い即戦力投手の緋村主水選手を指名しました!

 続く大阪トラストレオパルズが指名しなければ、交渉権確定となります!


『第1巡選択希望選手。大阪トラストレオパルズ。

 ……大松勝次、投手。向上冠高校』


 全球団出揃って大松勝次選手は過去最多の22球団競合!

 その名を球史に刻み込みました!

 それと同時に。

 村山マダーレッドサフフラワーズと兵庫ブルーヴォルテックスは単独指名という結果になりましたので、交渉権確定となります。


(球団代表者総勢22名によるクジ引きの準備が行われる)

(クジが入った箱が用意され、その前に22名が横に広がって並ぶ)

(奈良キーンディアーズから順にクジを引いていく)


『それでは開けて下さい』


 運命の瞬間!

 果たして、大松勝次選手との交渉権を一体どの球団が獲得するのか!?

 ……おおっと!

 東京プレスギガンテス阿原監督が拳を天高く突き上げた!

 交渉権を獲得したのは東京プレスギガンテスです!


『大松勝次投手は東京プレスギガンテスで交渉権が確定いたしました』


(満面の笑みの阿原恒信監督が交渉権獲得後のインタビューを行う位置に立つ)

(背後の大型ビジョンには、東京プレスギガンテスが大松勝次選手を指名した際の画面が表示されている)


「それでは見事大松勝次投手の交渉権を獲得されました東京プレスギガンテス、阿原監督にお越しいただきました。おめでとうございます!」

「ありがとうございます!」

「興奮しておられますね。22球団競合という球史に残る抽選で交渉権を引き当てた気持ちは如何でしょうか」

「いやあ、最高です! 一生分の運を使った気がしますね」

「阿原監督は大松勝次投手のどのような点を評価されていますか?」

「総合的な能力の高さは勿論ですが、何よりもマウンド度胸が素晴らしいと思います。1部リーグの舞台でも物怖じすることなく実力を発揮してくれるでしょう」

「最後に阿原監督から、画面の向こうの大松勝次投手に一言お願いいたします」

「君なら次代のエースを担い、東京プレスギガンテスを日本一に導いてくれると信じています。一緒に野球をやりましょう!」

「大松勝次投手との交渉権を見事獲得されました東京プレスギガンテス、阿原監督でした。ありがとうございました」


(インタビューの間に外れ1位の入札が行われ、ややあって発表が再開される)

(そこでも競合と抽選を何度か繰り返し、第1巡選択希望選手が出揃う)

(しばしの休憩の後、2巡目の指名へと移行する)


 2位指名はウェーバー制。

 浜中美海選手を1位指名した村山マダーレッドサフフラワーズが1番手です。


『第2巡選択希望選手。村山マダーレッドサフフラワーズ。

 ……倉本未来、捕手。向上冠高校』


(会場に至るところから失笑が漏れる)


『続いて奈良キーンディアーズ。お願いします』


(2巡目以降は前の球団が指名した選手を指名できない。前の結果を受けて入札が行われるため、2球団目の奈良キーンディアーズの指名まで少し間が空く)


 浜中美海選手を1位指名している以上、倉本未来選手をどこかで指名するのは確実だとは私も思っていましたが……。

 2位という高い順位での指名に、会場も困惑しているようです。


 村山マダーレッドサフフラワーズには、野村秀治郎選手という正捕手がいます。

 彼は投手として出場することもありますが、その場合は野村茜選手と組みます。

 倉本未来選手が浜中美海選手意外の球を受ける可能性は限りなく低い。

 どうあっても浜中美海選手の専属捕手という形になるでしょう。

 尚且つ浜中美海選手との交渉権を既に村山マダーレッドサフフラワーズが獲得した以上、他球団から見た倉本未来選手の優先順位は大きく下がります。

 役割の少なさを考えても、他球団との兼ね合いというドラフト戦略の観点で言っても、この順位での指名は正直なところ勿体ないと言わざるを得ませんね。


『第2巡選択希望選手。奈良キーンディアーズ。

 ……八重田幸仁、外野手。三田自動車』


 奈良キーンディアーズの2位指名は三田自動車の八重田幸仁選手。

 走攻守いずれもプロ級の即戦力外野手です。


『続いて埼玉セルヴァグレーツ。お願いします』


(その後も順々に指名が行われていき、昨年日本一の大阪トラストレオパルズによる2位指名を以って2巡目は終了となる)

(3巡目は逆ウェーバー)

(最後に村山マダーレッドサフフラワーズの順番が回ってくる)


『第3巡選択希望選手。村山マダーレッドサフフラワーズ。

 ……瀬川正樹、投手。東京プレスギガンテスユース』


(再度会場がどよめく)


 と、東京プレスギガンテスが瀬川正樹選手と先行契約を行わない以上、制度上は何ら問題がないことではありますが……。

 再び大手術を受け、復帰時期も定まっていない選手を3位という順位で指名することには驚きを抱かざるを得ません。


 ……村山マダーレッドサフフラワーズには、怪我をした選手の復帰をサポートする体制が整っているのでしょうか。

 単なるパフォーマンスではないことを祈るばかりですね。


 そうですね。

 続けて村山マダーレッドサフフラワーズによる第4巡目の指名となります。


『第4巡選択希望選手。村山マダーレッドサフフラワーズ。

 ……瀬川昇二、捕手。向上冠高校』


(一層妙な雰囲気に支配される会場)


 せ、瀬川昇二選手は瀬川正樹選手の双子の弟であり、大松勝次選手とバッテリーを組むキャッチャーでもあります。

 高校の3年間で急激に背が伸び、体格もよくなりました。

 多くのスカウトから素質は十分との評価を受けてはいましたが……。

 土木さん、この指名については如何でしょうか。


 ……申し訳ありません。

 私には村山マダーレッドサフフラワーズ編成部の考えが理解できません。

 先程も申し上げた通り、村山マダーレッドサフフラワーズのキャッチャーは明らかに飽和しています。

 更には倉本未来選手との交渉権を獲得したばかりです。

 同じ捕手である瀬川昇二選手を指名する意図が分かりません。


 綿原さんは……。


 そ、そうですね。

 ええと、その……瀬川昇二選手も高卒の若い選手ですから、もしかするとコンバートを考えているのかもしれません。


 ……成程。

 いずれにしても、この突飛としか言いようのないドラフト指名の是非は来シーズン以降自ずと明らかになっていくことでしょう。

 村山マダーレッドサフフラワーズは色々な意味で注視が必要ですね。


(その後村山マダーレッドサフフラワーズは5位と6位にも山形県出身の地元選手を指名し、育成ドラフトには参加せずに終了した)

(スポーツライターや元プロ野球選手の評論家による採点では、ほとんどが村山マダーレッドサフフラワーズを最下位に据えていた)

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