078 狂気の練習

 あーちゃんがクラスで浮いている。

 まあ、それについては一目瞭然だった。

 あーちゃんが全く気にしてなかったので、俺も特に問題視してなかったけど。

 小学校の時から割とそんな感じだったしな。

 保育園まで遡れば尚のことだ。


 しかし、今回はまたちょっと違う話らしい。

 美海ちゃん情報だと、どうも他の女子生徒から疎まれているのだそうだ。

 理由は、前世の俺からは正直想像もできない話なのだが……。

 プチバズりした動画に(首から下だけ)映っていた俺に何やらファンのようなものができて、いつも一緒にいるあーちゃんに反感を抱いているのだとか。

 形としては男性アイドルに近づく女性タレントが叩かれるのに近い、のかもな。

 その対象が俺、となると一気に理解できなくなるけれども。

 まあ、だから、そんなあーちゃんの状況に気がつかなかったのだろう。


 いずれにしても、そうなってくると話は別だ。

 一歩間違えると陰湿なイジメに繋がりかねない。


「だから、茜の実力を少し見せてやればいいと思ったのだけど……」


 呆れたように俺を見る美海ちゃん。

 まあ、それは間違いない。

 けど、やるならもっと徹底的にやっておくべきだ。

 今後、俺に対して妙な幻想を抱いたりしないように。

 どちらかと言うと、2人共頭のネジが飛んでいるとでも思われた方がいい。

 ちょっかいをかけることも躊躇ってしまうぐらいに。


「アレはやり過ぎよ。体育の時、皆ドン引きしてたじゃない」


 やるべきことをやっただけという顔でいる俺に、美海ちゃんがジト目を向ける。


「あの程度で驚く人に、しゅー君に手を出す資格はない」


 対して、あーちゃんが酷く冷めた声で言う。

 余計な手間をかけさせられたことが気に食わないのだろう。

 今回は俺が若干泥を被る形になったことも不機嫌の理由かもしれない。


「はあ……それで? またやるの?」

「当然」


 美海ちゃんの問いに即答し、バットとボールを用意する。

 現在、俺達は5月に行われる学校行事、校内野球大会の会場にいた。

 元の世界で言えば、いわゆる球技大会に当たる。

 野球に狂った世界なので、当然のように野球一択となっていた。

 場所もちゃんとした野球場だ。

 その辺は予算に組み込まれているので、たとえ弱小校でも使わざるを得ない。

 使用履歴を辿られる可能性もある。


 ちなみに中学校の体育も基本的には野球だ。

 まあ、授業内容としては練習や試合を適当にやるだけだけれども。

 学業全振り系進学校のため、皆やる気がない。

 サボっていても教師は特に注意しない。

 聞いた話だと体育の授業に関しては、そこまで内申点の差はないらしい。

 勿論、あくまでも「そこまで」であって多少は増減するようだけど。


 それはともかくとして。

 今は校内野球大会の試合前に設けられた軽い練習時間。

 早速、体育の時に周りをドン引きさせた行動に出ることにする。


「あーちゃん、準備はいい?」


 グローブを身に着けた彼女に問いかける。


「いつでも」


 簡潔な返答を受け、距離を詰める。

 自分でボールをトスする。

 そして、あーちゃん目がけてフルスイングでノックする。


――カキンッ!!


「ん」


――パシッ!


 あーちゃんはそれを軽くキャッチする。

 スキルで最適化された上にバットの芯を食った打球。

 その速度は並大抵のものではない。

 更に立ち位置。

 俺とあーちゃんとの距離はマウンド間の半分未満。

 大体8~9メートルぐらいだ。

 しかも硬球。


――カキンッ!!

――パシッ!

――カキンッ!!

――パシッ!

――カキンッ!!

――パシッ!


 それでも彼女は容易く捕球する。

【以心伝心】と【直感】、それと捕球系のスキルの力で。

 正直なところ【以心伝心】を利用できるだけチップ(バットにかすってキャッチャーに飛んだボール)よりも遥かに安全だ。

 そうでもなければ、こんな乱暴な真似は絶対にしない。


――カキンッ!!

――パシッ!

――カキンッ!!

――パシッ!

――カキンッ!!

――パシッ!


 それを連続で続けていく。

 痛めつけることを主眼に置いたシゴキとでも言うべき恐ろしい光景。

 周りの皆も思わず練習をとめて、俺達に恐怖の視線を向けている。

 正にドン引きといった様相だ。

 いたいけな女の子に対し、至近距離から全力ノックを浴びせる男。

 ヤバさしかない。

 まあ、あーちゃんは涼しい顔で捕ってはいるが……。

 その凄さも狂気の練習風景によって霞んでしまうだろう。


「全く、やり過ぎよ」


 傍から見ていた美海ちゃんが、やれやれと首を振りながら深く嘆息する。

 こういうことはやり過ぎなぐらいが丁度いいのだ。


 果たして。

 これ以降、あーちゃんに対する悪感情はすっかり方向性が変わり、やべー奴(俺)につき合うやべー奴という評価に落ち着いたようだった。


 尚、野球大会本番は花形ポジションをクラスメイトに譲り、脇役として適度に白熱した勝負を演出しながら学校行事の範疇で楽しませて貰った。

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