175 熱闘の試合経過

「マジか」


 そう口の中で呟きながら、スポーツニュースサイトの1球速報を一先ず試合開始時まで遡ってから経過を1つ1つ丁寧に確認していく。

 後部座席に並んで座るあーちゃんも俺の真剣な様子を見て、情報収集すべきと考えたようで同じようにスマホを操作し始めた。


 まず1回の表。

 東京プレスギガンテスユースが先攻なので、マウンドに上がったのは兵庫ブルーヴォルテックスユースの先発投手である磐城君。

 その立ち上がりは完璧だった。

 一先ず磐城君の今日の調子を確認しようとするかのように球をじっくり見て振ってこなかった1番、2番打者を3球勝負で2者連続三振。

 3番打者に対しては2球目の変化球を引っかけさせてゴロアウト。

 三者凡退で3アウト。チェンジ。

 僅か8球で初回を終えた。


 続いて1回の裏。兵庫ブルーヴォルテックスユースの攻撃。

 東京プレスギガンテスユースのピッチャーは当然正樹だ。

 打席には1番打者に据えられた磐城君が入る。

 どうやら兵庫ブルーヴォルテックスユースは彼に多くの打席を回す作戦に出たらしく、初回から新旧神童対決が実現していた。

 その磐城君もまた、先頭打者のセオリー通り待球の構え。

 初っ端から出てきた彼を強く意識した正樹は、僅かに力んでしまったようだ。

 四隅を突くピッチングを心がけてはいたものの、微妙にストライクゾーンから外れてボールが先行してしまったようだ。


 磐城君はバットを振らないまま3ボールノーストライク。

 そこから2球見逃して3ボール2ストライク。フルカウント。

 更に4球ファウルで粘った後の10球目がボールとなってフォアボール。

 先頭打者の彼が出塁してノーアウトランナー1塁。

 先制のランナーが出た。

 しかし、後続は正樹がシャットアウト。

 ギアを上げて3者連続三振で3アウトチェンジ。

 1回の攻防が終わって両チーム共に無得点という形になっていたが……。

 磐城君の8球に対して正樹は21球と球数は対照的な数字が出ていた。


「2回の表。東京プレスギガンテスユース1点先制」


 丁度近いところを見ていたようで、あーちゃんが呟く。

 得点した場面はゲームハイライトの動画が出ているので、そっちも確認する。


 2回の表は4番打者でもある正樹からの打順。

 初球ストライクからの2球目だった。

 正樹はコースに逆らわずにうまく流し、結果は2ベースヒット。

 そこから5番打者は初球を打ってライトへの浅いファウルフライ。

 フェンスギリギリでの捕球となり、体勢が悪かった。

 それを見逃さなかった正樹は、即座にタッチアップをして3塁へと進塁。

 続く6番打者も高めの球を初球から振りに行き、レフトに打ち上げる。

 距離は十分。

 再びタッチアップした正樹は、本塁に生還して先制点を挙げた。

 球場の歓声が大きくなった。

 注目の試合だけに、球場は満員御礼だったようだ。


 その後の7番打者は2球目を転がしてしまい、簡単にゴロアウトに終わる。

 それでも東京プレスギガンテスユースは1点先制することができた訳だが……。

 この回の磐城君の球数はたったの6球。

 合計14球で、まだ1回しか投げていない正樹よりも少なかった。


「失点はしたけど、省エネピッチングだな」


 2回の裏。そして、3回の表は両チーム共に三者凡退。

 東京プレスギガンテスユースは早打ちの傾向が見られる。

 対照的に兵庫ブルーヴォルテックスユースは待ちに徹している様子。

 待球の指示でも出ているかのように中々振りに行かない。

 挙句、追い込まれてからセーフティバントを正樹に捕らせている場面もあった。


 ……チームカラーと言うか、監督の作戦がクッキリと分かれているな。


 それが球数という形で表れつつある。

 3回を投げ終えた磐城君は23球。

 正樹は2回打者7人に対して35球だ。

 球数は多いが、こちらは被安打0。

 スコアは当然変わらず1-0。

 東京プレスギガンテスユース1点リードで3回の裏を迎えたが……。


「兵庫ブルーヴォルテックスユースが追いついて1-1」


 8番打者からの打順。

 2者連続の凡退で2アウトランナーなしから磐城君が打席に入る。

 2ボール2ストライクとなり、1球のファウルを挟んで6球目。

 ハイライトの動画を見る限り、低めの落ちる球をうまくすくい上げたようだ。

 打球は綺麗な放物線を描いて右中間に飛び、そのままフェンスを越えた。

 磐城君は打った瞬間に確信したようで、悠々と塁を回ってくる。

 これで同点。観客も大盛り上がりだ。


 正樹はこのホームランが尾を引いたのか、2番打者相手にコントロールが僅かに乱れてボールが多くなったようだった。

 それでも出塁は防いで3回の裏が終わる。球数は55球。


「ここからしばらく、両チーム0行進か」


 4回表。2アウトから正樹が内野安打で出塁。

