106 春の大会で負ける理由なし

 秋に行われる全国中学生硬式野球選手権大会とは違い、春の全国中学校硬式野球選手権大会にシニアやジュニアユースのチームは参加しない。

 そうなると、必然的に秋よりも春の方が平均的なレベルは低くなる。

 全国優勝の回数が下位も下位の県で行われる地方大会なら尚のことだ。


 そこへ来て、今年の我がチームのエースとなった磐城君は147km/hの速球と多彩な変化球を持ち、球質もコントロールも抜群なプロ級のピッチャー。

 中学生で打つことができる選手はそうそういない。

 その上、相手のステータスから適性、得手不得手に至るまでその場で見抜くことができる俺がキャッチャーとしてリードしているのだ。

 圧倒的な勝利を収めても何ら不思議なことではない。


「油断せず、気を引き締めろって言っても、これじゃ難しいわね」

「うん。頭では、分かってるんだけどね」


 美海ちゃんが困ったように言い、昇二も同意するように苦笑する。

 既に日程はほとんどが消化され、俺達は全国の切符を手に入れていた。

 内容もド派手なもので、大松君が投げた準決勝を除いて4回コールド完全試合。

 その準決勝も4回コールド完封試合だった。


 試合前には毎度口を酸っぱくして油断するなと言い続けたが……。

 度が過ぎた謙遜は嫌味になる、ではないけれど、説得力はなくなってしまう。

 こうなると中学生はいい気にならずにはいられないだろう。


「けど、多分、春は全国もこの調子で行けちゃうだろうしな」


 冷静に客観的な分析をし、頭の中でシミュレーションすると結果はそうなる。

 自戒の意味で常にネガティブな考えを同居させてはいるけれども。

 まあ、調子に乗って足をすくわれる人間の例は枚挙にいとまがないからな。

 過度なぐらいに警戒しているのはそのせいだ。

 しかし、少なくとも今回は分析の方が正しかった。


 1ヶ月後。

 瞬く間に全国大会を走り抜けた俺達は、何の苦労もなく優勝を勝ち取っていた。

 結果、部員達の間には緩い空気が流れていた。


「この調子なら秋も制覇できそうですね!」


 1年生がほとんどの後輩達は、MVPの磐城君に尊敬の眼差しを送っている。


 小学校の時の正樹と同様、彼に花を持たせるように俺達は裏方に徹したからな。

 ピッチングは勿論のこと、バッティングでも抜きんでた成績を残すことができるように可能な限りランナーを貯めて彼に回した。

 おかげでホームラン数や打点は大会新記録となったようだ。

 そんな磐城君がいれば、シニアやジュニアユースのチームも敵ではない。

 後輩達はそう思ってしまったのだろう。

 しかし、それは実のところ微妙に間違っている。

 今日の部活動は、その誤認を正すためにミーティングルームに集まって貰った。


「これは全国中学校硬式野球選手権大会と同時期に開催されたU15アマチュア全国硬式野球選手権大会の全国大会決勝戦の映像です」


 やや硬い口調で告げる陸玖ちゃん先輩。

 アマチュア野球愛好会に頼んで入手して貰った試合の動画が、プロジェクタースクリーンに映し出される。

 そこにはよく見知った顔があった。


「兄さん……」


 昇二が小さく呟く。

 シニアとジュニアユースの頂点を決める決勝の舞台で登板しているのは正樹。

【衰え知らず】のおかげでカンストした基本ステータスに減衰はない。

 ただ【超早熟】のせいで【年齢補正】も【体格補正】も以前のままだ。

 成長の余地もない。

 なので、最終ステータスは最後に勝負した時と何1つとして変わっていない。

 それでもプロレベルの数値で、中学生にとってはチート染みているが。


『東京プレスギガンテスジュニアユース、瀬川正樹投手。この回も3者凡退に切って取りました。6回表終わって13対0です』


 試合は、東京プレスギガンテスのジュニアユースチームが相手を圧倒していた。

 敵が弱い訳ではない。

 決勝の相手は昨年の覇者、兵庫ブルーヴォルテックスジュニアユースチーム。

 ステータス的にも旧来のジュニアユースのトップレベルだ。

 にもかかわらず、敗戦濃厚の状況で選手達は諦めムードに沈んでいる。


 勿論、正樹自身が未だ同年代とは隔絶した能力を誇っているというのもある。

 だが、彼のチームメイトも総じて能力が高かった。

 同じジュニアユースチームであるはずの相手チームより一回り以上も。

 恐らく正樹も持つ取得【経験ポイント】にプラス補正がかかるスキル【生きた手本】【ロールモデル】の力で、仲間の成長にブーストがかかったおかげだろう。

 そこにジュニアユースの恵まれたトレーニング環境が加わり、頭1つ抜けたチームになってしまったのだ。


「そ、そっか。この世代には彼がいたんだ」


 後輩の誰かがポツリと呟く。

 呆然とした様子で、焦燥を声に滲ませながら。


『6回裏。4番瀬川正樹選手から2者連続のホームラン。更に連続タイムリーもあり、一挙6点を上げました』


 更に突き放す東京プレスギガンテスジュニアユースチームの強さに、ミーティングルームが静まり返ってしまう。

 決勝戦はコールドがなく、もはや死体蹴りの様相だった。

 その後、最終回も正樹がサクッと締めて試合終了。

 19-0で東京プレスギガンテスジュニアユースの勝利。

 正に圧勝だった。

 全く危なげがなかった。


「秋を制覇するということは、このチームに勝利するということと同義です。その難易度は、春とは比べものにならないでしょう」


 陸玖ちゃん先輩の言葉で空気が張り詰める。

 正樹の存在1つで、皆の気持ちが多少なり引き締まってくれたようだ。

 神童・瀬川正樹は、それだけ野球関係者に衝撃を与えていたのだろう。

 同年代の旗印。

 今更ながら彼の存在はありがたいな。


「打倒・瀬川正樹。打倒・東京プレスギガンテスジュニアユースチーム。これを目標に秋まで頑張っていきましょう!」


 本当は高校生になってから甲子園で再会するつもりだったけれども。

 色々あって予定が狂ってしまった。

 けど、まあ、いいか。

 秋大の全国の舞台で、正樹がステータス以外の部分をどれだけ成長させることができたか確かめるとしよう。

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