178 彼女らの序盤戦

 観戦の前に、まずはスターティングオーダーの確認をしよう。

 各チームの打順、ポジションは以下の通りだ。


【先攻】山形県立向上冠高校

1番 遊撃手 浜中美海  3年生

2番 二塁手 倉本未来  3年生

3番 三塁手 榎田秀一  3年生

4番 投手  大松勝次  3年生

5番 一塁手 佐伯一馬  3年生

6番 左翼手 新庄直紀  3年生

7番 右翼手 八木山卓也 2年生

8番 中堅手 湯川洗   3年生

9番 捕手  瀬川昇二  3年生


【後攻】東京プレスギガンテスユース

1番 右翼手 高橋幸助  3年生

2番 左翼手 後田智明  3年生

3番 遊撃手 大坂博一  3年生

4番 投手  瀬川正樹  3年生

5番 一塁手 金澤隆介  2年生

6番 二塁手 赤沢弾   2年生

7番 中堅手 池田助六  2年生

8番 三塁手 小町丈哉  3年生

9番 捕手  古谷健治  3年生


 東京プレスギガンテスユース側にも見覚えのある名前がある。

 俺達が中学3年生の時に出場した全国中学生硬式野球選手権大会の決勝戦で戦ったジュニアユースチームに所属していた選手が結構残っているようだ。

 順調に成長していると見るべきか、流動性がないと見るべきか。

 まあ、こうして兵庫ブルーヴォルテックスユースに勝利して決勝の舞台に立っている訳だから、前者と断言して差し支えないだろう。

 熾烈なレギュラー争いを勝ち抜いて、この大舞台に立ったのだ。


『山形県立向上冠高校の先頭打者浜中美海さんに対し、東京プレスギガンテスユース先発の瀬川正樹君が投じた1球目は変化球が外角低めに外れてボール』

「落ち着いてる」

「そうだな」


 間違いなく、あーちゃんは打席の美海ちゃんについてのみ言っている。

 対して、俺はマウンドに立つ正樹のことも含めて同意した。


『2球目。ストライクゾーンの球を見逃して1ボール1ストライク』


 美海ちゃんは返球の間に軽くスイングしてから構え直す。

 睨むような鋭い視線。

 うん。集中しているな。


『ストライク! 3球目も振りに行かず、1ボール2ストライクとなりました』

「みなみー、じっくり見ていってる」

「ああ」


 続く4球目。

 投じられたのは、ボールゾーンからストライクゾーンに入ってくる速い変化球。

 ややコントロールが甘く見えるが、これは恐らく意図的なものだろう。

 誰がどう見ても確実にストライク。

 バッターは振りに行かなければ確実に三振してしまう。

 ストライクゾーンでの勝負は打ち返される確率が上がってしまうものの、そうした状況を強要することができるメリットもある。

 加えて準々決勝での球数のこともあり、なるべくストライク先行+ゾーン勝負で行くようにベンチから指示されているのかもしれない。

 低めに集めれば、正樹のスペックならそうそう打たれはしないからな。

 とは言え……。


 ――カンッ!


