102 中学の総決算に向けて
継続は力なり。
筋トレは正にその通りで、日々の積み重ねが肝要。
その上で効果的なトレーニングを行うには、専門家のプランに従って寸分違わず実行していく必要がある。
ハード過ぎても、緩過ぎてもよくない。
適切な負荷を見極めて鍛錬に励み、休むべき時はしっかりと休む。
気が焦ってもオーバーワークは厳禁。
怪我をしたら元も子もない。
それでも、トレーニングの負荷は当初とは比較にならない程に強くなっていた。
中でも磐城君と大松君の2人は、筋トレ研究部顧問の山中先生から一段と厳しいメニューを課されている。
「2人共、頑張ってるな」
「当然。しゅー君がここまでお膳立てしたんだから、それぐらいして貰わないと」
あれから半年。
俺達は進級して中学3年生となり、もう少しで最後の全国中学校硬式野球選手権大会が始まるというところ。
彼らは順調に【経験ポイント】を稼ぎ、着実に成長し、トレーニングもそれに見合った強度となっている。
筋トレ研究部の研究成果を存分に活用して合理的に怪我をしないように配慮されているとは言っても、傍から見ていて大分きつそうだ。
まあ、まだ成長期にある中学生。
メインはあくまでも腕立てやスクワットといった
山中先生の指導の下、バーベルやダンベルを使ったウエイトトレーニングも(比較的)低負荷で適度に行われている。
昔は筋トレをすると成長が阻害されるといったことがまことしやかに囁かれていたが、実際は相関関係などないらしい。
とにもかくにも重要なのは、トレーニングの負荷に見合った十分な休養と栄養バランスのいい食事。
だから2人は特に、部活動の時間以外でも睡眠などのスケジュールをしっかり守るように言い含められている。
中学生としてはトレーニングの厳しさよりも、そうした自由の制限の方が遥かにきついかもしれない。
勿論、その辺りのストレスで潰れたりしないように山中先生もコミュニケーションを取ってくれているが……。
そんな心配は無用と言わんばかりに2人共、特に磐城君は日々楽しそうだった。
その理由を問うと、彼ははにかみながら答える。
「嬉しいんだ。誰はばかることなく野球に打ち込むことができることが。そして何より、成長を実感できることが」
表情も声色も。明らかに生き生きとしている。
本当に、毎日が充実しているのだろう。
いい精神状態だと思う。
あるいはプライベートでのちょっとした不自由ですらも、彼にとっては幸福なことなのかもしれない。
それが野球のための努力であるならば。
「もしかしてー、ドMー?」
そんな彼の言葉を受け、首を傾げてそんなことを言い出す諏訪北さん。
「こらっ」
対して少し慌てたように佳藤さんが窘める。
けど、まあ、その傾向がないとは言い切れない。
厳しいトレーニングに日々励むスポーツ選手一般の話として。
むしろ、その方が適性があると言ってもいいかもしれない。
きつい練習それ自体がご褒美となるのなら。
「と言うか、私達も結構頑張っていますけど」
「ってことは、私達もドMってことー?」
仁科さんと泉南さんの冗談っぽい会話に4人組が笑い合う。
さすがに磐城君と大松君程の強度ではないが、彼女達も真面目にトレーニングに取り組んでくれている。
方向性は若干異なるが、将来のための努力と捉えてくれている様子。
つまるところ、動画配信のネタを増やすのが4人組の目的だ。
何はともあれ、彼女達の存在は部の雰囲気をよくしてくれている。
去年の実績のおかげか実のところ何人か新入部員が入ってくれたが、女子4人が頑張っている姿を見て真面目にトレーニングに打ち込んでいる。
大松君のモチベーションが続いている要因の1つでもある。
「大松君、やり過ぎは禁物です。下手をすると逆効果ですからね」
「分かってますって。山中先生」
磐城君への対抗意識もあるけれども、やはり彼女達の中にいる意中の人にいいところを見せたいというのが根本的で最大の原動力なのだろう。
不純と言えば不純な動機。
しかし、それで野球がうまくなってくれるのなら俺としてはどちらでもいい。
むしろ、しばらくの間は誰がそうなのかは明らかにせず、どっちつかずのところでやる気を維持して欲しいまである。
……それはちょっと性格が悪過ぎるか。
まあ、それはともかくとして。
「練習の成果を披露する全国中学校硬式野球選手権大会はもう間もなくだ。この調子で、気を抜かずに行こう」
野球部を全面的にバックアップするのが学校の方針というのもあるけれども、筋トレ研究部が非常に協力的で助かっている。
昨年、公式戦で勝って補助金の増額と継続を勝ち取ったおかげでもあるだろう。
プロ野球個人成績同好会やアマチュア野球愛好会も、引き続き対戦相手の情報分析を担ってくれている。
現金な話だが、部費も維持されたおかげか士気も高い。
【マニュアル操作】に頼らない体制も徐々にできている実感がある。
「磐城君の件もそうだけど、実績を積んで、この学校みたいなやり方もあるってことを世間に知らしめないといけないからな」
実際にそれが最善かは分からない。
だが、少なくともステータスの存在を基にした考え方は広めておく必要がある。
折角だから、磐城君には正樹の時以上にセンセーショナルな活躍をして、世の中に衝撃を与えて貰いたいものだ。
……しかし。
正に俺達が、そうやって日本の片田舎で小さな目標に挑もうとしていた頃。
世界では、より巨大なうねりが巻き起ころうとしていた。
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