閑話08 駆け上がっていく(美海ちゃん視点)
本戦1回戦を31-0の7回コールド完全試合で突破した村山マダーレッドサフフラワーズは、その後もサクッとコールドでトーナメントを駆け上がっていった。
秀治郎君は投球制限で登板できない時にはキャッチャーとして出場し、ピッチャーをうまくリードしながら更にバッティングで勝利に大きく貢献。
ピッチャーとして出場した時には、茜とバッテリーを組んで難なく完封する。
昇格戦に挑む権利を得ることができるベスト4も単なる通過点に過ぎず、チームは当然のように決勝戦に進出していた。
その時点で秀治郎君は全打席出塁、都市対抗野球本戦トーナメントのみで2桁本塁打などというイカれた打撃成績を残している。
まあ、彼が時折見せる異次元の集中力を思えば、私は不思議に思わないけれど。
何せ、視点からして全く違うような異様な雰囲気を漂わせる時があるのだから。
正直なところ、そういう時の秀治郎君はちょっと怖く感じる。
どこか現実離れした気配があって。
昔から何かと普通の人とは隔絶した突飛な行動を取ってきた彼だけに、そのままどこか遠くに行ってしまいそうな気がして心がざわついてしまうのだ。
……茜は盲目に格好いいなんて言ってるけど。
『1回表1アウト3塁。ここで4番の野村に打席が回ります』
そうやって少し思考を内に向けている間に、プロジェクタースクリーンには都市対抗野球本戦決勝戦での秀治郎君の第1打席が映し出されていた。
「準決勝まで打ちに打ちまくった野村君だけど、そうなれば当然相手だって警戒する。だから、決勝戦の相手は全打席敬遠の作戦を取ろうとしてたんだと思う」
陸玖ちゃん先輩の解説が入る。
……全打席敬遠、ね。
ふざけた作戦ではあるけれど、驚きはない。
秀治郎君の成績は、それだけ突出したものだった。
「正直、あのレベルの相手だと勝負するより四球の方がマシな計算になっちゃうからね。一発勝負の決勝戦なら、まあ、分からないでもないよね」
動画の場面は実況の言う通り1回表1アウト3塁。
1番打者が先頭打者ホームランを打って先制1-0。
2番打者は凡退。
3番に入った茜がスリーベースヒットを打った直後という状況。
「…………サラッとスリーベース打ってる茜も茜よね」
「暴走特急みたいに一目散に3塁まで行ったからね。外野の守備がもたついたから結果としてセーフになったけど、そうじゃなかったら確実にアウトだった」
私の呟きに補足を加える陸玖ちゃん先輩。
まあ、あの子は昔から妙に勘がいいところがあった。
何となく行けそうな気がしたから。
多分、そんなノリで躊躇せず2塁を回ったのだと思う。
それはともかくとして。
『バッターボックスに入った野村に、初回から申告敬遠が告げられました! 球場は騒然としています!』
犠牲フライでも1点という状況で回ってきたこの打席。
秀治郎君は申告敬遠で1塁に向かうこととなった。
別に相手チームの証言があった訳ではないので、本当に陸玖ちゃん先輩が言うように全打席敬遠をしようと事前に決めていたのかは分からない。
だけど、5番の大法さん含め強打者が続く村山マダーレッドサフフラワーズ打線を前にして1回表から申告敬遠を選択した以上、その可能性は高いと私も思う。
仮にそうでなかったとしても。
この状況で自由に秀治郎君に打たせたら、チームに勢いがついてビッグイニングになる危険性が極めて高くなってしまう。
そう判断して勝負を避けたのだろう。
秀治郎君が先発登板した以上、得点の可能性もゼロに等しいから尚のことだ。
そうして。
場面は1アウト1塁3塁で5番の大法さんの打席に移る。
「で、初球」
『1球目、投げました! 野村、走った! キャッチャー2塁送球! それを見て3塁ランナー鈴木も走った! 2塁セーフ! 遅れて鈴木ホームイン!』
これね……。
多分、申告敬遠された嫌がらせでもあると思うわ。
決勝戦まで盗塁してこなかったものだから、相手の頭にはなかったのだろう。
そのせいでキャッチャーの送球は微妙に遅れるし、ピッチャーは思わず秀治郎君を目で追って3塁に背を向けたものだから茜がスタートしたのに気づいてないし。
内野も全員似たような感じで、誰も咄嗟に送球をカットできる体勢になく。
ボールはそのまま2塁に行ってしまい。
送球が微妙に逸れて、2塁に入ったショートは即座に返球することもできず。
ボールがキャッチャーの手から離れた時点で走っていた茜は悠々ホームイン。
守備側のボーンヘッドと言ってしまえばそれまでだけど……。
ダブルスチールを仕かけた2人が1枚も2枚も上手だったのは間違いない。
「1塁3塁はこういうことがあるから、内野陣は特に注意しないとね」
陸玖ちゃん先輩が人差し指を立てて言う。
また講義みたいになっちゃってるけれども、いわゆる重盗、ダブルスチールは過去の座学で何度か取り上げられている。
だから、今回は新しい事例を用いた復習と言った方がいいかもしれない。
そして、それだけに。
対応が難しい状況であることも、対応の仕方も、全員重々承知している。