 今打席に立っているのは美海ちゃんだ。

 体格補正によって最終ステータスは劣るが、パラメータはほぼカンストしている。

 スキルも十分。当てるだけなら不可能ではない。


『一塁線切れてファウル!』


 カウントは1-2のまま。

 美海ちゃんはそこから続けてファウルで粘る。


「カットしてる?」

「っぽいな」


 恐らくだが、山形県立向上冠高校は兵庫ブルーヴォルテックスユースの流れを汲んで待球作戦を真似るつもりなのだろう。

 準々決勝では正樹は195球完投を成し遂げた訳だが、大炎上しかけたこともあって首脳陣もさすがに同じように続投はさせにくいはず。

 球数を増やせば増やす程、途中降板の可能性が高くなる。

 勿論、あちらにはあちらの事情もあるので、状況次第では頑なに続投させようとする恐れもあるにはあるけれども……。

 作戦としてアリかナシかで言えば、まあ、アリではある。

 勝利の可能性を高める策の1つとして、試す価値は十分ある。


『7球目。キャッチャーは低めに構える。瀬川正樹君、振りかぶって投げた! 落ちる球! バットをとめる! スイングは……なし! ボール!』


 低めのSFFをギリギリで見極め、2ボール2ストライク。

 初っ端から息詰まる攻防だ。

 そして8球目。

 正樹が振りかぶり、キャッチャーは内角高めに構える。

 投じられたのは161km/hのストレート。

 美海ちゃんは手が出なかった。

 球審の手が上がる。


 ……最後は力で押してきたな。


『見逃し三振! 浜中さんは悔しそうにベンチに帰っていきます!』

「残念」


 友達の凡退に、ほんのり眉尻を下げるあーちゃん。

 とは言え、まだ1回の表に過ぎない。

 試合はまだまだ始まったばかりだ。

 美海ちゃんには気持ちを切り替えて守備と次の打席に臨んで欲しい。


『山形県立向上冠高校、女性選手が続きます!』


 ネクストバッターズサークルから打席に向かったのは、2番打者の倉本さん。

 キャッチャーとしての能力とスキルを優先していたため、まだ打撃能力は他の面々よりも劣る彼女だが、公式記録では割と打撃成績も悪くない。

 長打こそないものの、打率と出塁率は高い。

【生得スキル】【軌道解析】をうまくバッティングに応用しているからだろう。

 あーちゃんがプレーに【直感】を利用しているのと似たようなものだ。


『単にナックルを捕れるキャッチャーというだけでなく、チームの十分な戦力にもなっていますからね。彼女も女性選手の常識を覆す素晴らしい活躍と言えます』


 解説も今日この舞台に立った彼女を認め、称賛している。

 当然、それはバッティングのみならずセカンドの守備も含めての話だ。

 適性をしっかりと上げているので安定感があり、安心感がある。

 彼女ももう話題性だけの選手ではない。

 押しも押されぬ山形県立向上冠高校のレギュラーなのだ。


『ストライク先行でノーボール2ストライク!』

『打者に打ち気が見られないので、強気で投げ込んでいますね』


 解説はそう言うが、あれは打ち気がないのとはまた違う気がする。

 多分、必死に我慢しているだけだと思う。

 たとえ【軌道解析】で打ち頃の球と認識しても、決して振りに行かないように。

 自制し過ぎて体が固まっていて、ステップすらしていない。

 だから、傍目には打つ意思がないように見えているのだ。


 けど、倉本さんには【戦績】を見ても早打ちの傾向が出ているからな。

 そんな彼女がこうも振らないのは、待ての指示が出ている証拠とも言える。


『ここは3球勝負でしょうか』

『先日の件もあって球数は増やしたくないでしょうからね。あると思います』


 真ん中低めから外角低めいっぱいに逃げていく球。

 変化球のキレを頼みに、ストライクゾーンで勝負をしたようだ。

 ただ、相手は【軌道解析】を持つ倉本さん。

 ゾーン勝負なら、彼女に関しては直球のゴリ押しの方がいい気がする。

 俺だったらそう攻める。

 軌道は読まれる以上、速さで圧倒した方がいいだろうからな。

 勿論、そんな特殊能力を持っていると把握しているからこその考え方だけど。


 ――カキンッ!!


