091 野球部改革⑥
「と言う訳で、我が校が補助金を受給するには公式戦1勝が必須となった。ついては、皆には1勝目指して頑張って欲しい」
「か、勝てなかったら、どうなるんですか?」
「どうもこうも、補助金は打ち切り。野球部の部費は大幅削減。特に、プロ野球個人成績同好会とアマチュア野球愛好会はほぼなくなるだろう」
「そんなっ!?」
悲痛な声をミーティングルームに響かせる生徒。
プロ野球個人成績同好会の所属か。
あるいは、アマチュア野球愛好会の所属か。
「プロ野球珍プレー愛好会はっ!?」
「元々の活動のための部費は当然なしだ。野球部としての活動に必要な分は出る可能性もなくはないが、厳格に管理されるだろうから流用は不可能だ」
「そんな……」
いや、当たり前のことを言っているだけなんだけどな。
おかしな状況が常態化していると、そっちが当たり前になってしまうものだ。
向上冠中学高等学校の常識は世の中の非常識ってところか。
慣れというのは本当に怖い。
「これから野球部は公式戦1勝を目指して活動することになる。各自そのためにできることを考え、いいアイデアがあれば提案して欲しい。学年の垣根を越えてな」
そう締め括ると、虻川先生はミーティングルームから出ていった。
後にはざわめきが残る。
そんな中で俺達は特に騒ぎ立てることなく部屋を後にした。
俺から伝えて皆、話の内容を大体知っていたので冷静なものだ。
「まあ、俺達がやることはそう変わりません。いつもの練習をしましょう。このまま行けば、公式戦1回戦突破はそこまで難易度が高くありませんからね」
「ああ」
気負いなく頷く上村先輩。
筋トレ研究部から来た先輩達も、自分達が1勝しなければならないと聞いた当初はさすがに少し不安そうではあった。
しかし、俺がキッパリと問題ないと断言したおかげか、今は落ち着いている。
見かけ上は俺の指導で急成長したような形になっているから、その言葉には強い説得力を感じているのだろう。
「野村君、少しよろしいですか」
と、少し遅れてミーティングルームから出てきた生徒に声をかけられる。
眼鏡をクイッと上げる彼は、中学2年生になって同じクラスになったプロ野球個人成績同好会所属の周防尾張君だ。
その後ろにも人影があるが、こちらは名前を知らない。
アマチュア野球愛好会の所属の高校生であることは分かる。
「周防君? どうしたんだ?」
「公式戦1勝のため、僕なりにできることを考えましてね。聞いて貰えないかと」
「俺に? 先生じゃなく?」
「はい。まずは」
「分かった。けど、ちょっと待ってくれ」
他の面々に練習を開始するように指示を出し、それから周防君と向き直る。
「それで?」
「はい。僕達はプロ野球選手の個人成績を収集して比較、分析することを好み、部活動としてそれを行っています」
「うん」
「その中で選手の傾向が見て取れ、弱点をうまく突けば力が劣っていても相手に勝つことができるのにと思うことがあります。主流の考えではありませんが」
「そうだな。情報軽視……と言うと乱暴な言い方過ぎるけど、何となく情報に頼ってはいけないような風潮がある」
その理由として、異世界野球が前世より遅れていること以上に、WBWでは情報の少ない相手を打ち負かさなければならないことも1つ挙げられるだろう。
何せ、海外野球はテレビ中継以外では他国の人間が見る術はないからな。
野球に関する情報は前世で言えば軍事機密のようなものであるだけに、球場で生観戦できるのは自国の試合のみというのが一般的だ。
更にアメリカなんかは、テレビ中継も重要な部分は映さない工夫も行っている。
日本はこっちでもちょっと脇が甘いけれども。
まあ、それはともかくとして。
この世界では、普段の試合は全てWBWに向けての予行練習に近い扱いだ。
情報を利用して戦うことに頼っていては本番で足を掬われかねない。
故に、敢えて情報に頼らないようにしている感がある。
十数年、この世界のプロ野球を眺めてきた限りはそんな印象だ。
「ですが、今回は状況が状況です。確実に1勝するためにはなりふり構っていられません。情報を収集して相手の弱点を探り、勝利を掴み取るべきだと思いました」
「そうだな。けど、どうやって情報を収集する?」
「そのノウハウは、アマチュア野球愛好会がお持ちでしょう」
背後でずっと黙っている先輩をチラリと見る周防君。
「ええと、貴方は――」
「的場隆三だ。必要とあらば手を貸そう」
簡潔に告げて再び口を閉ざす的場先輩。
寡黙な様子は何やら威厳を感じさせる。
アマチュア野球愛好会では、きっと重要なポジションについているのだろう。
「それはそちらの総意ですか?」
的場先輩は俺の問いかけに黙したまま頷く。
情報収集には相当な人手が必要だ。
アマチュア野球愛好会が総出で担ってくれるのであれば助かる。
「周防君、プロ野球個人成績同好会の方は……」
「今のところ僕1人です。一先ずこの方針で問題ないか虻川先生にも確認し、それから仲間を少しずつ増やしていこうと考えています」
「……そうか。いいと思う。手伝えることがあったら、いつでも言って欲しい」
「ええ。その時はお願いします」
比較、分析もまた1人では手が足りないだろう。
それでも彼は立ち上がり、プロ野球個人成績同好会を変えようとしている訳だ。
俺が胸の内で2同好会に望んでいたことを、そのままやろうとしてくれている。
それも自発的に。
であれば、可能な限り応援したいところだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます