149 球場面接?
入れ替え戦は原則、上位リーグ側のチームの本拠地で開催される。
つまり全ての試合において山形マンダリンダックスが後攻。
村山マダーレッドサフフラワーズが先攻となる。
と言うことで、今日も4番打者としてスタメンに名を連ねていた俺は、1回の表からネクストバッターズサークルに入っていた。
「……にしても、賑わってるなあ」
入れ替え戦の2戦目。
初回から沸いているスタンドを、グラウンドから見渡しながら呑気に呟く。
本日も山形きらきらスタジアムは大盛況。
山形マンダリンダックスが前日惨敗した後にもかかわらず、満員御礼の状態だ。
やけくそなのか、村山マダーレッドサフフラワーズも在山形の地元球団だから別にどっちに転んでも構わないというスタンスなのか。
俺達が打っても抑えても割と歓声をくれるので、後者っぽい感じがするが……。
山形マンダリンダックスの長年の低迷具合を考えるに、むしろ新しい風が吹くことを歓迎しているぐらいなのかもしれない。
他にも、贔屓とかはなくニュートラルに野球を楽しんでいる人もいるだろう。
一種の祭りのような空間と言える。
「雰囲気はいいんだけど……ちょっと狭いんだよな。この球場」
俺達がプロに昇格した暁には、この球場が本拠地となる可能性が高い。
しかし、ここの収容人数は25000人。
3部としては普通だが、プロ全体で見ると小規模となる。
規定によって収容人数30000人以下の球場では日本シリーズの試合を開催できないので、俺達が1部リーグまで駆け上がったらスタンドの増築が不可欠だ。
それと、個人的には名前も変えたいところではある。
山形きらきらスタジアム。
さすがにきらきらはちょっとな……。
あるいは、老若男女親しみを持つことができる名前なのかもしれないけれども。
とは言え、こればかりは俺の一存ではどうにもならないことだ。
ネーミングライツを導入し、スポンサードを受けた結果の名前だからな。
ここを本拠地として使う限り、当面はその名前がついて回ることになる。
俺や明彦氏が命名権を買い取るぐらいでないと、改名することはできない。
今は3部の本拠地なので大体年間数千万円というところだろうが、1部リーグまで行って広告効果が高くなると価格も一緒に跳ね上がっていくのは間違いない。
他の球場だと年間10億とも15億聞くし、それぐらいは行く可能性もある。
前世の命名権における最高価格の倍以上だが、野球に狂った世界であるだけに球場の名前が人の目や耳に届く頻度は桁違いに多い。
費用対効果を考えると、むしろ安いぐらいかもしれない。
何にせよ、個人が命名権を購入するのは現実的ではない。
しばらくはきらきらの名を背負うしかないだろう。
……それはともかくとして。
「ノーアウト1塁2塁からのノーアウト1塁2塁か」
最初の状態から、3番のあーちゃんがレフト前ヒットで結局塁上は同じ形に。
元の2塁ランナーは生還し、村山マダーレッドサフフラワーズが1点先制した。
と言った状況で俺に打席が回ってきた。
ネクストバッターズサークルから出て、バッターボックスへと向かう。
「今日もよろしくお願いします」
球審とキャッチャーの木村大成選手に挨拶してから、軽く足場を整える。
そうしながら俺は、キャッチャースボックスに目線だけやって再度口を開いた。
「ちょっと木村選手に聞きたいことがあったんですけど、貴方はキャッチャーというポジションと3部リーグのレギュラーという立場に拘りがありますか?」
「……藪から棒に何だ?」
「他のポジションでなら1部リーグの試合に出場できるとしたら、どうかなと」
相手からの返答が来ない内に、半ばルーティーンのようになった動作が終わる。
目線をピッチャーに向ける。
それからゆったりとバットを構えると、球審がプレイの号令をかけた。
セットポジションから、相手先発のピッチャーが1球目を投じようとする。
「上のリーグで野球ができるのなら、それに越したことはない」
「ボール!」
投球のタイミングでの返答は俺の意識を逸らす意図もあったのかもしれない。
まあ、相手ピッチャーのコントロールが乱れてしまい、普通にストライクゾーンから外れてしまったけれども。
打席での会話は割とあるし、今回は俺の問いかけに対する応答でもある。
球審も特に問題視はしないだろう。
長年キャッチャーをしているからか、中々したたかな性格をしているようだ。
「たとえレギュラーじゃなくても、ですか? 例えば守備固めでの起用とか」
「1部と3部とでは待遇が違い過ぎるからな。最低保証年俸からして数倍ある。俺は結婚もしていて子供も2人いる。収入は多い方がいい」
「そうですか」
プロ野球選手には最低保証年俸というものがある。
前世だと1軍の選手は最低でも1600万円。2軍の選手は440万円だ。
こちらの世界だと全体的に底上げされていて、1部リーグが3000万円、2部リーグは1500万円、3部リーグだと750万円と決まっている。