 続く打者の初球から盗塁して2塁まで進む。

 しかし、後続が倒れて正樹は結局残塁。


 4回裏から6回の表までは三者凡退が続く。


 6回裏に磐城君が再びフォアボールで出塁するも、こちらも後が続かず残塁。

 6回終了時点で球数は磐城君が55球。

 正樹は99球。

 被安打1四死球1で1失点と好投しているが、球数がかさんでしまっている。


「7回表。ここで東京プレスギガンテスユースが追加点」


 あーちゃんの呟きを聞きながら得点した状況を目にして、俺は眉をひそめた。

 ゲームハイライトの動画でも確認をしておく。


 東京プレスギガンテスユースの7回の攻撃は3番打者からの打順。

 1アウトで正樹に回ってきた。

 ノーボール2ストライクと追い込まれてから、低めのスライダーを引っ張る。

 鋭いライナー性の当たり。

 速い打球は1塁ベースに当たり、そこからファウルグラウンドに転がっていく。

 2塁打は固いが、それ以上はギリギリというところ。

 しかし、正樹は迷わず全力疾走のままセカンドベースを蹴った。

 ライトから3塁への送球は、中継との連携も含めてそこまで悪くはなかった。

 だが、際どいところでセーフ。

 結果として3ベースヒットになった。

 3塁ベースの上で正樹が息を整えている。


「これは……」


 さすがに点に絡む部分は意図したものではないはずだ。

 けれども、何となく正樹が無駄に走らされているような印象が強い。

 1球速報には投手に捕らせる形でのセーフティバントが何度も登場していることもあり、そうした想像が脳裏をよぎってしまう。

 待球作戦気味のバッティングも併せて考えると、兵庫ブルーヴォルテックスユースはチーム全体で標的を正樹1人に絞って戦っているのかもしれない。

 そう思ってしまう。


 いずれにしても状況は1アウトランナー3塁。

 先制点と似たようなシチュエーションで5番打者は高めに来た初球を打つ。

 ライトの定位置付近へのフライ。

 捕球と同時に、正樹はまたタッチアップして全速力で本塁に帰ってくる。

 頭から突っ込み、タッチをかいくぐってベースに手が触れる。

 セーフ。

 追加点が入って2-1。

 再び東京プレスギガンテスユースが1点リードの状況となった。

 6番打者は3球三振でチェンジとなるも、ベンチの雰囲気はいい。


 その後は再び試合が硬直。

 9回まで互いに点が入らず、2-1のまま9回裏を迎える。

 そこまで両チーム共に投手交代はなし。

 この時点で9回を投げ切った磐城君の球数は86球。

 8回裏までの正樹は125球。


 全国高校生硬式野球選手権大会はルール上1試合の中での投球制限はないが、やはり正樹の球数は大分多い。

 それでも残すは9回の裏のみ。

 ここを無事無失点で切り抜けることができれば勝利を掴むことができる。

 球数に関しても前例が多くある範囲に収まる。

 東京プレスギガンテスユースの首脳陣はその想定でいたのだろう。

 しかし、そうはならなかった。

 試合が延長12回まで続いていることを俺達は既に知っている。


 9回裏は1番打者の磐城君からの打順。

 東京プレスギガンテスユースは即座に申告敬遠を選んだ。

 その状況での判断としては妥当なものだろう。

 ここまで唯一のヒットが彼のホームランなのだから。

 まあ、延長になった事実がある以上、ここから1点入ることになる訳だが。


「打ち取った当たりのポテンヒット。飛んだところが悪かった。持ってない」

「それは事実ではあるけど、ここは3塁まで行った磐城君を褒めるべきだよ」


 2番打者の何とか当てただけという感じの打球は、フラフラとライトの方へと上がって丁度ファーストとライトの間に落ちた。

 お見合い気味になり、打球処理に手間取った隙を突いて磐城君は3塁へ。

 ノーアウト1塁3塁。

 東京プレスギガンテスユースは1点も許さない構えで前進守備を取る。


 続く3番打者。

 正樹は疲れが見え始め、低めの球が僅かに高くなってしまった。

 バッターはそれを打ち上げる。

 打球は高く上がる。

 コントロールこそ若干乱れたものの、球威は十分残っていて飛距離は出ない。

 それでも外野の定位置ぐらいまでレフトを後退させた。

 助走をつけられない捕球体勢も悪かった。

 それでは磐城君の足には敵わない。

 レフトはバックホームをせず、1塁ランナーの進塁を防ぐために2塁へ送球。

 磐城君は余裕を持って帰ってくる。

 犠牲フライとなって2-2の同点。

 その後の4番打者は併殺で、9回の裏は終了。


 こうして。

 夏の甲子園準々決勝、東京プレスギガンテスユース対兵庫ブルーヴォルテックスユースは延長戦へと突入してしまったのだった。

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