140 甲子園決勝戦テレビ観戦(宮城県仙台市内ホテル)

『4球目もボールでフォアボール!』


 試合開始早々。

 先頭打者が四球で出塁し、高校生らしく駆け足で1塁ベースに向かった。

 その様子をテレビ越しに見守る。


『ピッチャー大松君、ストライクが入りません。兵庫ブルーヴォルテックスユースの先頭打者美馬君はストレートのフォアボールという結果になりました』

「力み過ぎ」

「これは、磐城君を意識し過ぎてるな」


 隣に座るあーちゃんと一緒に、観戦中の野球おじさんのように好き勝手言う。

 そうしながら、俺はスマホで決勝戦のスターティングオーダーを再度確認した。


【先攻】兵庫ブルーヴォルテックスユース

1番 右翼手 美馬隼人  3年生

2番 遊撃手 九十九啓嗣 3年生

3番 三塁手 遠野万里雄 2年生

4番 投手  磐城巧   2年生

5番 一塁手 大宮純一郎 3年生

6番 中堅手 富山泰山  3年生

7番 左翼手 能代進   3年生

8番 二塁手 鈴木浩二  2年生

9番 捕手  新田篤史  3年生


【後攻】山形県立向上冠高校

1番 遊撃手 浜中美海  2年生

2番 中堅手 菊池明正  3年生

3番 右翼手 佐藤正平  3年生

4番 投手  大松勝次  2年生

5番 三塁手 青島悠大  3年生

6番 一塁手 松浦竜也  3年生

7番 左翼手 木立権八郎 3年生

8番 二塁手 清野小太朗 3年生

9番 捕手  瀬川昇二  2年生


 準決勝の試合映像などを通して能力を確認した限りだと、やはり基礎ステータスの平均値は兵庫ブルーヴォルテックスユースの方が上だった。

 ただ、山形県立向上冠高校は守備位置と適性をキッチリ合わせているので、守備力に関しては補正込みで同等以上というところ。

 加えて投手力はほぼ互角なので中々いい試合をしそうだが……さて。


「んん?」

『2番打者の九十九君は送りバントの構えを取ります』

「初回ノーアウトから……?」


 続くバッターの動きを見て、あーちゃんが訝しげに首を傾げる。

 まあ、少なくとも俺達なら九分九厘選ばない作戦だからな。

 俺も正直「何をしてるんだ?」という疑問が先に来る。


 ノーアウト1塁からの送りバントは得点の期待値を下げてしまうだけ。

 よく言われていることだ。

 しかも、このケースは1回表で尚且つストレートのフォアボールの直後。

 立ち上がりストライクが全く入っていないピッチャーに対して簡単に1アウトを献上するのは、本来であれば利敵行為に近い采配だ。

 しかし……。


『得点圏にランナーを送ると共に、磐城君まで打順を確実に回す。兵庫ブルーヴォルテックスユースが強敵と認めた相手に対して使用する戦術です』


 彼らにとっては、これこそが最も得点の可能性が高い方法なのだろう。

 そして兵庫ブルーヴォルテックスユースには絶対的なエースたる磐城君がいる。

 1点あれば相当なアドバンテージを得ることができる。

 だからこそ、普通ならナンセンスなバント戦法を使ってでも先取点を狙う訳だ。

 理屈としては理解できなくもない。


 ただ、まあ。

 だったら、磐城君申告敬遠で5番打者と勝負すればいいだけのことではある。

 あくまでも勝ちに徹するなら、の話だが。


 とは言え、青春の汗が光る甲子園で初回から敬遠を選べるかと言えば微妙だ。

 前世では昔、正にその甲子園で全打席敬遠された選手もいたりしたけどな。

 当時の相手チームへのバッシングは相当酷かったと聞いている。

 この世界でも真っ向勝負を尊ぶ風潮はあるので、そんなことをすれば間違いなく顰蹙を買ってしまうだろう。


 加えて、磐城君を強く意識している大松君が敬遠を選ぶとは考えにくい。

 キャッチャーの昇二や虻川先生がそんな指示を出すとも思えない。

【マニュアル操作】の副次効果で色々見ることができる俺だからこそ5番打者の大宮選手なら抑えられると思うけど、彼も予選では7割打っている強打者だからな。

 6番打者の富山選手も富山選手で打率6割。

 成績で見ると超強力打線という印象を持つだろう。


 過去の試合でも、申告敬遠ではなくとも磐城君を怖がってフォアボール。

 無駄にランナーを増やしてビッグイニングというパターンを何度も見かけた。

 俺と同じだけの情報を持っていなければ、さすがに磐城君との勝負を避けることはできないと判断してしまうに違いない。


 ランナーがいる状態で磐城君に回せば点が入る。

