マウンド01 停滞の中で藻掻き続ける(正樹視点)
この試合における秀治郎の目的は分かっている。
俺の時と同じだ。
あの磐城巧という選手を盛り立てて、人為的に新たな野球界のヒーローを作り上げようとしているのだ。
俺とこのチームを踏み台にして。
この試合、秀治郎は明らかに手を抜いている。
小学生の時、最後の勝負で完膚なきまでに叩きのめされた俺には分かる。
初回の四球もそうだし、その次の単打もそう。
磐城巧のお膳立てをするために、自分は加減して出塁するだけに留めている。
本心はどうあれ、俺達に本気を出す必要はないと告げているに等しい。
それが何よりも腹立たしいし、秀治郎の思惑通りにさせている自分にも苛立つ。
この3年。
俺はいくつもの試合に出て、圧倒的な成績を収めてはきた。
自惚れじゃない。客観的な事実だ。
けど、俺の身体能力や技術は小学生の時から伸びていない。
体も当時から成長しておらず、球速も全く上がっていない。
ならばと新しい変化球を覚えようとしてもうまくいかない。
成長が鈍いどころか、どれだけ練習しても上達する気配がまるでないのだ。
秀治郎と出会う以前の、何をしても野球がうまくならなかった頃と同じように。
知識と経験で総合的な実力は上がっている。そう信じたい。
ただ、それは正に小学校の卒業式の時に秀治郎に忠告された内容そのまま。
肉体が行き詰まったら、後は頭を鍛えるしかない。
俺の行く末まで全てを見透かされているかのようで、一層複雑な気分になった。
秀治郎は全く以って得体が知れない。
自分の実力を隠そうとしていることも含めて。
最終的な目的も理解が及ばない。
かつてはバッテリーを組んでいたこともあったのに、今は遥か遠くに感じる。
「正樹、この回はクリーンナップからだ。注意していくぞ」
マウンドに向かう途中、キャッチャーの健治が言葉をかけてくる。
思考に沈んでいたのをナーバスになっていると思われたのかもしれない。
6回表。山形県立向上冠中学高等学校の攻撃。スコアは0-2のまま。
点が入らず、苦しい展開だ。
この回では秀治郎ご執心の磐城巧がバッターボックスに入る。
5回の表では、秀治郎はまた手加減をしていた。
1アウトから淡泊な打撃からのフライアウト。
続く鈴木もバットを振る気配すら見せず三者凡退。3アウトチェンジ。
これ以上は点を取らなくても問題ないという意思表示としか思えなかった。
あの磐城巧というピッチャーにとっては、たったの2点差でもセーフティーリードだと考えているのだろう。
「ここを抑えて後は逆転するだけだ」
「ああ。分かってる」
絶対に、秀治郎の思うようにはさせない。
このチームに来てから能力が全く伸びていない以上、後はもう勝ち続けることでしか俺は価値を示し続けることはできない。
ここで磐城巧を全身全霊で叩き潰し、残り2回の攻撃に勢いをつけてやる。
「プレイッ!」
打順は3番の浜中から。
並の女子中学生と比べると格が違う選手に成長しているが、しっかりと四隅にコントロールすれば押し切れるレベルだ。
低めに投じれば、たとえ当てられても外野の頭を越えることはそうない。
それでも油断はせず、勝負を急ぎ過ぎず。
2ボール2ストライクの平行カウントまで追い込み――。
「ストライクスリーッ!」
内角高めギリギリいっぱいの球で見逃し三振に切って取った。
まずは危なげなく1アウト。
そして問題の磐城巧が打席に入ってくる。
初回はフルカウントの末の三振。
次の対戦機会では、初球打ちからの犠牲フライ。
まだ戦い方を模索しているかのようだ。
彼は俺とは違い、まだまだ発展途上なのかもしれない。
そう思い、奥歯を噛み締める。
「……ふうっ」
苛立ちを抑えるように1つ息を吐いて意識を切り替え、気合を入れ直す。
それから俺は健治のサインに頷いて大きく振りかぶった。
ワインドアップから思い切り腕を振って外角に投じたのはツーシーム。
僅かに浮いてしまったものの、気持ちが乗ったのか過去最高のキレだった。
磐城巧が振ったバットはボールの変化に追いつけず、空振り。
1ストライクとなる。
その結果を前にして、彼はどこか動揺したように目を見開いた。
想定していた変化量を超えていたのだろう。
そう。たとえヤマを張られていても、球の質と威力で打ち取ることはできる。
今はもっと懸命に腕を振るだけだ。
「ストライクツーッ!」
内角高めへのツーシームは見逃しで2ストライク。
そこで磐城巧は構えを少し変えた。
強振の構えからミート重視の構えへと。
……ブレたな。
そう思いながら、内角低めにチェンジアップを投じる。
――キンッ!
1塁ベンチに転がっていくファウル。
スイングのタイミングが早過ぎた。
次も対角線と緩急の投球で仕留めにかかる。
外角高めにストレートだ。
――キンッ!
今度は振り遅れて力のないフライが上がる。
打球は3塁側スタンドに入ってファウル。
当てられてしまったか。
さすがに少し分かり易過ぎたか?
――キンッ!
――カンッ!
「ちっ」
ノーボール2ストライクのまま粘られ、思わず舌打ちをしてしまう。
そこへ健治がボール球で勝負するようサインを出してきた。
それを見て、意識的に気持ちを落ち着かせる。
まあ、妥当な判断だ。
「ボールッ!」
ボール1個分外れるように投じたカットボールは見逃される。
――カンッ!
半個外したストレートはファウルにされる。
ストライクゾーンのギリギリのところで勝負を続ける。
「ボールツーッ!」
――カキンッ!
――カンッ!
――カキンッ!!
「ボールスリーッ!」
そうしている内にフルカウントに至ってしまった。
しかも、ファウルの当たりがよくなってきている。
そこで磐城巧に視線をやってハッとした。
最初空振った時の動揺は欠片も残っておらず、瞬き1つしていない。
雰囲気が一変している。
見て分かるぐらいに集中している。
「くっ」
彼の姿が本気を出した時の秀治郎に少し似ていて、思わず気圧されてしまう。
打たれる。そう直感する。
フォアボールにして逃げる選択肢もあっただろう。
実際、健治もボールゾーンに構えていた。
しかし、それは味方である彼すらも相手に敵わないと認めた証でもある。
ここに来て、俺を踏み台に殻を破ってしまったのか。
停滞している俺を今正に追い抜いていこうとしているのか。
焦燥。敗北感。
様々な感情が綯い交ぜになるのを自覚しながら振りかぶる。
俺は今の全てをどうしても認めることができなくて……。
――カキンッ!!!
リードに反して投げたアウトコース低めギリギリいっぱいのストレート。
渾身の1球は快音を鳴らして弾き返されてしまう。
バッと後ろを振り返る。
既に角度と打球速度からボールの行方は薄々分かっていた。
グングンと右中間を伸びていく打球を、縋るように見続ける。
ファウルラインを切るなんて希望を抱く余地は欠片も残されていない。
外野手も打った瞬間に諦めてしまっている。
呆気なく、打球はフェンスを越えていく。
それを見届け、俺はマウンドに膝を突いてしまったのだった。
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