とは言え、知識だけあっても本番で理論通りに実行するのは容易じゃない。
試合で過不足なく連係するには、日頃の練習が必要不可欠だ。
「何よりも重要なのはキャッチャーの送球。3塁ランナーにスタートを迷わせるような、いざとなればカットもできる低く鋭くて正確な送球を心がけることだね」
理想的な対応としては、送球カットを偽装したりして3塁ランナーをベースに釘づけにしながら1塁ランナーを刺すこと。
ただ、投げればボールが逸れてしまうリスクもあるから、もう最初からランナーを無視してしまうというのも1つの手ではある。
いずれにしても、状況に応じてどうするのか迷ったりしないように、事前に味方全体で意思統一しておくのも大事だ。
『2球目、低めへの変化球……2塁ランナー野村また走った! ボールはワンバウンド、キャッチャー送球できず! 3盗成功!』
「……もうやりたい放題ね。笑うしかないわ」
「ね。……うふふ」
ニヤける陸玖ちゃん先輩は置いておくとして。
当たり前のことだけど、野球はバッティングやピッチングだけじゃない。
走塁と守備もまた勝敗を左右する重要なファクターなのだ。
その事実を、私達に改めて伝えようとしているかのように感じる。
『――野村、足でかき回して再び1アウト3塁の状況を作りました!』
好走と拙守で追加点が入った上でのその状況。
いいように翻弄された相手ピッチャーは、完全にペースを乱されていた。
こういうことをされてしまうと、単純に敬遠すればいいとはならなくなる。
『キャッチャー内角低めに構える。3球目……投げました! 打ちました! 高めに浮いた球を芯で捉えた! 打球はグングン伸びる!』
要因としては、ピッチャーのコントロールが甘くなったのも1つ。
加えて、3塁にランナーが進んでキャッチャーは後ろに逸らすことを恐れた。
そのせいで真ん中やや内ぐらいのストレートという絶好球が行ってしまった。
大法さんはそれを逃さず、ツーランホームラン。
後続の打者も連打で得点し、初回6点。
結局、秀治郎君を敬遠してまで避けたかったビックイニングとなってしまった。
ここでほぼ勝負は決まったと言ってもいい。
後はもう死体蹴りみたいなものだった。
「野村君の2打席目は鈴木さんが1塁ランナーの状況で申告敬遠。1塁2塁から2球目またダブルスチールでランナー2、3塁。続く大法選手がツーベースで2点」
前が詰まっていれば盗塁はされないと思ったのだろう。
結果は御覧の有様だったけれど。
……何となく、秀治郎君が茜の勘に頼った動きをしていた気もする。
「野村君の3打席目は同じく鈴木さんが1塁いる状況。相手チームももう申告敬遠に懲りたのか勝負をしたけど、普通に打たれてツーランホームラン」
点差も大きく開いていたこともあり、全打席敬遠も意味をなさなくなった。
勝ち目があるならともかく、ボロ負けする中でそれは外聞も悪い。
企業チームとして好感度を下げたくはない。
と言うことで以後、秀治郎君は敬遠されなくなったけれど……。
「4打席目、満塁ホームラン。5打席目、スリーランホームラン。6打席目――」
改めて申告敬遠の方がマシだったと思わされる結果となっていた。
「鈴木さんが野村君の前で出塁するものだから、ソロホームランがなくてサイクルホームランにはならなかったんだよね……」
残念そうに言う陸玖ちゃん先輩だが、そんなマイナーリーグでしか達成できていないような記録を持ち出されても困る。
「……ホント、やり過ぎよ」
私達を鍛えるとか、誰かを表舞台に立たせるとかじゃない初めての大会だから思わずはっちゃけてしまったのかしら。
「結果は49-0で村山マダーレッドサフフラワーズの圧勝。歴代最多得点、最多打点、最多安打、最多本塁打などなど記録尽くしの試合だった。……うふふ」
決勝戦はコールドがない。
そのせいで悲惨過ぎるスコアになってしまった。
「でも、まあ、野村君は1部リーグまで一気に駆け上がるつもりなんだから、これぐらいはやって貰わないとね」
それは、その通り。
秀治郎君達にとって、これもまた通過点に過ぎないのだ。
ボコボコにされた対戦相手はちょっと可哀想だけれども。
まあ、村山マダーレッドサフフラワーズはプロ3部リーグに上がる予定だ。
来年以降都市対抗野球に参加することはない。
災害に巻き込まれたとでも思っておいた方がいいだろう。
「昇格戦は10月下旬。日本シリーズの直前。楽しみだね」
後もう1歩でプロ。
計画自体は聞いていたけれど、何だか遥か先に行かれてしまった気分になる。
おこがましいとは思うけれど。
可能なら、私も本気の秀治郎君や茜と同じ舞台で戦いたい。
そのためには、甲子園で実績を作っていくのが1番の近道だ。
「……頑張らないと」
画面の中では都市対抗野球優勝に沸く秀治郎君達の姿がある。
そんな彼らに追いつけるように、私は来年に向けて気合を入れ直した。
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