『外角低めの球を逆らわずに打った! 打球は1、2塁間を抜けてライト前に転がっていく! この試合、最初のヒットが生まれました!』


 2ストライクと追い込まれたので、ヒッティングの指示が出たのだろう。

 嬉々として倉本さんは打ちに行った。

 彼女にカット打ちと分からないようなカットの仕方はまだ難しそうだしな。

 2ストライクになったら普通に打たせた方がいい。

 ベンチもそんな風に考えているに違いない。


 いずれにしても、倉本さんは正樹の変化球を普通に打ち返して出塁。

 1アウトランナー1塁。

 続く打者はバントの構え。


『内野手は若干前目ですが……前進守備という程ではありませんね』

『そうですね。バスターを警戒しているのでしょう』


 実況と解説のやり取りに合わせて、引きの画面で内野全体がテレビに映る。

 確かに前進守備には程遠いポジショニングだ。

 まあ、次が4番打者の大松君とは言え、初回1アウトの状況だからな。

 無理にバント阻止を狙うべきじゃないと判断したのだろう。

 解説の言う通り、バントシフトを敷いた状態で強打に出られる方が怖い。

 何でもない当たりがヒットになってしまう可能性が増えるからな。

 バントをしてくるなら素直にバントをさせて2アウトにしてしまった方がいい。

 何なら大松君は勝負を避けたっていい訳だしな。


 そんな状況の中、正樹がセットポジションから1球目を投じる。

 その段階でもバッターはバントの構えのまま。

 ヒッティングはない。

 そう見て正樹も突っ込むチャージする

 しかし、バッターは寸前でバットを引く。


『高めのストレートはストライク! ノーボール1ストライクです』


 たたらを踏むようにしながら立ちどまった正樹はマウンドに戻っていく。

 返球を受け、再びセットポジションで構える。

 バッターはまたバントの構え。

 2球目も全く同じ展開だった。


 画面には映ってないが、ファーストもサードも毎回突っ込んできているはずだ。

 当然、セカンドもショートも連動して動いている。

 テレビ中継だと分かりにくいが、1球1球守備も大変だ。


 だからこそ。

 バントの構えからバットを引いた時に、ファーストやサードが猛然と駆け込んでくる姿が中継画面に映り込んだりすると「おっ」と思ったりもするんだよな。

 俺だけかもしれないけど。


『ノーボール2ストライク。3番打者の榎田君は揺さ振ろうとしていますが、東京プレスギガンテスユースバッテリーは落ち着いて追い込みました!』


 実況はそう言うが、山形県立向上冠高校側は別に揺さ振って正樹のコントロールを乱そうとしている訳ではないだろう。

 勿論、そうなれば御の字という意識も少しはあるかもしれないが。

 恐らく、これも準々決勝の兵庫ブルーヴォルテックスユースの模倣だ。

 彼らがやっていたセーフティバント攻勢と同じように、正樹のスタミナを細かく可能な限り削ろうとしているに違いない。


『3球目はヒッティングの構え。逆にスリーバントの可能性はどうでしょうか』

『瀬川正樹君の球を前に転がすのは中々難易度が高いですからね。スリーバント失敗のリスクを考えると、やはり可能性は低いのではないでしょうか』


 という予想に反して。

 ボールが正樹の手から離れる直前にバッターはバントの構えに入る。

 そして、高めの直球をうまくフェアグラウンドに転がした。

 一塁線への中途半端な打球を正樹は追うが、捕球したのはファースト。

 ショートが入ったセカンドは間に合わないと判断し、セカンドがカバーに入ったファーストへと送球してバッターランナーはアウト。

 2アウトランナー2塁で4番の大松君を迎える。

 が、1回の表から申告敬遠が告げられて2アウトランナー1塁2塁。


 ……勝ちに来てるな。


 結果、この回は5番打者が3球三振で3アウトチェンジ。

 申告敬遠がうまくはまった形だ。


「つまらない」


 と、不機嫌そうに隣であーちゃんが呟く。


「まあ、こっちはこっちで正樹との勝負はなるべく避けるだろうしな」

「それでも、つまらない」


 多分、彼女は今回の試合のことだけではなく、毎度毎度四球攻めを食らっている俺のことも念頭に置いて言っているのだろう。

 気持ちは分からないでもない。

 まあ、シーズンを通してそうなっている俺とは違って、彼らに関しては一発勝負のトーナメント戦でのこと。

 更に今は、その決勝戦の真っ只中。

 大目に見て上げて欲しいところだ。

 四死球がバッターにとって不利益になるような意味の分からない成績でもなければ、基本的には投手側が不利を背負っている訳だからな。


 それはそれとして。

 当然ながら申告敬遠は数に入れないから、正樹は初回17球か。

 悪くはないが、完投を考えてしまうともっと球数を減らしたいところだ。

 余計なフィールディングもあった訳だしな。


『1回の裏。東京プレスギガンテスユースの攻撃が始まります。打席には1番の高橋幸助君。マウンドには新星、大松勝次君が上がります』


 さて。一先ず攻守交代。

 立ち上がりの大松君はどうだろうか。

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