1部リーグだと上限は遥か彼方だが、2部、3部では高くても上のリーグの最低保証年俸以下なのは間違いない。
1部リーグに行くだけで相当な年俸アップになるのは確かだ。
しかし、随分と現実的な考えをする人だな。
「あ、でも打撃が改善されればレギュラーも十分あると思いますけど」
とは言え、最初から控えの守備固めと決めつけられて嬉しいはずがない。
なので、一応フォローも入れておく。
届いてはいなかったようだけども。
「…………だが、何故急にそんなことを?」
ピッチャーにボールを投げ返しながら、今度は木村選手から問いかけてくる。
声には不審の色が滲む。
「俺の見立てだと、木村選手の守備はキャッチャー以外なら十分1部リーグで通用しそうな気がするんですよね」
「……俺はキャッチャー以外で公式戦に出たことはないぞ?」
不審が一層強まる。
まあ、彼からすると適当こいていると思われてもおかしくない言葉だったな。
しかし、そうとしか言いようがない。
「これでも人の適性を見抜くのは得意なので。ウチでも大なり小なり似たような人がいましたからね。合ってない守備位置で、打撃にも悪影響が出た選手とか」
最たる選手は村木さんだ。
適性のない守備位置についていたことと【特殊スキル】【守備でリズムを作る】の影響で本来のステータスを全く発揮できていなかった。
そんな彼も今では元気に1番打者をしていて、今日も先頭打者で出塁している。
「ボールツー!」
「話が見えないが、もしかして俺をスカウトしようとしているのか?」
「そんなとこです」
会話が一旦途切れる。
守備位置云々の話は中々信じて貰えないかもしれない。
だが、後々村山マダーレッドサフフラワーズから正式に連絡が入れば、多少なり信憑性も増すはずだ。
とは言え、この場で余り言葉を重ね過ぎても胡散臭くなるだけか。
木村選手の人となりについては塁に出た時に他の選手から話を聞いて確認するとして、ここらで話題を変えよう。
「ところで、ピッチャーの山田投手と加隈投手ってどんな人ですか?」
「山田と加隈? あの2人にも目をつけているのか?」
「ええ」
木村選手はピッチャーにボールを戻すと、少し考えてから口を開いた。
「山田は余り主体性がない選手で、淡泊な性格だ。まあ、練習はメニュー通りにこなしているし、リードにも忠実だが……野球への意欲は薄い感じがある」
「淡泊で、意欲が薄い……成程」
できるからやってるだけってタイプか。
更に指示待ち人間っぽいが、我が強過ぎるよりは扱い易いとも言える。
「ボールスリー!」
「加隈は真面目過ぎるぐらい真面目だな。練習には誰よりも真摯に打ち込んでいるが、結果が伴ってない。素直な人間ではあるんだが……」
「それはまた、何と言うか、もどかしいですね」
指導者に恵まれなかったタイプ、かな。
あるいは不器用なのか。
間違った努力というものは、時に無駄どころか逆効果にもなり得るからな。
しかし、素直な性格なのであれば、うまく指導できれば成長の目もあるだろう。
「フォアボール!」
「っと。木村選手、ありがとうございました」
「……ああ」
ピッチャーが勝負を嫌がったのか、ストレートの四球で1塁へ。
ノーアウト満塁だ。
何にせよ、色々と聞けてよかった。
さて、次は……。
「キャッチャーの木村選手ってどんな人ですか?」
早速、ファーストの選手に彼について尋ねる。
時間があれば山田投手と加隈投手のことも聞きたい。
多角的な視点が欲しいので、他の塁でも同じように情報収集したいところだ。
「野球をビジネスとして捉えてる感じがあるな。あれこれ改善しようと行動しているが、情熱よりもキャッチャーという立場の責任感からやってるように見える」
ふーむ。
木村選手の方もできるからやってるタイプっぽいか。
ただ、やるからにはやれるだけのことをやろうとする積極性はある、と。
家庭を持っていることも関係しているかもしれないな。
話した感じも悪くなかったし……。
他の選手の評価も聞いてからだけど、彼はほぼ決まりかな。
「あ」
そうしている内に5番の大法さんが大飛球を放つ。
あれは行ったな。
満塁ホームランだ。
仕方なく、塁を回ってホームへと向かう。
まあ、まだ試合は始まったばかり。
この内容だとキャッチャーとしてバッターに話しかけるのは注意を受けるかもしれないが、それ以外にも機会はあるはずだ。
そう思った通り、その日の俺の成績は全打席フォアボールで全打席出塁。
2塁や3塁に行く機会もあり、3人について話を聞くことができた。
ちなみに試合結果は18-0で村山マダーレッドサフフラワーズの連勝。
しかし、今日の俺はバッターとしてはお散歩して話をしてただけだったな。
まあ、そういう日もあるか。
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