080 いつもの手口
大松君の相談に対応していたため、部室に来るのが少し遅れてしまった。
中に入ると、陸玖ちゃん先輩と4人組はパソコンの前で何やら作業していた。
昔の動画を使って編集の実践練習をしているようだ。
彼女達については、今日はこれでいいだろう。
そう毎日毎日動画撮影のネタがある訳でもないしな。
邪魔をしないように部室を出て、虻川先生を探す。
部室棟の空いている部屋で仕事をしていた彼から許可を貰い、野球道具一式を持ち出して俺達はグラウンドに出た。
とは言え、大松君が折角やる気になってくれても今は梅雨の季節。
今日は晴れているものの、グラウンドの状態は悪い。
すぐに練習できる環境ではない。
……いや、このボコボコのグラウンドでイレギュラーバウンドの動画を撮ってみるのもいいかもな。
まだまだ梅雨は続くし、後で陸玖ちゃん先輩に提案してみよう。
それはともかくとして。
ちゃんと練習するには整備が必要な状況だ。
これがちゃんとした野球部なら総出で(あるいは1年生が)整備をするのだろうけど、あいにくと俺達には十分なマンパワーがない。
なので、必要最小限のスペースだけ地面をならすことにする。
ちなみに梅雨の季節や豪雨の後など、グラウンドの状態が悪過ぎる時は体育の授業の中で整備の実習を行うこともあるそうだ。
勿論、よっぽど酷い場合はさすがに業者への委託となる。
その程度は補助金で賄うことができる。
「今日は何をするのー?」
丁度、最低限の整備を終えて道具を片づけたところで声をかけられる。
興味を惹かれて部室から出てきたらしい泉南さんだ。
質問の内容は本日の活動内容について。
また何か突飛なことを始めるんじゃないかとワクワクしている感じだ。
そんな彼女には申し訳ないが、今日は地味な活動になる。
「ちょっと野球の練習。珍プレー再現も、そこそこ野球の技術が必要だしね」
「そっかー……」
あからさまに残念そうな彼女に思わず苦笑する。
「けど、動画配信者だって野球系ならうまい方が有利だろ?」
「それはそうだけど、簡単にうまくなれるなら苦労しないってー」
「運動が得意な人は普通、この学校に来ませんからね」
おっと仁科さんも来ていたか。
む。昇二と何やら話をしていた大松君が硬直しているな。
もしかして、意中の相手は2人の内のどちらかか?
「端からー、諦めてないとねー」
「そうそう。皆同じだよ」
と思ったが、後ろから諏訪北さんと佳藤さんも現れた。
4人組勢揃いだ。
これじゃあ分からないな。
まあ、大松君の恋愛模様は置いておくとして。
文武両道を名目上でさえ掲げていないこの学校に来る生徒は、たとえ【成長タイプ:マニュアル】でなくとも似たようなものだ。
ただ、よくよく見ると原因は微妙に違う。
【成長タイプ:マニュアル】は言わずもがな。ステータスが上がらないから。
他のほとんどの場合は、単純に性格的、嗜好的な問題。
練習を長く続けられない。
野球に情熱を持てない。
そういう理由だ。
しかし、4人組はちょっとまた違う要素が絡んでいる。
それがこれ。
・泉南琴羅
〇能力詳細
▽取得スキル一覧
名称 分類
・愛され体質 生得スキル
・洗練された動き 生得スキル
・諏訪北美瓶
〇能力詳細
▽取得スキル一覧
名称 分類
・1/fゆらぎボイス 生得スキル
・ベビーフェイス 生得スキル
・仁科すずめ
〇能力詳細
▽取得スキル一覧
名称 分類
・巧みな話術 生得スキル
・滑舌がいい 生得スキル
・佳藤琉子
〇能力詳細
▽取得スキル一覧
名称 分類
・チアリーディング 生得スキル
・病気知らず 生得スキル
4人が4人共【生得スキル】を2つ持っている。
つまり、その分だけ初期ステータスが他の子よりも低いということだ。
それは練習に耐え得るものではなく、自他共に運動音痴と認識する訳だ。
勿論、中にはそれを跳ね除けてプロにまで至る者もいるが、極々稀な話だ。
……しかし、改めて見ても妙な【生得スキル】が紛れているな。
野球が興行スポーツであるが故だろうか。
ヒーローインタビューやテレビ出演した時に役立つのかもしれない。
翻って彼女達が目指しているものを考えると、マッチし過ぎている。
動画配信者は天職になりそうだ。
まあ、それは今はいい。
「もし野球がうまくなれるとしたら、うまくなりたい?」
「そりゃあねー」
「だったら、気が向いたら一緒に練習しよう。人数が増えた方が動画撮影でやれることも増えるから」
「そうだねー、気が向いたらねー」
まだ余り乗り気じゃない諏訪北さんに頷いて、練習の準備を始める。
無理強いはしない。
とりあえず大松君には試金石のような役割も担って貰うとしよう。
「じゃあ、始めようか」
まず彼の現状を確かめる。
【成長タイプ:マニュアル】故の生まれた時そのままの低ステータス。
キャッチボールではコントロールがぶれる。
トスバッティングでも球に当たりにくい。
ノックをしてみるとキャッチがおぼつかない。
勿論、【生得スキル】がないだけ正樹や昇二よりはマシだけど、普通に下手だ。
「……うん。とにもかくにも姿勢が悪いな」
その正樹や昇二にも使った手口。
ほとんどペテン師と言っても過言ではないだろう。
フォームが悪いと適当なことを言いながら(低ステータス過ぎて実際に悪いのだが)、それを矯正する振りをしながら体に触れて【経験ポイント】を割り振る。
「あれ? なんか、できる?」
勿論、キャッチボールは緩いし、トスバッティングの打球も鈍い。
ノックは相当手加減したものを捕れただけ。
しかし、上がったステータスのおかげで明確に最初よりもよくなった。
大松君自身も実感しているようで、驚きと畏れの視線を俺に向けてくる。
ううむ。ちょっと急過ぎて違和感を持たれたか。
こればかりは匙加減が難しいな。
とりあえず笑顔で誤魔化しておく。
「ま、その調子で上達すればあの子達の目にも留まるかもしれないわね」
「そう、だな。うん、そうだ!」
フォローするように横から口を出した美海ちゃんに、表情を明るくする大松君。
一先ず違和感は忘れてくれたようだ。
と言うより、そんなことよりも煩悩の方が大事というところか。
ちなみに、4人組は既に部室に引っ込んでいる。
「野村君、これからもよろしく頼む!」
「ああ」
とにもかくにも、これで大松君を鍛えることができるようになった。
また1歩前に進むことができたな。
尚、それから何回か練習を重ねたら何故か磐城君も参加し始めた。
勉強はいいのか尋ねると藪蛇になりそうなので、一先ず理由も聞いていない。
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