071 村山マダーレッドサフフラワーズ
その週の日曜日。
俺達は予定通り明彦氏に連れられて、とある野球用の練習場に来ていた。
そこは汎用の運動場でもなければ、河川敷によくある簡素な野球場でもない。
この世界特有の野球公園ともまた違う。
ちゃんとした球場型の立派な練習場だ。
観客席やスコアボードもあるし、公式戦も十分できる仕様になっている。
……まあ、当然ながらチーム専用の球場などではない。
単に使用料を払って借りているだけだ。
尚、支払いは基本クラブチームの会費から。
とは言え、前世よりはリーズナブルらしく、大きな負担とはなってないようだ。
そんな球場施設の中に入り、ベンチを通ってグラウンドに出る。
既にクラブチームの選手達はアップを終え、練習を始めていた。
威勢のいいかけ声が耳に届く。
どうやらモチベーションは悪くないようではある。
悪くないようではあるが、逆に雰囲気がよ過ぎる感もある。
意識と言うか、目標と言うか。そういうものが少し低いのかもしれない。
どちらかと言えば、いわゆるエンジョイ勢に比較的近い者が多いのだろう。
「今日は無理を言ってすみません」
「いえ、問題ありませんよ」
頭を下げる明彦氏に、40代後半ぐらいの男性が穏やかな表情と口調で答える。
ユニフォームの上にウインドブレーカーという姿からして、彼こそがチームの風向きを変えるために招聘された実績あるコーチと見て間違いない。
「それで、専務のお子さんと、その幼馴染の子という話でしたが」
「ええ。娘の茜と、娘の幼馴染の秀治郎です」
「野村秀治郎です。よろしくお願いします」
「……茜です。よろしくお願いします」
俺が丁寧に頭を下げると、あーちゃんも倣って挨拶をする。
うん。成長したな。
「はい。よろしくお願いします。私はこの村山マダーレッドサフフラワーズのコーチを務めている尾高権蔵です」
穏やかな口調で丁寧に挨拶を返してくれる尾高コーチ。
人当たりのよさが、にこやかな表情にも表れている。
「尾高コーチは、私営2部リーグで活躍なさっていた元プロ野球選手だ。当時在籍していたチームは、後一歩で1部昇格というところまで行ったこともある」
「たった1度限りの奇跡のようなものです。それを以ってしても私営1部リーグのチームを倒すことができず、昇格はできませんでした」
遠い目をしながら力なく笑う尾高コーチ。
それだけ1部リーグの壁は分厚いということだろう。
既にステータスは半ば衰えているため、そこから彼の現役時代は推し量れない。
しかし、【戦績】を見る限り、スタメンとして長く活躍していたようだ。
目立ったところはないが、走攻守バランスがいい感じの通算成績となっている。
とは言え、それはあくまでも2部リーグにおける成績。
1部リーグのチームと対峙した入れ替え戦では完封されてしまっている。
単純に1部リーグ級の投手に慣れていなかったのもあるだろうが、結局のところは実力不足。それに尽きる。
2部リーグでバランスがいいなどと言ったところで、1部リーグの猛者達の中に放り込まれると全てにおいて平均より劣る程度になってしまう。
誉め言葉にはならない。
逆に1個でも突出したところがあれば、たとえチームの昇格はできずとも、個人的に1部リーグのチームからお声がかかったかもしれないが……。
特徴がないのが特徴、というのは全てにおいて一線級で初めて成り立つ話だ。
「まあ、私のことはいいでしょう。それよりも、どうですか? 社会人のクラブチームの練習を見てみた感想は」
尾高コーチに尋ねられ、改めてグラウンドに目をやる。
「そうですね……」
言っちゃなんだけど、練習そのものはまあ普通だ。
小学校、中学校レベルとは強度が桁違いなのは間違いない。
けれども、別の奇抜な練習をしている訳ではなかった。
当然のことだが、定番のトレーニングには定番になるだけの理由があるのだ。
勿論、定番が常に最善とは限らない。
しかし、定番を覆すにはそれに足る根拠がいる。
さすがにその辺の知見は俺にはない。
……とは言え、今求められている感想はそこではないだろう。
「中学生の俺が言うのもおこがましいですけど、意外といい選手がいますね」
「そうでしょう。少なくとも練習で見ている限りは、私も悪くない選手が揃っていると思います。ですが、試合になると今一噛み合わないのです」
ふーむ。それは……。
どちらかと言うと、練習では見えてこない部分に原因がありそうだな。
例えば、諸々の適性とか所持スキルとか。
それを念頭に置きながら、早速選手達のステータスを見ていくとしよう。
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