 点が入れば、後は磐城君が抑えて勝利へと一直線。

 同世代ではチート級とも言える磐城君の存在が、ノーアウト1塁からのバントという愚策を比較的堅実な戦法に変えてしまっている訳だ。


『ピッチャー大松君。バントの構えを嫌がり、九十九君に対して2ボール』

「……怖がり過ぎ」

「うーん。高校生故の精神的な未熟さって奴かな……」

『3球目も内角高めに外れて3ボールとなりました』


 これで7球連続ボール。

 ステータス的にはあり得ないレベルだ。

 補正を覆す程に力んでしまっている証拠と言えるだろう。


「バントがしたいなら、させてやるべき」

「そうだな」


 冷淡に告げたあーちゃんに頷きながら同意を示す。

 もし俺がこの場面に登板していたら、確実にそうしていた。

 勿論、投球動作中にバントからヒッティングに切り替えるいわゆるバスターの可能性もあるので、それを考えながらになるけれども。

 多分、相手バッターの弱点となるコースに速球系の球を放ると思う。

 しかし、それは統計的にこの場面ならバントをさせてしまった方がいいと耳にタコなぐらいに聞いて、そういうもんだと承知しているからこその話だ。


 それと。

 ゲームのように自分を客観視できる【生得スキル】【離見の見】を使えば、ある程度緊張から解放されたフラットな状態で投げられるという理由もある。

 普通なら、得点圏にランナーを背負いたくないという心理もあるだろうしな。

 実際、磐城君を意識する今の大松君には揺さぶりとして効果を発揮したようだ。

 高校レベルならバント戦法もありとされることもある所以を目にした形だ。


『九十九君にもストレートのフォアボールでノーアウトランナー1塁2塁となりました。大松君、苦しい立ち上がりです』


 逆に兵庫ブルーヴォルテックスユース側は盛り上がっているな。

 応援でも圧をかけてきている。


『解説の山本さん。ここは続けてバントの構えで来るでしょうか』

『そうですね。次は3番バッターですが、可能性は高いと思います』

『おっと。ここで瀬川君がタイムを取り、マウンドに向かいました』


 さすがに画面越しでは彼ら2人の会話は聞こえてこない。

 だが、厳しい顔の昇二に何か言われて大松君が慌てたように頷く。

 一旦間を置いたおかげもあってか、表情の強張りが大分なくなった。

 それを見て大丈夫そうだと判断したのか、昇二が定位置に戻っていく。


「……もっと早く行ってもよかったな。初回だけど」

「判断が遅い」


 試合が終わったら昇二にメッセージでも送ろう。

 負けたら反省会だ。

 そんなことを考えている間にプレイが再開し、球種のサインが出る。

 首を縦に振った大松君がセットポジションに入る。


『バントの構えを取る3番バッター遠野君に対し、1球目をセットポジションからクイック気味に……投げました!』


 スライダーが外角低めに決まる。

 遠野選手はバットを引いたが、ストライクゾーンをかすめていたようだ。

 ようやくストライクがコールされ、少しホッとする。

 こういった苦境も1つの貴重な経験ではある。

 とは言え、初回から試合が壊れるのは俺も望んでいない。

 拮抗した展開の中で多くの学びを得て欲しい気持ちが強い。

 その上でいい勝負を演じてくれたら幸いだ。


『2球目はインコース高めへのカットボール! バットには当てたものの、小フライになります! バントなのでインフィールドフライはありません!』

「お、2つ行けるか?」

『ランナー動けず! 大松君、咄嗟の判断でボールをワンバウンドでキャッチ。すかさず3塁へ! アウト! 更に2塁へ転送! アウト! ダブルプレー!』

『大松君、冷静でしたね。ナイス判断です』

「……自作自演?」

「こらこら」


 首を傾げてポツリと呟いたあーちゃんに思わず苦笑する。

 結果的には自分でピンチを作り、ファインプレーで状況を好転させたのは事実。

 自作自演染みているのは間違いない。

 リリーフなら劇場型ピッチャーと呼ばれそうな挙動ではある。

 しかし、問題はこの後だ。

 磐城君を抑えなければ、演技も劇場も幕間に進むことはできない。


『2アウト1塁。この状況で左のバッターボックスに神童磐城巧君を迎えます』


 さて。元チームメイト同士の最初の対決だ。

 一観客として、あーちゃんと一緒に楽しませて貰うとしよう。

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