085 野球部改革①

「うぅ、野村君。本当に大丈夫……?」


 皆でミーティングルームを出て部室に戻ってすぐ。

 陸玖ちゃん先輩が何とも不安そうに尋ねてきた。


「何も問題ありません。けど、すみません。勝手に色々と言っちゃいました」

「そ、そんなの、私は別に……全然、いいんだけど……」

「陸玖ちゃん先輩だけじゃなく、皆も。俺の一存で決めちゃって、ごめん」


 プロ野球珍プレー愛好会の仲間全員を見回して頭を下げる。

 すると、隣にいたあーちゃんが自然な動きで手を両手で握ってきた。


「しゅー君は間違ってない。わたしはしゅー君についてく。ずっと一緒に頑張る」

「……うん。いつも助かってる」


 言いながら微笑みかけると、彼女の嬉しさが【以心伝心】で伝わってきた。

 俺の信頼も丸々あーちゃんに届いているはずだ。


「……何だかんだ言って、私達って結構野球の練習もしてるしね。その延長みたいなものでしょ? なら、私は別に問題ないわ。今更のことよ」


 美海ちゃんは俺達の様子に苦笑しつつ、分かり易い理由を添えて告げる。

 他の子達が受け入れ易いようにフォローしてくれているのだろう。


「そーそー、できるようになるとー、結構楽しいしねー」

「私達みたいな下手くそでも上達できるんだって思えたよ」

「はい。将来の糧になっている実感があります」

「うんうん。問題ないよー」


 結果、4人組もまた追随し、更に昇二と磐城君、それから大松君も頷く。

 本当にありがたいことだ。

 この1年。ステップアップしていく喜びを重視してやってきた甲斐があった。


 ……しかし、こうして見ると男子は余り喋らないな。

 他の女子の勢いが強いからだろうか。

 そんな余計なことを考えていると、部室の扉が開いて虻川先生が入ってきた。

 何だか随分と疲れたような顔をしている。


「あれ? どうしたんですか?」

「ああ……高校側の野球部の対応について、野村に相談しようと思ってな」

「えっと……中学生の俺に、ですか?」

「いいアイデアであれば別に年齢は関係ないだろう。それに、さっき見ていた感じだと、何か考えがありそうだったからな」


 慧眼、だな。


「…………まあ、あるにはありますけど」


 少し勿体振るように答えると、虻川先生は続きを促すように俺の目を見た。

 説明しよう。


「正直なところ、他の同好会の人達は当てにならなさそうなので、普通の練習に普通に耐えられそうな人に助けを求めるしかないと思います」

「練習に耐えられそうな人?」


 首を傾げる彼にゆったり「はい」と頷いて、一拍置いてから再び口を開く。

 それが2同好会の人なら面倒はなかったのだが……。

 こればかりは仕方のないことだ。


「普段から継続してトレーニングしている人です。つまり、筋トレ研究部の人達」

「……それは俺も考えたことがある。しかし、彼らも彼らで野球には苦手意識が恐ろしく強い。前にそれとなく誘った時には、首を縦に振ることはなかった」


 虻川先生の言葉に、おや、と思う。

 部活動にやる気がなさそうな雰囲気だった彼だが、そんなことをしていたのか。

 一応、今の不健全な状態を是正しようという考えはあったらしい。

 最初は積極的に改善させようと働きかけていたが、生徒に意欲が全くなかったからモチベーションを失ってしまったのかもしれない。

 まあ、それについては今は脇に置いておこう。


「確かに、野球にいい思い出がなければそうなっても不思議じゃないですね」


 野球に狂ったこの世界では、教育の中で当たり前に実践を強要してくるからな。

 成長の早い子に打ちのめされて、早々に絶望してしまうことも多々あるだろう。

 幼い時分に世界の広さを突きつけられる。

 その記憶、その経験は特にトラウマとして残ってしまうに違いない。

 人格形成にも強く影響するはずだ。


 そう考えると、2同好会の生徒達もこの世界の犠牲者と言えなくもないかもな。

 野球狂神の強制力によって野球を完全にシャットアウトできないことも尚酷い。

 野球をやるのは嫌だが、野球を嫌いになることはほとんど不可能。

 中々に鬼畜な仕様だと思う。


「今も彼らの状況は変わっていないはずだが、どうするつもりだ?」

「とりあえず、俺に交渉させて貰えませんか? うまくいけば儲けものでしょう」

「…………まあな。やるだけならタダ、か」


 半信半疑、というよりも9分9厘うまく行かないと思っている感じではある。

 それでも。藁にも縋るような雰囲気で俺の提案に了承の意を示す虻川先生。

 もしかすると、上の方からどうにかして補助金を維持することができるように動けと命令されているのかもしれないな。


「早速行きますか?」

「ああ……いや、そろそろ下校時刻だ。明日にしよう」

「そうですね。分かりました。では、明日に」


 こうして翌日。

 俺は虻川先生と共に筋トレ研究部の活動場所へと向かうことになったのだった。

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