119 専属キャッチャーと魔球の作り方
「その子が私の専属キャッチャー?」
投球練習場に戻ると、俺達の姿を認めた美海ちゃんが訝しげに尋ねてきた。
「…………女の子?」
ピッチャープレートのところまで来たあーちゃんも微妙に首を傾げて問う。
似たような反応だが、意味合いは少し違う。
彼女のはこんな子野球部にいたっけ? という疑問だ。
数少ない女子の新入部員なのだから顔ぐらい覚えていてもいいと思うが、全く興味がなくて意識に残っていなかったのだろう。
それがあーちゃんの平常運転でもあるけど。
「外部入学組で高校1年の倉本未来っす! よろしくお願いするっす!」
「倉本さんね。見覚えがあるわ」
対照的に、微笑を浮かべた美海ちゃんはちゃんと顔と名前が一致している様子。
さすがは常識人枠というところ。
しかし、それだけに女の子で大丈夫なのか怪しんでいる雰囲気もあった。
まあ、美海ちゃん自身も女の子だが……。
さすがにバッテリーで2人共となると非常識過ぎて不安にも思うだろう。
それでも、俺の紹介だからと表情に出さないよう気をつけてくれているようだ。
ある程度親しくないと歓迎しているような笑顔にしか見えないだろう。
「私は浜中美海。同じく1年生よ。内部進学組だけど」
「よろしくっす!」
「ええ。よろしく」
挨拶を交わした後、倉本さんは不思議そうな顔でこちらを見る。
「ところで野村君。専属キャッチャーって一体どういう話なんすか?」
「うん。倉本さんには美海ちゃんと組んで貰いたいんだ」
「えっと……彼女とっすか?」
専属キャッチャーという部分もそうだが、やはり相手が女性ピッチャーというところに大きな戸惑いがあるようだ。
常識と照らし合わせれば気持ちは理解できる。
下手をすると、おちょくられていると勘違いしかねないレベルだ。
そうした疑念は速やかに解消するに限る。
「あーちゃん」
「ん」
俺の意をくんでキャッチャースボックスの位置に戻っていくあーちゃん。
「彼女は?」
「鈴木茜。あの子も俺達と同じ内部進学組の高校1年生だ」
「あーちゃんに、美海ちゃん……どういう関係っすか?」
「2人共幼馴染なんだ。あーちゃんとは幼稚園から、美海ちゃんとは小学校の1年から。クラスもずっと一緒だった」
「幼馴染……」
倉本さんは小さく呟きながら羨ましそうな、妬ましげな視線を向けてくる。
幼少期に余程いい思い出がなかったのだろう。運動音痴が災いして。
馬鹿にされたとは聞いていたが、友人らしい友人もいなかったのかもしれない。
「ともかく、あーちゃんの後ろに行こう」
「は、はいっす」
「美海ちゃん、何球かお願い」
「分かったわ」
美海ちゃんの返答の声は微妙に弾んでいる。
どうやら、この短期間で確かな手応えを得ることができたようだ。
勿論、まだまだ単に変化しただけというレベルだろうけれども。
それだけでも普通に考えれば十分凄いし、補正の力は偉大だとも言える。
しかし、変化球というものはただ変化すればいい訳ではない。
「行くわよ?」
「ああ」
キャッチャーミットを構えて座るあーちゃんの後ろに俺達が立ったところで、美海ちゃんが大きく振りかぶる。
……うーむ。まだフォームが大分ぎこちないな。
普段とは全く違う。
ナックルは握りからして特殊な変化球だ。
だから、他に比べて投球フォームの中にハッキリした予備動作が現れ易い。
いわゆるクセと呼ばれるものだ。
それを見抜かれてしまうと、何を投げるか事前にバレてしまう。
打ちやすい球が来るなら打ちに行くし、打ちにくい球が来るなら見逃す。
そうした判断が容易になってしまう訳だ。
こればかりはステータス補正でも完全にはなくし切れない部分がある。
当人の意識の問題もあったりするからな。
加えて、盗塁対策も必要だ。
セットポジション。
クイックモーション。
牽制。
クセ以外の部分も含めて、長い時間をかけて総合的に投球フォームの最適化も行っていかなければならない。
変化球の完成度を上げるというのは、その球1つに限った話ではない。
そこまでしてこそ試合で使える
……とは言え、0と1には越えられない壁がある。
しかも、今日投げ始めたばかりだし。
明確に変化しただけで嬉しくなる気持ちも分かる。
「す、凄い揺れて落ちたっす」
「でしょ?」
ボールを受け取りながらドヤ顔を決める美海ちゃんが微笑ましい。
逆に、倉本さんは真剣な様子で考え込んでしまった。
「確かに、ナックルなら……」
一先ず女性ピッチャーと組むことへの戸惑いは小さくなったようだ。
「けど、それをウチが捕る……?」
新たな疑問は、美海ちゃんの中にある倉本さんへの不安と共に払拭しよう。
「倉本さん。次の球がどこに来るか分かる?」
「え?」
「ナックルの軌道、予測してみて?」
「そ、そんなの分かる訳――」
「美海ちゃんのコンディション。投球フォーム。リリースポイント。ボールの回転状態。外気の影響。それらを基にボールの変化を読み取るんだ」
倉本さんが分かる訳がないと言い切る前に、畳みかけるように指示を出す。
それに対して倉本さんが戸惑っている間に、美海ちゃんが投球動作に入る。
「ほら! 来るぞ!」
「は、は、はいっす!」
審判のように中腰になり、美海ちゃんのフォームを凝視する倉本さん。
次の瞬間、彼女はハッとしたような顔になって口を開いた。
「ひ、左に少し揺れてから右の低めに落ちるっす!」
果たして。美海ちゃんが再度投じたナックルは、一瞬だけ俺達から見て左にブレてから右に大きく落ちた。
あーちゃんはそれを【直感】を駆使して捕球する。
「凄い。ピタリ賞」
さすがのあーちゃんも驚いたようで、称賛の声を上げる。
これで彼女も倉本さんの存在をちゃんと認識したことだろう。
「次」
「はいっす!」
美海ちゃんに視線で促し、次の球を待つ。
「揺れながら真ん中低めに落ちるっす!」
「正解。2連続」
その後も何球か続けるが、想定通り正答率は100%だった。
「よく分かるわね!」
美海ちゃんもテンションが上がっているようで、声が一段高くなっている。
「な、何となく、ここら辺に来そうかなって思ったっす」
「勘?」
「彼女は観察眼に秀でてるんだ。だから、ナックルの軌道を予測できる」
適当なことを口にしたが、その正体は俺には分かっている。
倉本さんが持つ唯一の【生得スキル】【軌道解析】の力だ。
周囲の環境を直感的に把握し、一足飛びに軌道のシミュレート結果を得る。
今は美海ちゃんのフォームが安定しないこともあって投げるギリギリからの計算となったが、いずれは投球動作に入る前から解析できるようになるだろう。
具体的には、ここを狙えばここに来るという予測が可能になる訳だ。
つまり、キャッチャーの側からナックルのコントロールを助けることができる。
それによって、完全に制御されたナックルという矛盾した魔球が完成するのだ。
……まあ、正直なところ。
この【生得スキル】を有効活用するなら、前世だったら野球をやるよりもゴルフ辺りをやった方が遥かにいいと思う。
間違いなく、キャディー要らずで常に正確なショットができるだろう。
とは言え、ここは野球に狂った世界。
成り上がる上では才能を野球に適用した方が有用だ。
「ただ、まだキャッチングに難があるからな。これから2年と少しはそこを重点的に鍛えていくことになる」
「……勝負は3年生の夏って訳ね」
頷いて肯定する。
それまでに美海ちゃんはナックルの精度を高める。
倉本さんはキャッチャーとして【生得スキル】【軌道解析】を活かすために、守備に重きを置いた形でステータスを伸ばしていく。
ベールを脱ぐのは2年後。
その時には、美少女バッテリーが世の中を席巻することになるだろう
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